表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中のトリックスター  作者: mysh
転覆の日
180/181

力の暴走(後)

     ◆


 竜巻たつまき膨張ぼうちょうは止まったが、いきおいはとどまることを知らない。周辺しゅうへんにはゴーレムの残骸ざんがい無数むすうにころがり、小さなかけらを暴風ぼうふうげていく。


「……あれは彼がやったのか?」


「たとえそうだとしても、あれは本当ほんとう味方みかたなのだろうか……」


 おぞましい光景こうけいは、見守みまもっている者たちをのこらず震撼しんかんさせた。危険きけんを感じ、市街しがい避難ひなんを始める者も続出ぞくしゅつした。


 そのころ、スプーは街をかこ城壁じょうへきの上にのぼり、その光景をながめていた。からのがれた彼は、遠方えんぽうで上がった強大きょうだいな力を察知さっちし、この場へかけつけた。


「どういうことだ。トリックスターは〈やみちから〉をもあやつるというのか……?」


 スプーの眉間みけんふかいシワがきざまれる。〈闇の力〉の使用だけではない。自身(じしん)とくらべものにならない、次元じげんちがうパワーに、ただただ圧倒あっとうされていた。


 しばらく考え込んだすえに、ある結論けつろんへいたった。


「そうか。『あの御方おかた』か……。しかし、よりにもよって、なぜあの男の中に……」


 疑問ぎもん解決かいけつしたが、あらたななぞ浮上ふじょうにより、スプーは困惑こんわく度合どあいを深めた。


 主君しゅくんたるマリシャスは力をうしなった。それを取り戻すには『誓約せいやく』の解除かいじょ必須ひっすであり、言わば、ウォルターは障害しょうがいの一つだからだ。


 ダイアンと同様どうよう、マリシャスも一つだけ能力のうりょくを残している。それを残すことが、『誓約』をむすんだ時の交換こうかん条件じょうけんだった。


 マリシャスが手元てもとに残したのは、ウォルターに使用した〈委任〉(デリゲート)。この能力には二通ふたとおりの使用方法(ほうほう)がある。


 一つは、能力をあたえるわりに、対象たいしょう命令めいれいを与える方法。命令に強制きょうせい力があり、それを達成たっせいするまで解除されない。


 もう一つは、対象と同化どうかしてすべての能力を供与きょうよする方法だ。前者ぜんしゃと違って、三つまで命令を与えられるが、同化をストップすれば、命令は解除される。


 後者こうしゃにはオプションがある。能力の使用量におうじ、一時いちじてきに対象の体を自由にできるのだ。本来ほんらい許可きょか必要ひつようとしないが、『誓約』の条項じょうこうによって拒否きょひされる事態じたいつづいていた。


 後者には欠点けってんもある。同化中は対象と生死せいしともにすることだ。つまり、対象が命を落とせば、自身ももろともに死ぬ。マリシャスは自動じどう防御ぼうぎょもちいて、その危険を回避かいひしている。


御心おこころが読み解けない」


 ウォルターは三つの命令を与えられたはずだが、あやつられている様子ようすはない。主君の思惑おもわくまったくわからず、スプーは頭をかかえるしかなかった。


     ◆


 黒煙こくえんの竜巻の話を耳にし、ダイアンは集団しゅうだんを引きれて現場げんばへかけつけた。トランスポーターの襲撃しゅうげき警戒けいかいし、辺境伯マーグレイヴがかたわらで目を光らせている。


「あれです!」


 ダイアンは大門おおもん前の橋をわたりながら、顛末てんまつ目撃もくげきしていた魔導士に説明せつめいを受ける。


れいの彼が、単身たんしんゴーレムのまっただなかにつっ込んでいきまして! 奮戦ふんせんしていたのですが、しばらくしたらあんなさまに!」


 竜巻がかなでるコウモリの鳴き声のような音が、周囲しゅういにけたたましくひびいている。そのため、案内あんないの魔導士は声を張り上げている。


 ダイアンは竜巻に目をうばわれ、うわの空で返事へんじをした。ウォルターの身が心配しんぱいで、でなかった。また、竜巻に強烈きょうれつ既視きしかんをおぼえていた。


 ダイアンがおぼつかない足どりで、用意よういに竜巻へちかづいていく。


巫女みこ、それ以上(いじょう)は危険です!」


 制止せいしを受けると、ハッとした様子で立ち止まった。


 竜巻の直径ちょっけいは五十メートル近い。外縁がいえんは橋を渡ったすぐそこまでせまっている。暴風がれ、い上げられた小石こいしが、ときおりダイアンのはだを打った。


「ケイト・バンクスはまだなの!」


「まだ来ていません!」


 はやくウォルターをたすけなければ。ダイアンははやる気持ちをおさえられず、ソワソワと竜巻と大門おおもん交互こうご視線しせんを送った。


「来ました!」


 大門のほうで声が上がると、クレアと一緒にケイトが姿を見せた。


「ケイト、こっちへ来て!」


 手まねきしながら、すみやかに彼女をび寄せる。同性どうせいということもあり、『転覆てんぷく』前のダイアンは、えずケイトをそばにいていた。


 ケイトにその頃の記憶きおくは残ってないが、ダイアンは全ておぼえているため、彼女に気がねがない。


「あなたに〈ひかりちから〉をあずけたはずよ」


 現在げんざい状況じょうきょうすら飲み込めていなかったため、ケイトはうろたえた。


「白い光をはなつ、魔法まほうみたいな力のことよ」


 しかし、その説明を受けると、ケイトの表情ひょうじょうれた。


「こ、これのことですか?」


 ケイトが実演じつえんしてみせる。幻想げんそう的な白い光の集まりが、彼女の右腕みぎうでをつつみ込むようにただよい始めた。


「そう、それよ」


 それを見届みとどけるやいなや、ダイアンはケイトの手を引いて橋を渡り始めた。


「何がどうなってるんですか! この力も何なのかわからなくて!」


「説明は後よ!」


 竜巻が起こす暴風によって、ダイアンのドレスがはげしくはためく。砂が大量たいりょうに舞っているため、目を開けるのがやっとの状態じょうたいだ。


 橋を渡りきると、ダイアンは片手かたてを顔の前にかざし、それを風よけにしながら、もう片方かたほうの手で竜巻の中心ちゅうしんゆびさした。


「竜巻の中心にウォルターがいるの! そこにかってその力を使ってほしいの!」


「……ウォルターが?」


 竜巻は中心に向かうにつれ、黒煙の密度みつどくなり、黒いボールが置いてあるように見える。また、視界しかいはゼロで、人影ひとかげは全く見えない。


「でも、ウォルターがいるんですよね!」


だい丈夫じょうぶ! 私を信じて! その力は人をきずつけるものじゃないの!」


 ダイアンは相手の目をまっすぐ見つめて言った。


 ケイトが心を決め、攻撃こうげき準備じゅんびに入る。ダイアンは半身はんしんでケイトの体をささえ、かまえられた相手の右腕に手をそえた。


 ほどなく、やわらかな神々(こうごう)しい光が、ケイトの手元でふくれ上がっていった。


「中心をねらうのよ!」


 『火球かきゅう』によく似た光の球が、直径二メートル近くまで成長せいちょうすると、ダイアンから指示しじんだ。


 うなずきを返したケイトが、ねらいをさだめて光の球を解き放つ。それは黒煙をはねのけながら、竜巻の中心へいっ直線ちょくせんにつきすすんだ。


 相反あいはんする陰陽いんようの力が激突げきとつする。


 勝敗しょうはいはあっけなくついた。打ち勝ったのはようの力。他者たしゃを傷つけるための力と、それをすためにみだされた力。なり立ちが根本こんぽん的にことなる。


 げん動力どうりょくを失った竜巻はたちまち霧散むさんした。またたくあたりはすみ渡り、のどかな風景ふうけいもどった。


 あんじょう、竜巻の中心だった場所にウォルターがいた。両膝りょうひざをついたままうなだれ、ピクリとも動かない。ダイアンはすぐさまかけだした。


「ウォルター!」


 呼びかけても返答へんとうはない。大急おおいそぎでウォルターのもとまで行き、ダイアンはその前で両ヒザをついた。


「大丈夫?」


 両肩へ手をかけ、体をゆすってみても反応はんのうがない。体のほうへ目を向けると、手足てあしや顔のそこかしこに、すりきずが見える。


 ふいにウォルターがうす目を開け、わずかに動いたひとみがダイアンを見た。かすかに口元くちもとをゆるめたが、再び気を失うように目をじた。


 とたんにウォルターの体から力がぬけ、倒れ込んできたその体をダイアンは抱き止めた。


「ダメよ。その力はもう使っちゃダメよ」


 そして、相手の耳元みみもとで、彼女はささやくように言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ