力の暴走(後)
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竜巻の膨張は止まったが、勢いはとどまることを知らない。周辺にはゴーレムの残骸が無数にころがり、小さなかけらを暴風が巻き上げていく。
「……あれは彼がやったのか?」
「たとえそうだとしても、あれは本当に味方なのだろうか……」
おぞましい光景は、見守っている者たちを残らず震撼させた。危険を感じ、市街へ避難を始める者も続出した。
その頃、スプーは街を囲む城壁の上にのぼり、その光景をながめていた。追っ手からのがれた彼は、遠方で上がった強大な力を察知し、この場へかけつけた。
「どういうことだ。トリックスターは〈闇の力〉をもあやつるというのか……?」
スプーの眉間に深いシワがきざまれる。〈闇の力〉の使用だけではない。自身とくらべものにならない、次元の違うパワーに、ただただ圧倒されていた。
しばらく考え込んだ末に、ある結論へいたった。
「そうか。『あの御方』か……。しかし、よりにもよって、なぜあの男の中に……」
疑問は解決したが、新たな謎の浮上により、スプーは困惑の度合いを深めた。
主君たるマリシャスは力を失った。それを取り戻すには『誓約』の解除が必須であり、言わば、ウォルターは障害の一つだからだ。
ダイアンと同様、マリシャスも一つだけ能力を残している。それを残すことが、『誓約』を結んだ時の交換条件だった。
マリシャスが手元に残したのは、ウォルターに使用した〈委任〉。この能力には二通りの使用方法がある。
一つは、能力を与える代わりに、対象に命令を与える方法。命令に強制力があり、それを達成するまで解除されない。
もう一つは、対象と同化して全ての能力を供与する方法だ。前者と違って、三つまで命令を与えられるが、同化をストップすれば、命令は解除される。
後者にはオプションがある。能力の使用量に応じ、一時的に対象の体を自由にできるのだ。本来は許可を必要としないが、『誓約』の条項によって拒否される事態が続いていた。
後者には欠点もある。同化中は対象と生死を共にすることだ。つまり、対象が命を落とせば、自身ももろともに死ぬ。マリシャスは自動防御を用いて、その危険を回避している。
「御心が読み解けない」
ウォルターは三つの命令を与えられたはずだが、あやつられている様子はない。主君の思惑が全くわからず、スプーは頭をかかえるしかなかった。
◆
黒煙の竜巻の話を耳にし、ダイアンは集団を引き連れて現場へかけつけた。トランスポーターの襲撃を警戒し、辺境伯がかたわらで目を光らせている。
「あれです!」
ダイアンは大門前の橋を渡りながら、顛末を目撃していた魔導士に説明を受ける。
「例の彼が、単身ゴーレムのまっただ中につっ込んでいきまして! 奮戦していたのですが、しばらくしたらあんな有り様に!」
竜巻がかなでるコウモリの鳴き声のような音が、周囲にけたたましくひびいている。そのため、案内の魔導士は声を張り上げている。
ダイアンは竜巻に目を奪われ、うわの空で返事をした。ウォルターの身が心配で、気が気でなかった。また、竜巻に強烈な既視感をおぼえていた。
ダイアンがおぼつかない足どりで、不用意に竜巻へ近づいていく。
「巫女、それ以上は危険です!」
制止を受けると、ハッとした様子で立ち止まった。
竜巻の直径は五十メートル近い。外縁は橋を渡ったすぐそこまでせまっている。暴風が吹き荒れ、舞い上げられた小石が、時おりダイアンの肌を打った。
「ケイト・バンクスはまだなの!」
「まだ来ていません!」
早くウォルターを助けなければ。ダイアンははやる気持ちをおさえられず、ソワソワと竜巻と大門へ交互に視線を送った。
「来ました!」
大門のほうで声が上がると、クレアと一緒にケイトが姿を見せた。
「ケイト、こっちへ来て!」
手まねきしながら、すみやかに彼女を呼び寄せる。同性ということもあり、『転覆』前のダイアンは、絶えずケイトをそばに置いていた。
ケイトにその頃の記憶は残ってないが、ダイアンは全ておぼえているため、彼女に気がねがない。
「あなたに〈光の力〉を預けたはずよ」
現在の状況すら飲み込めていなかったため、ケイトはうろたえた。
「白い光を放つ、魔法みたいな力のことよ」
しかし、その説明を受けると、ケイトの表情が晴れた。
「こ、これのことですか?」
ケイトが実演してみせる。幻想的な白い光の集まりが、彼女の右腕をつつみ込むようにただよい始めた。
「そう、それよ」
それを見届けるやいなや、ダイアンはケイトの手を引いて橋を渡り始めた。
「何がどうなってるんですか! この力も何なのかわからなくて!」
「説明は後よ!」
竜巻が起こす暴風によって、ダイアンのドレスが激しくはためく。砂が大量に舞っているため、目を開けるのがやっとの状態だ。
橋を渡りきると、ダイアンは片手を顔の前にかざし、それを風よけにしながら、もう片方の手で竜巻の中心を指さした。
「竜巻の中心にウォルターがいるの! そこに向かってその力を使ってほしいの!」
「……ウォルターが?」
竜巻は中心に向かうにつれ、黒煙の密度が濃くなり、黒いボールが置いてあるように見える。また、視界はゼロで、人影は全く見えない。
「でも、ウォルターがいるんですよね!」
「大丈夫! 私を信じて! その力は人を傷つけるものじゃないの!」
ダイアンは相手の目をまっすぐ見つめて言った。
ケイトが心を決め、攻撃準備に入る。ダイアンは半身でケイトの体をささえ、かまえられた相手の右腕に手をそえた。
ほどなく、やわらかな神々しい光が、ケイトの手元でふくれ上がっていった。
「中心をねらうのよ!」
『火球』によく似た光の球が、直径二メートル近くまで成長すると、ダイアンから指示が飛んだ。
うなずきを返したケイトが、ねらいを定めて光の球を解き放つ。それは黒煙をはねのけながら、竜巻の中心へ一直線につき進んだ。
相反する陰陽の力が激突する。
勝敗はあっけなくついた。打ち勝ったのは陽の力。他者を傷つけるための力と、それを打ち消すために生みだされた力。なり立ちが根本的に異なる。
原動力を失った竜巻はたちまち霧散した。またたく間に辺りはすみ渡り、のどかな風景が戻った。
案の定、竜巻の中心だった場所にウォルターがいた。両膝をついたままうなだれ、ピクリとも動かない。ダイアンはすぐさまかけだした。
「ウォルター!」
呼びかけても返答はない。大急ぎでウォルターのもとまで行き、ダイアンはその前で両ヒザをついた。
「大丈夫?」
両肩へ手をかけ、体をゆすってみても反応がない。体のほうへ目を向けると、手足や顔のそこかしこに、すり傷が見える。
ふいにウォルターがうす目を開け、わずかに動いた瞳がダイアンを見た。かすかに口元をゆるめたが、再び気を失うように目を閉じた。
とたんにウォルターの体から力がぬけ、倒れ込んできたその体をダイアンは抱き止めた。
「ダメよ。その力はもう使っちゃダメよ」
そして、相手の耳元で、彼女はささやくように言った。




