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真夜中のトリックスター  作者: mysh
パトリック
19/181

文芸部(前)

    ◇


 気がつくと現実げんじつもどっていた。平凡へいぼんに言えば、目覚めざまし時計にたたき起こされた。


 いつもと変わらない朝をむかえられ、夢とは思えない夢を、ようやく夢だと確信かくしんすることができた。むねのつかえが下りるも、向こうの世界にこころのこりがないわけじゃない。


 夢の中での体験たいけんは、目がめた時点じてんから急速きゅうそくうしなわれる。強烈きょうれつ印象いんしょうを残したものでも、記憶きおくに残るのは断片だんぺん的なものばかり。


 朝食を食べ終わるころには、ダイアンのことをきれいさっぱり忘れているかもしれない。そう考えたら、せつなさで胸がくるしくなった。


「昨日はずいぶん寝るのが早かったのね」


 一階に下りてリビングへ入ると、キッチンの母から声をかけられた。


「うん……」


 早寝はやねをした自覚じかくがないので、ぼんやりと返事へんじをした。


「九時前にはもう寝てたでしょ。あれからずっと?」

「……たぶん」


 そう言われても、就寝しゅうしん時の記憶はよみがえらない。ただ、夢を見ている時間が、おそろしく長く感じたことに納得なっとくがいった。


「ボケッとしてるけどだい丈夫じょうぶ。学校に遅刻ちこくしないでね」


 学校という言葉が、現実に戻ったことを強く意識いしきさせた。


 夢の世界での目まぐるしい一日が終わり、やっとかたが下りたところなのに。あらたな一日が、これから始まるのかと思うと、猛烈もうれつ徒労とろう感におそわれた。


    ◇


 ところが、いつもは退屈たいくつきわまりない授業じゅぎょうも、今日にかぎっては苦痛くつうに感じない。なれしたしんだ日常にちじょうに戻った安心あんしん感からか、自宅じたくにいるようなリラックスした気分きぶんさえあじわった。


 授業中にもう一つ感じていたことがある。やはり、普段ふだんの夢と今日の夢は、本質ほんしつ的にことなっていた。


 二時間目になっても、三時間目になっても、不思議ふしぎと記憶は色あせない。全ての出来事できごと系列けいれつ順に書き出せそうなほど、頭にこびりついていた。


 あたかも一本の映画のような、一冊いっさつ物語ものがたりのような、ここまで現実的な夢を、今まで見たことがあっただろうか。


 授業そっちのけで、夢の世界へ思いをはせていたら、ある衝動しょうどうにかられた。


 この話を誰かにしたい。


 けれど、クラスメイトはマズい。白い目を向けられるのがせきやま下手へたしたら、卒業そつぎょうまでやかしのたねにされかねない。


 ここは我慢がまんのしどころ。この手の話をする格好かっこうの相手がいるじゃないか。そう自分に言い聞かせ、ノドまで出かかった思いを飲みくだした。


     ◇


 放課ほうかになってすぐ、教室を飛び出して、文芸ぶんげい部室ぶしつ直行ちょっこうした。


 あいにく、部室には一番いちばん乗り。文芸部はたった四名のしょう人数にんずうだけど、連日れんじつおどろくほど出席しゅっせき率が高い。


 部室はきゅう校舎こうしゃき教室を他の部活ぶかつ共用きょうようしている。じきりでしきった後方こうほう三分の一が、文芸部の自由に使えるスペースだ。


 ドアから入って左手の壁際かべぎわ長机ながづくえが置かれている。そこは通学つうがくバックの置き場所や、持ち寄った本の保管ほかん場所として利用している。およそ文芸ぶんげいとはえんのない物も置いてあるけど、そのだい部分ぶぶん土井どい先輩せんぱい私物しぶつだ。


 あとは教室のつくえが部室の中央ちゅうおうに四つ、窓際まどぎわに二つ置かれているのみ。普段は男性陣――僕と土井先輩が窓際の席に陣取じんどり、女性陣――小谷こたに先輩とつじさんが、中央の席で斜向はすむかいにすわっている。


 殺風景さっぷうけいと言えなくもないけど、部室内は整理せいり整頓せいとんが行きとどいている。これはきれい好きの小谷先輩の功績こうせきによるところが大きい。


 連絡れんらく事項じこうの書き込まれた黒板こくばんを見ていると、他の部員が続々(ぞくぞく)と顔を見せ始め、まもなく、全員が顔をそろえた。


 土井先輩は部室へ入ってくるなり、指定してい席にドカッと座り、バッグの中をあさり始めた。自分も何食なにくわぬ顔でかいの席に腰をろす。


 戸口とぐちに目を向けると、小谷先輩と辻さんが立ち話をしていた。その時、運動公園でUFO(ユーフォー)探索たんさくした記憶が、唐突とうとつによみがえってきた。


 昨日のことなのに、今の今までど忘れしていた。夢の中での壮大そうだい冒険ぼうけんに、おおいかくされていたのだろうか。


 結局けっきょく、どうなったんだっけ。公園内を隅々(すみずみ)まで歩きまわって、広場ひろば途方とほうに暮れていたのはおぼえている。けれど、そこから先があまりに明瞭めいりょうだ。


「昨日はあれからどうなった?」


 バッグの中に視線しせんを落としたまま、土井先輩が話を振ってきた。意表いひょうをつかれたけど、すかさず頭を切りかえ、極力きょくりょく平静へいせいをよそおう。


「昨日はあれから……、世界せかいへ行きました」


 手にあせにぎり、勇気ゆうきをもって言いきった。


「へぇー、最近の君にはおどろかされてばかりだな」


 顔を上げた土井先輩が、口元くちもとややかなみをたたえる。この程度ていどでひるむわけにはいかない。


「それなら、昨日のアレはティンカーベルだったというわけか」


 頭にハテナマークがうかんだ。もちろん、ティンカーベルは知っている。ピーターパンを異世界へみちびいた妖精ようせいだ。ただ、『昨日のアレ』には心当こころあたりがない。


「……昨日のアレって何ですか?」


 聞き返すと、土井先輩から怪訝けげんそうに見つめられた。


「君が広場で見つけたアレだよ。君以外は目にすることができなかったアレのことさ。確か、黒いマリモだとか何とか言ってただろ?」


「黒いマリモ……?」

「からげにでもして食べたのかい?」


 昨日の記憶を必死ひっしにたぐり寄せる。けれど、ささいな糸口いとぐちさえ見つけ出せない。


「忘れたのなら忘れたで、別にこっちはかまわないけど」


 土井先輩がため息をつくように言った。何だか、たたまれない気持ちになり、話がしづらくなった。

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