宿命の敵
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ネクロとの問題を片づけた後、トランスポーターはレイヴン城や市街をめぐった。特別な期待はせずに、気楽に巫女をさがした。
ゾンビ出現による混乱には無関心だったが、依然として活動を続けるゴーレムを見て、ネクロの生存を疑うようになった。
とはいえ、ネクロの死亡によって、ゴーレムが活動をやめる確証はない。体力がつきるまで活動を続ける可能性もある。
しかも、適当な場所へネクロを『転送』したため、落下場所は予想もつかない。生死を確認するためだけに、わざわざ相手をさがすのは億劫だった。
そんな時、ただの岩石と化したゴーレムを発見した。実際はウォルターの手によるものだが、彼はそれをネクロが死んだためだと早とちりした。
ウォルターとの遭遇をさけながら、市街を見回っていると、中央広場にいる魔導士の一団と、その中心にいる異彩を放つドレスの女性――ダイアンを発見した。
巫女だと直感し、慎重に様子をうかがう。
七つの能力を保持していても、彼に複数の魔導士を相手どる度胸や無鉄砲さはない。近寄ることすらできず、いたずらに時間を浪費した。
そうこうしていると、マントをまとった幹部たちが集団に合流し始め、周辺を行きかう人数も増えた。中央広場が司令部の様相をていしてきた。
しまいには、辺境伯まで姿を現し、ダイアンと会話をかわし始めた。攻撃をしかける気は消え失せたが、彼女が巫女かどうかだけでも確かめようと考えた。
〈不可視〉で接近するという、シンプルで安全な方法を思いつく。それを見やぶれることはイコール巫女であることに他ならない。
しかし、〈不可視〉には欠点がある。静止していれば問題ないが、周囲三メートル以内の人間には認識されてしまう。そのため、人ごみの中にいる人物に近づくのは、思いのほか難しい。
どこか目立つ場所から、相手の注意をひければ――。
声をかけるのが手っとり早い。だが、声自体は誰の耳にも届いてしまう。また、大声を張り上げるのは気が進まなかった。
仕方なく、相手の目が届く場所で、ジッと待つことに決めた。トランスポーターはそういう気長なことが苦にならないタイプだ。
◆
「巫女。ケイト・バンクスは見つかりませんでした」
辺境伯がダイアンに報告した。そばにいたクレアは、突然の再会で頭の中がまっ白になった。一方の辺境伯は平然とした様子で声をかけた。
「ひさしぶりだな、クレア」
「うん……」
「岩の巨人をあやつっている男は?」
「その男も見つかりません。仲間に聞けばわかるかもしれませんが、そいつも見つからなくて……」
トランスポーターは〈不可視〉を展開中のため、彼には発見できない。また、現在はおたがいに〈千里眼〉を解除していた。
「あの、ケイトの居場所ならわかります。さっきまで一緒にいましたから」
「ここに連れて来てくれる?」
「わかりました」
ダイアンがからみついてくるような視線に気づく。目を移すと、見なれない服装の男が、ただならぬ様子でたたずんでいた。
「待って!」
クレアの向かう先にいたため、ダイアンがとっさに引き止める。
確証が得られたことで、トランスポーターの表情に光がさし込む。ついにめぐり会えた宿命の敵。冷めた性格を自認する彼も、全身が熱をおびるほどの興奮をおぼえた。
「……誰かいますか?」
「そこの男、見えてない?」
辺境伯が目をこらす。相手が使用するのは自身の能力だが、視認することはかなわない。だが、そこに誰がいるのか、すぐに目星をつけた。
「トランスポーター、姿を見せろ」
トランスポーターはあっさり〈不可視〉を解いた。突然の心変わりを見せた辺境伯に、問いただしたいことがあった。
「やはり、お前か……」
「インビジブル。その女が『転覆の巫女』か? 見つけたなら、教えてくれても良かったのに。僕らは仲間じゃないか」
わざとダイアンの不信を買うような内容を織りまぜ、トランスポーターは相手の顔色をうかがった。
辺境伯が言葉につまる。洗脳状態にあったとはいえ、相手は数年間行動を共にしてきた仲間。少なからず友情の念があった。
しかし、彼らが巫女の命をねらっていることを、嫌というほど知っている。巫女の記憶を残らず失い、行方がわからなかった状況では、抵抗を感じなかった。
しかし、巫女の部下としての自覚を取り戻した今となっては、とうてい受け入れられるものではない。
「トランスポーター。お前とは戦いたくない。ここは退け」
「僕らの目的を、君は知っていたはずだ。理解した上で『盟約』を結んだ。それなのに裏切るのか?」
「それはお前の勘違いだ。『盟約』に加わる時の条件は、『転覆の魔法』を解くことへの協力のみ。それ以上の約束はしていない」
「それは初耳だけど、まあ、『盟約』に参加したのは君より後だからね。部分的な協力関係を結ぶあたり、ローメーカーらしいと言えばらしいか。それだけ、君の能力が魅力的だったということか」
「巫女に手出しはさせない。それでも戦うというなら、命がけのものになると思え」
「君がここまで変わり身が早いとは思わなかった。信頼の置ける相手だと思っていたから、なおのことがっかりだ」
辺境伯がダイアンの前に進み出た。その攻撃的な態度によって、トランスポーターの闘争心に火がついた。
「君は忘れていないか。〈不可視〉はもちろん、君が持つ全ての能力が、僕に通用しないことを。しかも、その逆は成立しない」
「お前こそ忘れるな。俺にはお前らと共有していない力があることを」
辺境伯が手元で『電撃』をほとばしらせる。彼の目は本気だった。手ごわい敵が増えたと、トランスポーターは閉口した。
「ここはいったん退くよ。言いわけじみてるけど、始めから戦う気はなかった。でも、こちらがいつでも命をねらっていることを、忘れないほうがいい。後ろの女にも、君のほうから伝えておいてくれるか」




