パトリックの野望
◇
「どうしました。小用ですか?」
屋外に連れ出して、勢い込んでつめ寄ると、パトリックは冗談めかして煙にまこうとした。
「学長なら、言いたいことがわかると思います」
「少し大きく出すぎたかもしれません」
あくまでパトリックはおどけ続けた。
こんな不誠実な態度を見せるのは初めてだ。彼のことを見誤っていたかもしれない。考えを改め、相手の右腕をいっそう強くにぎりしめた。
「少しどころじゃないですよね?」
「待ってください。これは作戦のうちです。全てウォルターの身を案じた上でのことなのです」
「理由を聞かせていただきましょうか」
疑い半分で冷ややかに言った。
「自身の素性があやしいことを、ウォルターは百も承知だと思います。経歴を見れば、〈侵入者〉と疑惑の目を向けられても仕方ありません。それを逆手に取り、あえて目立つ行動をとることで、あやしさを帳消しにしようと考えたのです」
「……そんな簡単なものですか?」
「それだけではありません。私とウォルターが懇意だと大々的に表明することで、疑いの芽をつむ効果も期待できます。実は私、侵入者対策室の顧問という肩書きも持っています。仮にも、その地位にある私が、〈侵入者〉をユニバーシティへ引き入れるなんて、夢にも思わないはずです」
パトリックは理路整然としながらも、行動が大胆不敵だ。本来なら、背任の罪に問われかねない。それを恐れない度胸こそが、平民の身ながら、現在の地位までのぼりつめた原動力かもしれない。
「学長の理屈はわかりました。そんな素性があやしい僕を、正式な国家機関へ入れること自体、そもそものまちがいなんじゃないですか?」
「あなたの能力をいかせる場所なんて、ユニバーシティ以外にありません」
突然、駄々っ子のようになった。初めて容姿に見合ったパトリックを見た気がする。
「〈外の世界〉からの〈侵入者〉に、ゾンビ化による人口減少と、我が国は問題が山積しています。稀有な能力の持ち主であるウォルターの助けが、どうしても必要なのです。
それに、このレイヴン城は巫女が築き上げた国の中心であり、元居城でもあります。巫女の消息をつかむ上では、この国の中枢と、何らかの関わりを持たなければならないのではありませんか?」
なぜ、毎晩この世界へ来るようになってしまったのか。巫女に会えれば、その答えが見つかる気がする。現状は巫女の捜索が最優先課題だから、パトリックの言い分は、僕も認めるところだ。
「ジェネラルがどうのこうの話は関係あるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。ジェネラルの称号は城塞守備隊の長が名乗るものであり、この国で最強の魔導士たる証です。この塔を見てください」
パトリックが天高くそびえ立つ〈止り木〉を見上げる。
「この〈止り木〉の頂上に位置する鎮座の間には、巫女が残した神器の一つ――『源泉の宝珠』と呼ばれる巨大な宝珠がまつられています。
鎮座の間に入るためにはカギが必要です。そのカギこそがもう一つの神器――『根源の指輪』と呼ばれる指輪です。それはジェネラルの地位にある者が、常時身につける慣例となっています」
パトリックがあおり立てるようにこう言った。
「どうですか。欲しくなりませんか?」
つまり、ジェネラルになって、その指輪を手に入れろという話か。無茶苦茶な要求とはいえ、神器という言葉を聞いたら、そのことで頭がいっぱいになった。
「欲しいのは学長じゃないですか?」
「ウォルターのために言っているのです。巫女をさがしているのですよね?」
僕のためと言えば聞こえがいい。だけど、それだけのためとは思えない。パトリック自身に、陰謀めいた裏の目的があるのではないだろうか。
「それは認めますけど、学長は僕を何かに巻き込もうとしていませんか?」
パトリックはひと息入れてからこう言った。
「〈外の世界〉の人間は、この国を〈転覆の国〉と呼びます。しかし、旧来の呼び名ではありません。かつて、この国は〈外の世界〉と地続きでしたが、十数年前に突如として『転覆』してしまったのです。
天地の反転によって、この国は〈外の世界〉と隔絶されました。伝承によれば、巫女は『転覆の魔法』なる力をあやつったそうですから、巫女の御業と考えてまちがいないでしょう」
どれもこれも聞き逃せない話だ。のどから手が出るような気持ちを見越してか、パトリックは意味深な笑みをうかべた。
「この続きを聞きたくありませんか?」
聞きたければ、自分に協力しろということか。望むところだ。パトリックは一筋縄ではいかない相手だ。信頼に値する人物かどうかもあやしい。
でも、もう彼の陰謀に足を突っ込んでいるのなら、逆に彼を利用するぐらいの気持ちでいればいい。
「じゃあ、学長がここにいる理由、一番の目的だけでも聞かせてください」
「地位と権力――と答えても、ウォルターは納得しないでしょう。私もあなたと同じです。一目でいいから巫女とお会いしたい。そして、皮肉の一つでも申し上げたいのです。どうして我々を、鳥かごの中へ閉じ込めたのですか――と」




