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真夜中のトリックスター  作者: mysh
プロローグ
4/181

奇妙な契約(前)

     ◇


 この自身の目にしかうつらない奇妙きみょう物体ぶったいを、自宅じたくへ持ち帰ることにした。これには軽いトラウマを植えつけられたけど、好奇こうき心がほうっておくのを許してくれなかった。


 帰り道の最中さなか、自転車の前カゴにおさまるそれは、ちょっとした段差だんさを乗り降りするたびに、飛びはねたり、中をころげ回っていたけど、みずから動き出す様子は見せなかった。


 自宅に帰り着くと、ふいに母から呼び止められ、今日は自分の誕生たんじょう日だとげられる。今さらながら、ささやかな感慨かんがいにふけるも、目下もっか関心かんしんは両手の中のこれにしかない。なま返事へんじをして、自室じしつのある二階へかけ上がる。


 物体を勉強机の中央ちゅうおう丁重ていちょう配置はいちし、あなのあくほど見つめてみる。明るい室内しつないでも、あらたな発見はない。黒ずんだ表面ひょうめんと、惑星わくせい周囲しゅういをただようチリやガスのような黒煙こくえんが、それを困難こんなんにしていた。


 刺激しげきあたえたらどうだろう。指先ゆびさきで突っついてみると、わずかに弾力だんりょく性があった。次に机の上をころがしてみる。物体にまとわりつく黒煙は、すこおくれてついて来た。


(何だか、蒸気じょうき機関きかん車みたいだ)


 その様子がツボにはまってしまい、意味もなくそれをくり返してしまった。ただ、無意味と思われた行為こういによって、一つだけ発見があった。物体は黒煙をすい寄せるだけでなく、微量びりょうながら表面のいたるところから噴出ふんしゅつしていた。


 この点をふまえると、生物の可能性が高く、物体と呼ぶには語弊ごへいがあるかもしれない。手の込んだオモチャという可能性は、なきにしもあらずだけど。


    ◇


 それからは、特段とくだんの発見も変化もなかった。生物らしきものへの興味きょうみはしだいにうしなわれ、読書どくしょやゲームの合間あいまに、時々(ときどき)視線しせんを送るだけになった。


 一階で夕食を済ませた後、日中にっちゅうつかれを取るため、リビングのソファで仮眠かみんをとった。うつらうつらと、おぼつかない足取あしどりで部屋へ戻る。


 すると、戸口とぐちに近づいただけで胸騒むなさわぎがした。


 ――室内に何かがいる。


 不吉ふきつ予感よかんで足がすくんだ。部屋からもれ出る不穏ふおん気配けはいで、全身ぜんしん悪寒おかんが走った。および腰で部屋へ近づき、電気をつける。


「うわっ!」


 一時間足らずで、室内の様相ようそう一変いっぺんしていた。目に飛び込んできた異様いよう光景こうけいにふるえ上がり、思わず飛び上がりそうになった。


 大きく開けはなたれた机の引き出しから、幾筋いくすじも黒いけむりちのぼっている。それらの頂点ちょうてんに目をうつす。さきほどまで微動びどうだにしなかった例の物体が鎮座ちんざしていた。


 まるで、引き出しに根を張るかのような不気味ぶきみ形態けいたい。かすかにゆらめく煙の筋は、脈動みゃくどうする血管けっかんにも見え、それが生物に他ならないと思い知った。


 勇気を出して、部屋の中へ足をふみ入れる。壁に背をあずけながら、ささいな動きも見逃みのがすまいと、警戒けいかいの目をそそぎ続ける。


 根元ねもとへ目を落とすと、引き出しの隅々(すみずみ)まで黒煙が充満じゅうまんしていた。それから、得体えたいの知れない生物が見せるかすかな上下じょうげどうに、しばらく目をうばわれた。


 平常へいじょう心を取り戻しつつあった矢先やさき体表たいひょう大半たいはんをしめるほどの巨大きょだいひとみが、異形いぎょうの生物の中心に見開みひらかれた。戦慄せんりつがよだち、またもや「わっ!」とさけび声を上げてしまった。


 正気しょうきを失う一歩いっぽ手前てまえだった。そんな自分を落ち着かせるかのように、カランコロンと、どこからともなく軽快けいかいかねが聞こえてきた。


     ◇


「オメデトウゴザイマース!」


 次に耳にとどいたのは、目前もくぜんの生物が発したと思われる声。まがまがしい姿とはり合いの、陽気ようきで調子のはずれたものだった。


「あなた様は見事みごと当選とうせんされました。ぜひとも異世界へご招待しょうたいしたいと思います」


 姿、声、発言内容。どれを取っても、不気味さは天井てんじょうを突きぬけていた。けれど、ゆるキャラのような声に、不思議ふしぎと心が解きほぐされた。


「……ありがとうございます」


 丸くした目を異形の生物にそそぎながら、わけもわからないまま返答した。


 きっとこれは、両親からのサプライズプレゼントに違いない。といった、突拍子とっぴょうしもない発想はっそうにはいたらなかったけど、現実かどうかうたが程度ていど思考しこうは働いた。夢だと思えば、目玉めだま怪物かいぶつにも愛嬌あいきょうが感じられてくる。


 着々(ちゃくちゃく)と平常心を取り戻し、冷静れいせい現状げんじょう分析ぶんせきこころみる。最大さいだい疑問ぎもんは、この夢がいつから始まったのか、ということ。ソファで仮眠をとった時? この生物を運動公園で発見したこと自体じたい、夢だったのだろうか。


かりに、このたびのご招待を受諾じゅだくしていただいた場合、特典とくてんといたしまして、〈悪戯〉(トリックスター)と呼ばれる能力を、あなた様へプレゼントいたします。この能力は、周囲十メートル以内の空間くうかんを、自分の意のままにあやつることができる、大変すばらしいものになっております」


 まだおさなかったころ、こんな感じの空想くうそうをふくらませていたのを思い出す。違うのは、話をしている相手が、グロテスクな見た目であることぐらいかな。


 突如とつじょとして部屋にあらわれた妖精が、夢の世界における冒険ぼうけんへいざなう。物語ものがたりとしては使い古された感があるけど、思わずなつかしさでほおがゆるむ。


 それと同時に、これが自分の潜在せんぜい的な願望がんぼうだと考えると、少し恥ずかしくなった。大まじめに取り合うには、年齢ねんれいを重ねすぎてしまった。


「他の商品は選べないんですか?」


 向こうの能天気のうてんきな調子に合わせ、ユーモアたっぷりに返答した――つもりだった。

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