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真夜中のトリックスター  作者: mysh
プロローグ
3/181

運動公園(後)

     ◇


 足がひとりでに動き出した。談笑だんしょうする三人を尻目しりめに、そこへすい寄せられるように向かう。


 近くまで行って確信かくしんした。見まちがいでも目の錯覚さっかくでもない。しげみからちのぼる黒いけむりが、ゆらゆらと風になびいている。


 煙のどころを用心ようじんぶかくのぞき込む。すると、野球ボールだい物体ぶったいが、草むらに身をうずめていて、煙をあげているのもそれらしい。火の始末しまつだろうか。


 けれど、それにはなく、また煙くささもない。なぞの物体の頭上ずじょう念入ねんいりに手をかざし、熱を発していないのを確認してから、両手で慎重しんちょうにすくい上げた。


 奇妙きみょうな物体を食い入るように観察する。ピクリとも動かない。生き物には見えない。けれど、人工じんこうぶつとも思えなかった。形はほぼ球体きゅうたいに近い。手ざわりから、表面ひょうめんにトゲのような突起とっき無数むすうにあることがわかった。


 見た目以上に不可解ふかかいなのは、物体をつつみ込む黒い煙だ。指を使ってはらいのけられるのに、物体の重力じゅうりょくに引き寄せられるかのように、元の場所へ戻ってしまう。まるで物体が呼吸こきゅうしているように見えた。


「どうした、太田おおたくん」

「変なものを見つけたんです」


 土井どい先輩せんぱいが近くまで様子を見に来た。両手におさまるそれを、差し出すように見せる。ところが、土井先輩は一瞬いっしゅんそこへ視線しせんを落とした後、こう真顔まがおで言った。


「何もないじゃないか」

「……見えないんですか?」


 僕はまゆをひそめた。とうてい見落みおとせる大きさではない。おたがいにキョトンとした顔で見つめ合う。物体に顔を近づけた土井先輩が、目と鼻の先にあるそれへ目をこらす。


 どうやら、小石こいし程度の大きさと勘違かんちがいしている。はたから見ても焦点しょうてんが合っていないし、今にも鼻先はなさきがぶつかりそうだ。


 ヒヤヒヤとした思いで見守みまもっていると、物体の周囲しゅういをただよう黒煙こくえんが、呼吸の拍子ひょうしに、土井先輩の鼻へすい込まれていった。


「先輩、すい込んでますよ!」


 あわてて物体を引きはなした。眉間みけんにシワを寄せた土井先輩が「何を?」と怪訝けげん眼差まなざしを向けてくる。


 相手の表情はけわしい。からかっているとは思えない。これが本当に見えていないようだ。もしそうなら、悪ふざけをしているのは僕ということか。


 もう一度、注意深く物体に目を向ける。やはり、目の錯覚ではない。言いようのないうす気味きみ悪さが、胸にこみ上げてきた。


 上目うわめづかいで、相手の顔色かおいろをうかがう。ちょうどその時、さっき鼻から取り込まれた煙が、体内たいないをめぐりめぐって舞い戻った。不覚ふかくにも吹き出しそうになった。とっさに顔をふせ、懸命けんめいに笑いをこらえた。


「どうしたの?」

「太田くんが何かを見つけたそうだ」


 小谷こたに先輩がつじさんを連れてやって来る。土井先輩の声にはイラ立ちがにじんでいた。


「これなんですけど……」


 オズオズと両手を前に差し出す。小谷先輩の反応は土井先輩とウリ二つだ。何も言わず、無表情の顔をこちらへ向ける。


 たいして、左右さゆうに体をゆらす辻さんは、様々(さまざま)角度かくどから物体をながめている。ただ、こうからつめの先まで、くまなく探し始めたので、目の前の物体は目に入っていないようだ。


 辻さんの動きに気を取られていると、ふいにシャッター音が鳴りひびいた。目を向けると、小谷先輩がこちらに向けてスマホをかまえている。そして、それを裏返うらがえして画面を見せた。


「何か見える?」


 画面にうつっていたのは、おわん形作かたちづくる自分の両手のみ。目に映っている物体が、写真では影も形もない。自分の感覚だけがまちがっていると、受け入れざるを得ない。けれど、たんなる幻覚げんかくかたづけるのは、簡単かんたんではなかった。


 もしそうなら、この両手に感じる重みとかすかなぬくもりは、何だというのだろう。とはいえ、他人との感覚のズレに、すじとおった答えを見出みいだだせるわけもなく、心にポッカリとあながあいたようだった。


「見えます。私には見えますよ、先輩。それはハートの形をしていますね?」


 おどけた辻さんの発言で我に返る。たぶん、場の雰囲気ふんいきをなごませようと言ってくれたのだろう。だけど、いたって真剣しんけんな自分にとっては、気休きやすめにもならず、苦笑くしょうでやり過ごすしかなかった。


ねんのために聞いておくけど、どんな形をしているんだい?」


「球体で大きさは野球ボールくらい。表面はくろで、煙っぽいのがまとわりついてます。黒いマリモ……みたいな感じでしょうか」


 大まじめに説明してみたけど、全員の反応はもちろん思わしくない。姿が見えていないのなら当たり前か。


 ただ、土井先輩はオカルトだましいがうずくのか、物体がおさまる僕の両手を、未練みれんたっぷりに凝視ぎょうしし続けた。


「もうそろそろおひらきにしない?」


 沈黙ちんもくをやぶった小谷先輩の発言は、僕にとってすくいの言葉となった。

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