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真夜中のトリックスター  作者: mysh
パトリック
24/181

催眠術師(後)

     ◇


「ウォルターはどこの国からやってきましたか?」

「この世界ではありません」


 返答へんとうを考えるひまもなく、ひとりでに言葉が口をついて出た。


「〈そと世界せかい〉ということですか? その世界についておしえてください」


「〈外の世界〉がどういった場所なのかわかりません。こことは根本こんぽん的にことなる世界です」


 ここまで話し終えたところで言葉につまる。正確せいかくに言えば、言葉につまらされた。


 放課ほうか部室ぶしつあじわったのどをしめつけられる感覚かんかくが、またもやおそいかかった。ただし、今回は居る世界と話せない事柄ことがらが、ひっくり返っている。


「……すいません。話せません。話そうとしても、話すことができません」


 のどをさすりながら答えた。当然とうぜんながら、パトリックは怪訝けげん面持おももちで僕を見つめた。自分でも理解できなかった。現実げんじつとの奇妙きみょうなリンクに、背筋せすじがこおる思いだった。


質問しつもんを変えましょう。あなたがこの国へ来た理由を教えてください」


「『転覆てんぷく巫女みこ』に会うためです」


「……会ってどうするのですか?」

「彼女を守らなければいけません」


 無意識むいしきだった。心にもない言葉――身におぼえのない思いが、口からこぼれ出た。それが〈催眠術ヒプノシス〉の力で引き出されたことは理解できた。けれど、自覚じかくの感情が心の奥底おくそこねむっていたことには、納得なっとくがいかない。


「わかりました。いえ……、よくわからなかったのですが、それがウォルターの本心ほんしんであることはわかりました」


 パトリックがひたいに手を当てながら思案しあんれる。しばらくして、人さし指を立てながら、こう言った。


「もう一つだけ質問させてください。あなたはトランスポーターとばれる人物じんぶつをごぞんじですか?」


「トランスポーター……ですか?」


「その人物は〈転送〉(トランスポート)の能力をゆうし、この国へ〈侵入しんにゅうしゃ〉を送り込んでいるちょう本人ほんにんです」


「いえ、知りません。名前すら聞いたことありません」


「質問はこのぐらいにしましょう。ありがとうございました」


 パトリックは回答かいとう全面ぜんめん的に信用しんようした。自身(じしん)の能力に、絶対ぜったい的な信頼しんらいいている証拠しょうこだろう。


 最初さいしょの質問の時は、イマイチ効果こうか実感じっかんできなかったけど、彼の能力のスゴさ――というより、おそろしさが身にしみてわかった。


さきほどの〈侵入者〉の話について、付けくわえさせてください。単刀たんとう直入ちょくにゅうに言えば、彼らのねらいは巫女みこの命です。彼らというより、トランスポーターの意思いしと言ったほうが適切てきせつでしょう。所詮しょせん、彼らは金でやとわれた人間にすぎませんから。

 ある意味、〈侵入者〉は〈外の世界〉の情報をもたらす貴重きちょう存在そんざいですが、年々(ねんねん)手口てぐち巧妙こうみょうになり、正直しょうじき手をかされています。近年はりをひそめているのが不気味ぶきみで、我々(われわれ)のうかがい知れないところで、着々(ちゃくちゃく)計画けいかくをおしすすめている可能性もあります」


 そこで一息ひといき入れたパトリックが、まっすぐにこちらを見すえる。


「その〈侵入者〉とうたがわれる危険きけんを、ウォルターはつねにはらんでいます。能力のことはもちろん、巫女について不用意ふようい深入ふかいりするのはさけるべきだと思います。〈侵入者〉の容疑ようぎをひとたびかけられれば、私でもかばい切れなくなるかもしれません」


 〈侵入者〉――いや、トランスポーターが巫女に執着しゅうちゃくする理由は何だろう。忠告ちゅうこくされたそばから質問するのは気が引けるけど、気になってしょうがない。


「そのトランスポーターは、どうして『転覆の巫女』の命をねらうんでしょうか」


「理由はわかりません。彼自身はこの国に姿を見せたことがありませんから」


「それなら、『転覆の巫女』について何かご存じですか?」


「巫女はかつてこの国の支配しはい者でした。しかし、現在は行方ゆくえをくらましています。その理由はもちろんのこと、巫女がどんな姿をしていたのかさえ、我々は忘れてしまいました。今や文献ぶんけんの中でしか、確認かくにんできない存在なのです」


 ダイアンから聞いた話と基本きほん的に同じだ。そんなことがあり得るのだろうか。


「身をかくさなければならない事情じじょうができ、我々の記憶きおくから自身の存在を消した。考えられる仮説かせつはそんなところでしょうか。それと『転覆の巫女』という呼びかたひかえてください。それは〈外の世界〉の人間がこのんでもちいる表現ひょうげんですから」


 話にひと段落だんらくがつき、張りつめた空気がやわらいだ。パトリックが世間せけん話をする調子ちょうしで言った。


今後こんごはどうなさるおつもりですか?」


「特に決めてないんですけど……、どうにかしなければいけませんよね」


 いつまでもダイアンに面倒めんどうをかけるわけにはいかない。この世界で暮らし続けるのなら、手に職をつけて、自分で生活のかてを得なければならない。だけど、気楽きらくな学生生活しか経験けいけんのない自分にとって、それは試練しれん同然どうぜんだ。


「よろしければ、私に一任いちにんしてもらえませんか? ウォルターの能力をいかせる、うってつけの場所があります」


 条件じょうけんびつきたくなる話だけど、パトリックの顔を見たら躊躇ちゅうちょした。それはまるで、新しいオモチャを手に入れた子供のようだった。


 視線しせんをはずすと、窓ガラスしに動く黒いかげを見つけた。よく見ると、カラスのしっぽらしき物体ぶったいが、ヒョコヒョコと上下じょうげに動いていた。例のルーだろうか。


「聞くところによれば、〈外の世界〉では、我々のような能力者がめずらしくないそうです。これまでの〈侵入者〉に該当がいとう者はいないものの、将来しょうらい的に能力者が送り込まれる可能性は十分じゅうぶんに考えられます。その点をふまえると、ウォルターのような能力者が味方みかたにいてくれれば、非常ひじょう心強こころづよいです」


 パトリックは目のとどくところに僕を置いておきたいのだろう。話としては悪くない。むしろ、ねがったりかなったりだ。


 〈侵入者〉から『転覆の巫女』を守る。それは僕がかかえる本能ほんのう的な欲求よっきゅう使命しめいめいたものと、方向ほうこう性が合致がっちしている。


「じゃあ、よろしくお願いします」


手頃てごろ住居じゅうきょもこちらで用意できますが?」


 そのさそいはきっぱりことわった。屋根やねうら部屋べやのベッドが、現実とこの世界をむすぶトンネルのような存在かもしれない。そんな考えが頭をよぎったからだ。

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