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真夜中のトリックスター  作者: mysh
試合
37/181

医務室

     ◇


 試合しあいはデビッドの反則はんそく負けでまくじた。目立めだった外傷がいしょうはなく、意識いしきもおぼろげにあったけど、ねんのため、医務いむ室へはこび込まれた。ベッドに寝かせられてから、三十分くらいねむっていたそうだ。


「起きましたか」


 目をますと、パトリックの声にむかえられた。ベッドのそばにかれたイスにすわっていて、反対はんたい側にはスコットの姿もあった。


「試合はウォルターの勝利しょうりだ。相手の反則負けとはいえ、勝ちは勝ちだな」


 スコットがポンと僕の肩に手を置く。夢から覚めた時のように記憶きおくがあやふやだったけど、その説明せつめい事態じたいを飲み込めた。


 スッキリしない幕切まくぎれだけど、追いつめていたようで、実際じっさいは追いつめられていたので、結果オーライだ。


「私の目にくるいはなかったでしょ?」


 得意とくいげに言ったパトリックに、ややか眼差まなざしでおうじる。言いたいことは山ほどあったけど、そばにスコットがいたのでひかえた。


 相手の暴走ぼうそうで勝ちをひろったとはいえ、勝ちすじはなかった。土台どだい無謀むぼう挑戦ちょうせんだったのが実感じっかん〈悪戯〉(トリックスター)のみで勝ち切るのはむずかしい。試合をするのは、当分とうぶん控えようとむねにちかった。


「終わりのほうのあれは、何がどうなってたんだ?」


 スコットに興味きょうみ津々(しんしん)とたずねられた。元凶げんきょうであるパトリックに、責任せきにんをなすりつけようとするも、とぼけた様子ようすでそっぽを向かれた。


「あっ、こんなところにいました」


 ふいに上がった女性の声にすくわれる。そちらを見ると、挙動きょどう不審ふしんな女性が立っていて、遠慮えんりょがちに部屋へやへ入ってきた。


「どうした、ケイト」

「チーフがぶつくさ言うので、さがしに来たんですよ」


 彼女の名はケイト・バンクス。スコットと同じ部署ぶしょ同僚どうりょうだ。年齢ねんれいはスコットとほぼ変わらない。終始しゅうしうつむき加減かげんで、顔はたくわえた前髪まえがみかくれがち。


 視線しせんをかわすのを拒否きょひするように、四方しほう八方はっぽうへ目をおよがせている。身にまとう制服せいふく情熱じょうねつ的な赤いラインでふち取られているので、それとのギャップをかなり感じる。


 この時は人見ひとみりがはげしい、内気うちきな女性という第一だいいち印象いんしょうだったけど、実際はちょっとちがった。


「今日は学長がくちょうばれてるって言っただろ?」

「聞いてません」


「誰かには言ったんだよなあ……」


 ケイトから言下げんか否定ひていされると、スコットは自信じしんがないのか、いい加減な返事へんじでごまかした。


「それで用事ようじんだんですか?」


「ここにいるウォルターに城内じょうない案内あんないをしてたんだけどさ、その途中とちゅう壮大そうだい横槍よこやりが入ってな。だから、まだ終わってないんだ」


 こちらを一瞥いちべつしたケイトと目が合ったけど、彼女はすぐに気まずそうに顔をふせた。


「あっ、リトル!」


 またもや戸口とぐちのほうで女性の声が上がる。今度はマントをまとった同年どうねんだいの女性が、ケイトとは対照たいしょう的な様子で部屋にふみ込んできた。


 彼女はすねたように口をとがらせながら、パトリックを見すえた。


「さっきの男は何なんですか? もう私のことを見かぎったんですか?」


「そういうわけではありませんが……」


 めずらしくパトリックがタジタジになった。


 彼女――クレアはパトリックと親交しんこうが深い。ひとにぎりの人間しかもちいない『リトル』という愛称あいしょうで、彼を呼んでいるのがその証拠しょうこ現在げんざい解散かいさんしてしまったある団体だんたいに、二人は所属しょぞくしていた。


 クレアが怒っている理由――それは、以前(いぜん)その団体の会合かいごうの場にて、メンバー同士どうしでおたがいに目標もくひょうをかかげたことがあり、そこで『ジェネラルになる』と彼女が宣言せんげんしていたからだ。


 律儀りちぎにも、彼女は約束やくそくたすことをあきらめず、努力どりょく研鑽けんさんみ続け、とうとう序列じょれつ二位まで上りつめた。


「あれ……、さっきの男」


 クレアが僕に気づくと、目の色を変えた。


「さっきの試合見てたわよ。あなたもジェネラルを目指めざしてるんだって?」


 不本意ふほんいながら、反射はんしゃ的にあいづちを打った。クレアは口元くちもとをゆるめたけど、目が笑っていない。


「あいつは序列二位だけど、何度(いど)んでも全くジェネラルに歯が立たないんだ」


 スコットが聞こえよがしに耳打みみうちしてきた。クレアの闘争とうそう心に火がついた。


「ジェネラルになるなら、その前に私を倒さなければダメよ。ううん、まちがえた。私がさきにジェネラルになるから、最終さいしゅう的に私を倒さなければダメよ」


 クレアが負けん気いっぱいに、さわやかに言い切った。そして、獲物えものを見つけた猫――いや、ライオンのようなひとみでこう言った。


「何なら、今すぐ相手してもいいよ?」


「ウォルターに猶予ゆうよあたえてあげてください。魔法まほう才能さいのうにめぐまれていも、まだ試合に関しては子供同然(どうぜん)で、戦術せんじゅつ初歩しょほすら知りません。それに、鍛錬たんれん経験けいけんを積んでからのほうが、きっとクレアも張り合いが出ると思いますよ」


「わかったわ。試合は一ヶ月後にしましょう」


 今すぐでないのはありがたい。けれど、譲歩じょうほしてもらった気がしない。


厄介やっかいなのに目をつけられたな」


 スコットにも同情どうじょうしめされた。


「そういえば、さっきの試合、何をどうしたらあんなことになるの?」


「それは俺も聞きたい」


 話をむし返された。クレアのみならず、スコットも身を乗り出している。説得せっとく力のある言いわけは、あいにく持ち合わせていない。言葉につまっていると、ふたたびパトリックがたすぶねを出してくれた。


「ウォルターはエーテルのながれを察知さっちする感覚かんかくけていて、相手が魔法を発動はつどうする場所を先読さきよみできるのです。試合の終盤しゅうばんに何をやっていたかと言うと、内側うちがわから同等どうとうの力を正確せいかく無比むひにぶつけることで、魔法の発動を阻止そししていたのです。それで相手は魔法が使えないと錯覚さっかくしたのでしょう」


「本当?」

「……そうなんです」


 取ってつけたような言いわけに、やむなく話を合わせた。そんな神業かみわざが実現可能なのだろうか。かえって傷口きずぐちを広げた気がしてならない。


「でも、何でそんなまわりくどいことしたんだ? 最初さいしょのほうなんか、すげえあらけずりな戦い方してただろ?」


「ウォルターはスマートに勝ちたかったのです。圧倒あっとう的な力量りきりょう差を示すためにも」


 僕はどれだけっているんだ。今すぐパトリックの口をふさぎたい。どう考えても、今のは計算ずくの発言じゃない。パトリックは気分きぶんが乗ってくると口をすべらすクセがある。


「ふーん。まあ、できないことはないだろうけど……」


 意外いがいにも、クレアはパトリックの口から出任でまかせを信じた。ただ、納得なっとくはできても、素直すなおに受け入れたくないといった様子を見せる。


「前にも一人いたからな。先読みレベルのことをやってのけてた人が」


 スコットが天井てんじょうを見上げながら、感慨かんがい深げにもらすと、パトリックは途端とたん表情ひょうじょうくもらせた。クレアが受け入れたくなかった理由がそれだ。


 この時は誰の話をしているのか、当然とうぜんわからなかった。彼らが頭に思いうかべたのは、かつてジェネラルをも凌駕りょうがするとうわさされ、現在はだい罪人ざいにんとして追われる身となった天才てんさい魔導まどうの姿だった。

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