医務室
◇
試合はデビッドの反則負けで幕を閉じた。目立った外傷はなく、意識もおぼろげにあったけど、念のため、医務室へ運び込まれた。ベッドに寝かせられてから、三十分くらい眠っていたそうだ。
「起きましたか」
目を覚ますと、パトリックの声に迎えられた。ベッドのそばに置かれたイスに座っていて、反対側にはスコットの姿もあった。
「試合はウォルターの勝利だ。相手の反則負けとはいえ、勝ちは勝ちだな」
スコットがポンと僕の肩に手を置く。夢から覚めた時のように記憶があやふやだったけど、その説明で事態を飲み込めた。
スッキリしない幕切れだけど、追いつめていたようで、実際は追いつめられていたので、結果オーライだ。
「私の目に狂いはなかったでしょ?」
得意げに言ったパトリックに、冷ややか眼差しで応じる。言いたいことは山ほどあったけど、そばにスコットがいたので控えた。
相手の暴走で勝ちを拾ったとはいえ、勝ち筋はなかった。土台無謀な挑戦だったのが実感。〈悪戯〉のみで勝ち切るのは難しい。試合をするのは、当分控えようと胸にちかった。
「終わりのほうのあれは、何がどうなってたんだ?」
スコットに興味津々とたずねられた。元凶であるパトリックに、責任をなすりつけようとするも、とぼけた様子でそっぽを向かれた。
「あっ、こんなところにいました」
ふいに上がった女性の声に救われる。そちらを見ると、挙動不審な女性が立っていて、遠慮がちに部屋へ入ってきた。
「どうした、ケイト」
「チーフがぶつくさ言うので、さがしに来たんですよ」
彼女の名はケイト・バンクス。スコットと同じ部署の同僚だ。年齢はスコットとほぼ変わらない。終始うつむき加減で、顔はたくわえた前髪で隠れがち。
視線をかわすのを拒否するように、四方八方へ目を泳がせている。身にまとう制服が情熱的な赤いラインでふち取られているので、それとのギャップをかなり感じる。
この時は人見知りが激しい、内気な女性という第一印象だったけど、実際はちょっと違った。
「今日は学長に呼ばれてるって言っただろ?」
「聞いてません」
「誰かには言ったんだよなあ……」
ケイトから言下に否定されると、スコットは自信がないのか、いい加減な返事でごまかした。
「それで用事は済んだんですか?」
「ここにいるウォルターに城内の案内をしてたんだけどさ、その途中に壮大な横槍が入ってな。だから、まだ終わってないんだ」
こちらを一瞥したケイトと目が合ったけど、彼女はすぐに気まずそうに顔をふせた。
「あっ、リトル!」
またもや戸口のほうで女性の声が上がる。今度はマントをまとった同年代の女性が、ケイトとは対照的な様子で部屋にふみ込んできた。
彼女はすねたように口をとがらせながら、パトリックを見すえた。
「さっきの男は何なんですか? もう私のことを見かぎったんですか?」
「そういうわけではありませんが……」
めずらしくパトリックがタジタジになった。
彼女――クレアはパトリックと親交が深い。ひと握りの人間しか用いない『リトル』という愛称で、彼を呼んでいるのがその証拠。現在は解散してしまったある団体に、二人は所属していた。
クレアが怒っている理由――それは、以前その団体の会合の場にて、メンバー同士でおたがいに目標をかかげたことがあり、そこで『ジェネラルになる』と彼女が宣言していたからだ。
律儀にも、彼女は約束を果たすことをあきらめず、努力と研鑽を積み続け、とうとう序列二位まで上りつめた。
「あれ……、さっきの男」
クレアが僕に気づくと、目の色を変えた。
「さっきの試合見てたわよ。あなたもジェネラルを目指してるんだって?」
不本意ながら、反射的に相づちを打った。クレアは口元をゆるめたけど、目が笑っていない。
「あいつは序列二位だけど、何度挑んでも全くジェネラルに歯が立たないんだ」
スコットが聞こえよがしに耳打ちしてきた。クレアの闘争心に火がついた。
「ジェネラルになるなら、その前に私を倒さなければダメよ。ううん、まちがえた。私が先にジェネラルになるから、最終的に私を倒さなければダメよ」
クレアが負けん気いっぱいに、さわやかに言い切った。そして、獲物を見つけた猫――いや、ライオンのような瞳でこう言った。
「何なら、今すぐ相手してもいいよ?」
「ウォルターに猶予を与えてあげてください。魔法の才能にめぐまれていも、まだ試合に関しては子供同然で、戦術の初歩すら知りません。それに、鍛錬や経験を積んでからのほうが、きっとクレアも張り合いが出ると思いますよ」
「わかったわ。試合は一ヶ月後にしましょう」
今すぐでないのはありがたい。けれど、譲歩してもらった気がしない。
「厄介なのに目をつけられたな」
スコットにも同情を示された。
「そういえば、さっきの試合、何をどうしたらあんなことになるの?」
「それは俺も聞きたい」
話をむし返された。クレアのみならず、スコットも身を乗り出している。説得力のある言いわけは、あいにく持ち合わせていない。言葉につまっていると、再びパトリックが助け船を出してくれた。
「ウォルターはエーテルの流れを察知する感覚に長けていて、相手が魔法を発動する場所を先読みできるのです。試合の終盤に何をやっていたかと言うと、内側から同等の力を正確無比にぶつけることで、魔法の発動を阻止していたのです。それで相手は魔法が使えないと錯覚したのでしょう」
「本当?」
「……そうなんです」
取ってつけたような言いわけに、やむなく話を合わせた。そんな神業が実現可能なのだろうか。かえって傷口を広げた気がしてならない。
「でも、何でそんな回りくどいことしたんだ? 最初のほうなんか、すげえ荒けずりな戦い方してただろ?」
「ウォルターはスマートに勝ちたかったのです。圧倒的な力量差を示すためにも」
僕はどれだけ図に乗っているんだ。今すぐパトリックの口をふさぎたい。どう考えても、今のは計算ずくの発言じゃない。パトリックは気分が乗ってくると口をすべらすクセがある。
「ふーん。まあ、できないことはないだろうけど……」
意外にも、クレアはパトリックの口から出任せを信じた。ただ、納得はできても、素直に受け入れたくないといった様子を見せる。
「前にも一人いたからな。先読みレベルのことをやってのけてた人が」
スコットが天井を見上げながら、感慨深げにもらすと、パトリックは途端に表情を曇らせた。クレアが受け入れたくなかった理由がそれだ。
この時は誰の話をしているのか、当然わからなかった。彼らが頭に思いうかべたのは、かつてジェネラルをも凌駕すると噂され、現在は大罪人として追われる身となった天才魔導士の姿だった。




