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真夜中のトリックスター  作者: mysh
パトリック
20/181

文芸部(後)

     ◇


「それで、今ここにいるということは、世界せかいへは日帰ひがえ旅行りょこうだったってことか」


 皮肉ひにくたっぷりな口ぶりとはいえ、思いがけず本題ほんだいに入ってくれた。


「はい」


 顔をほころばせ、まえのめりになって答えた。


「その異世界はどこにあるんだ?」


「どこにあるかはわかりません。寝たら異世界に到着とうちゃくしていましたから」


「そうか……。ようは、君の心の中にあるというわけか」


 毒舌どくぜつ拍車はくしゃがかかってきた。からかっているような内容だから、許容きょようすべきか。


 その後、種明たねあかしとばかりに、起床きしょうから就寝しゅうしんまで一本につながった、夢とは思えない内容だったと説明した。


「何だ、そういうことか」


 何だかんだで話題わだいを楽しんでたのか、土井どい先輩せんぱいは肩を落とした。


「昨日の話ですか?」


 音もなく近づいてきたつじさんが話にくわわった。


「もっとスゴい話だよ。あの後、太田おおたくんは異世界へ連れて行かれたそうだ」


「そうなんですか!?」


 辻さんが目をかがやかせながら食いついた。ここまで手放てばなしにおどろいてくれると、素直すなおにうれしいけど、だましているようで気が引ける。


「夢の中での話だけど、まるで物語ものがたりの世界に入り込んだような内容だったんだ。このまま現実げんじつに帰れないんじゃないかって、途中とちゅうで不安になるぐらいの」


「夢の話ですか……」


「どんな世界だったんだ?」

「それは私も聞きたいです」


「えーとですね」


 考えを頭の中でまとめて、意気いき揚々(ようよう)と話し出そうとした瞬間しゅんかん、のどをわしづかみにされる感覚かんかくにおそわれた。のどで言葉がせき止められたかのようだ。


「あれ……、声が出ない」


 なぜか、その言葉は声となってあらわれた。気を取り直して、話をそうとするも、ふたたび同じ感覚がきばをむいた。


「ここまで出かかってるのに、なぜか言葉にならないんです」


 ただごとではない。違和いわかん根源こんげんであるのどへ手を当てた。


「いや、言葉になってるみたいだけど?」


 コントのような応酬おうしゅうをしても、全く気が休まらない。


 声をしぼり出すように、口をパクパクさせても、にっちもさっちもいかない。やむなく、ジェスチャーをまじえて伝えようとこころみた。


 始めに両手で家の形をえがく。


「家ですか?」


 辻さんがあっさり意図いとをくんでくれた。じょう機嫌きげんでうなずきを返すも、家の形は日本と大差たいさないことに気づく。


 端的たんてきに世界観を表すものとして、次はゾンビを選ぶ。弛緩しかんさせた両手を前方ぜんぽうへ突き出し、ゆっくりじょう半身はんしんをゆらめかせた。


幽霊ゆうれいですか?」


 辻さんの回答かいとうは、当たらずともとおからず。首を横に振ってから、動作どうさにみがきをかけた。けれど、次の答えが続かない。


 残っているのは魔法まほうしかない。カッコつけながら右手を突き出し、先からほのおがふき出す様子ようすを、左手で表現する。もう完全にやぶれかぶれだった。


「何を伝えたいのか全然ぜんぜんわかりません! もどかしいです!」


 辻さんがごうをにやす。自分の誰かに伝えたい気持ちもつゆと消えた。


「太田くん」


 自分の席でしずかに本を読んでいた小谷こたに先輩が、ふいに声をかけてきた。


 雑談ざつだん長引ながびくと、小谷先輩はそれを注意ちゅういするアクションを起こす。たとえば、せきばらいだったり、本のかどでつくえをコンコンと小突こづいたり。直接ちょくせつ口で注意してくることもある。


 文芸ぶんげいではそれが恒例こうれい風景ふうけいとなっている。顔色かおいろからご機嫌きげんをうかがうと、まだ許容きょよう範囲はんいだと思った。


「太田くんのこと、もうすこし普通の子だと思っていたんだけど」


 小谷先輩がほおにかかった横髪よこがみをかき上げて、手なずけるような眼差まなざしを向けてくる。


 この目にはめっぽう弱い。普段ふだんなら、口答くちごたえする素振そぶりすら見せなかっただろう。僕は従順じゅうじゅんで、この上なくけの良い後輩こうはいだった。


「普通でないことが自分の身に起こったんです」


 鬱憤うっぷんがたまっていたので、この時はめずらしく反抗はんこうした。小谷先輩はいぬに手をかまれたような表情を見せたけど、何も言わずに手元てもとの本へ目を戻した。


「その様子だと、相当そうとうつまらない場所だったようだね」


「つまらなくはなかったです。ありきたりと言えば、ありきたりでしたけど」


「それなら、向こうで憂鬱ゆううつなことでもあったのか?」


「はい。何だか迷惑めいわくをかけてばかりで、何も返すことができなかったんです」


「先輩、話を続けましょう。もっとり下げましょう」


 辻さんが物足ものたりない様子で言った。


「まだ異世界の設定せっていがねり上がってないんだよ。辻くん、さっしてあげてくれ」


ちがいますよ」


 僕は憮然ぶぜんと言った。ただ、強硬きょうこう反論はんろんする気力きりょくはわいてこなかった。


    ◇


 その日の夜はなかなかねむる気になれなかった。依然いぜんとして、昨日の夢の記憶きおく鮮明せんめい。死ぬまでおぼえているんじゃないかってくらい。


 このまま寝れば、昨日の夢の続きを見る。今度こそ、現実にもどって来れないもしれない。そんな不安がむねにくすぶり続け、眠るのをためらった。


 昨日早寝(はやね)した分を取り戻そうという思いもあった。ながらく放置ほうちした読みかけの小説しょうせつまで引っぱり出し、いたずらに時間をつぶした。


 しだいにあくびの回数が増えていく。ふと時計に目をやると、時刻じこくは十二時にせまっていた。意を決して、ベッドへ横になった途端とたん強烈きょうれつ睡魔すいまにおそわれる。


 日頃ひごろの寝つきの悪さがうそのようだ。有無うむを言わさず、ベッドへ引きずり込む力――そこなしのやみに落ち込むような感覚に恐怖きょうふしながらも、あらがいようのない力に身をゆだねた。

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