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真夜中のトリックスター  作者: mysh
転覆の日
174/181

それぞれの覚醒(前)

     ◇


 『氷柱つらら』による怒涛どとう連続れんぞく攻撃こうげきもなしのつぶて。


 いわ巨人きょじんに対するいかりと、ふがいない自身(じしん)への怒り。二つの感情かんじょうむねのうちでうずいていた。


 一連いちれん波状はじょう攻撃を受けた岩の巨人がさい始動しどうする。岩の体はところどころけているとはいえ、ささいなもので疲弊ひへいした様子ようすは見られない。


 僕は力をほっした。あの岩石がんせきの体を打ちくだく力を。


 すると、右手周辺(しゅうへん)から黒煙こくえんがもれだし、やがてそれは、腕にからみつくようにはい上がってきた。


「何だ、これ……」


 右手をかまえた矢先やさきに気づき、得体えたいの知れない――いや、これには見おぼえがあった。


 突然、はりでさされたようないたみを感じ、反射はんしゃ的に振りはらおうとした。結果けっか確認かくにんする前に、岩の巨人がなぐりかかってくる。


 後方こうほうんで、相手に『突風とっぷう』をはなった。距離を取ろうとしたのだけど、肝心かんじん〈悪戯〉(トリックスター)発動はつどうしそびれた。


 かろうじて、一撃いちげき目をかわしたものの、すぐに二撃にげき目が飛んでくる。


 着地ちゃくちを待たずに重力じゅうりょく軽減けいげんさせ、敵の頭部とうぶがけて『かまいたち』を放つ。敵をふたたび同じ建物たてものにたたきつけるも、自分じぶん反動はんどう路上ろじょうをころがった。


うしろにもう一体いったいいるぞ!」


 すかさずくと、べつの一体が背後はいご仁王におうちしていた。そして、おおいかぶさってくるように、かざした両腕りょううでを振りろした。


 体勢たいせい的に『かまいたち』は放てない。『突風』で頭上ずじょうや後方へ飛べば、敵と衝突しょうとつする。死を覚悟かくごした。両目りょうめをつむって、その時を待つ。


 ブンという音とともに、風圧ふうあつを感じた。ところが、敵の攻撃はいつまでたっても降りそそがない。不思議ふしぎに思ってまぶたを開くと、視界しかいが黒煙でおおわれていた。


 自身を守ったのは、をえがいた黒煙のたて。それが徐々(じょじょ)霧散むさんすると、再び敵を視界にとらえた。


 のよだつ、コブシがくうる音がひびく。ところが、黒煙が身をていするようにさい結集けっしゅうし、またしても攻撃をふせいだ。


 あわてて間合まあいを取って、『突風』の要領ようりょうで敵にけて黒煙を放った。すると、思いも寄らない事態じたいが起こった。


 いかなる攻撃も物ともしなかった岩の巨人が、もろくもくずれ去ったのだ。


「この力は……?」


 黒煙は目の前をただよいつづけ、まるで手足てあしのように、思うがままに動かせた。しかし、その力はとてつもないマイナス面をかかえていた。


 ふいに『電撃でんげき』を受けたような痛みが右腕みぎうでを走る。思わずひざまずいてしまうほどで、右腕をおさえて顔をしかめた。


 さきほどかべにたたきつけた敵が、こちらに向かって進撃しんげき再開さいかいした。まよいがあったものの、しびれの取れない右腕をかまえた。


 同じシーンが目の前でくり返される。黒煙の『突風』に吹き飛ばされるように、たちまち敵の体は崩壊ほうかいした。


 不気味ぶきみ静寂せいじゃくの中、こちらに頭部だった岩がゴロゴロところがってきた。


 右腕に再度さいど神経しんけいつうが襲いかかった。さらにつよまったそれは、右腕にとどまらず、体のほうへ広がった。


 言いようのない不安ふあんにかられた。体をむしばまれている気がした。のろいのようにまとわりつく正体しょうたい不明ふめいの力を前に、ゾッとする思いだった。


     ◆


「あんた、あの岩の巨人をあやつっているやつか? それとも、他人たにんになりすませるやつか?」


「答える筋合すじあいはないが、そこまでして知りたいか? その場合ばあい、ますますもって、君たちをこの場で始末しまつしなければならなくなる。それでもかまわないか?」


 スコットが押しだまる。スプーの狂気きょうきにあてられ、顔を引きつらせた。


 スプーが城壁じょうへきとう殺害さつがいした守衛しゅえいに『扮装ふんそう』した。スコットとケイトが大きく目を見張みはる。


「夢でも見ているんでしょうか……」


「他人になりすますほうってわけか」


 スプーの〈扮装〉(スプーフィング)は、〈転送〉(トランスポート)といった能力のうりょくと同じく、外見がいけんデータを三つまで保存ほぞんできる。取得しゅとく方法ほうほうもよく似ていて、対象たいしょうに五秒間接触(せっしょく)するというものだ。


 現在げんざいスプーが保持ほじするデータは、守衛のものと、一般いっぱん人への偽装ぎそう用と、長年ながねんなりすましていたギル・プレスコットのものだ。


「これでわかったかな?」


 『扮装』は声色こわいろまで変わるが、雰囲気ふんいき相変あいかわらず。それがいっそう不気味さを際立きわだたせた。


「ケイト。大門おおもんにクレアがいるから、このことをつたえてきてくれ。ついでに応援おうえんんできてくれるとたすかる」


「でも……」


 自分が足手あしでまといにしかならないことを、ケイトは嫌というほどわかっている。しかし、この場にスコット一人をのこすのは気が引けた。


たのんだぞ」


 スコットがケイトのこわばった手をにぎりしめる。うなずきを返した彼女は、ふるえる足でゆっくりとあとずさった。


 しかし、スプーが逃がさないとばかりに右手をかまえ、ケイトは足を止めた。


「行け!」


 同じく攻撃態勢(たいせい)をとったスコットがいそがせた。


 ケイトはちかくの路地ろじへ逃げ込んだ。そこをすすんでいる途中とちゅう、男のさけび声が耳にとどいた。スコットの声ではないと思ったが、不安感からみちを振り返る。


 しばらくその場で立ち止まっていたが、今の自分ができるのは助けを呼びに行くことだと思い直し、再び前に進み始めた。


     ◆


 ダイアンは〈とま〉を後にして、レイヴン城を出た。ゴーレムが市街しがいをうろついているため、城門じょうもんは開けられず、辺境伯マーグレイヴ〈転送〉(トランスポート)の力をりた。


 見晴みはらしの良い中央ちゅうおう広場ひろば近くの建物から、市街の状況じょうきょうを確認する。辺境伯の他に、護衛ごえい魔導まどうが一人帯同(たいどう)し、彼女の肩にはルーの姿もある。


 断続だんぞく的に大声おおごえが聞こえてくるが、付近(ふきん)目立めだった戦闘せんとうは見られない。また、ゴーレムよりも、通りをふらつくゾンビの姿が目についた。


「このあたりに岩の巨人はいませんね」


「彼らに聞いてみましょう」


 中央広場に魔導士の集団しゅうだん発見はっけんし、ダイアンがゆびさした。突如とつじょとして出現しゅつげんした三人に、魔導士の集団がおどろく。


「どういう状況なの?」


「え、はい……」


巫女みこです」


 護衛の魔導士が説明せつめいするも、全員ぜんいん困惑こんわくかくせない。辺境伯の姿を見つけてギョッとする者もいた。


「岩の巨人がすくなくなったので、ゾンビへの対処たいしょに取りかかるところです」


「岩の巨人はどうしたの? 引き上げたの?」


「いえ、先ほど空を飛べるれい新人しんじんが現れまして、岩の巨人をあっという間に倒して、あらしのようにっていきました」


「……どうやって倒したの?」


見慣みなれない、みょうな力を使っていました」


「……妙な力?」


「はい。魔法まほうに見えなくもなかったですが、昆虫こんちゅうかコウモリのれをあやつっている感じでした」


「あの力だな」


 ルーが耳元みみもとでつぶやき、ダイアンが不安げな表情ひょうじょうを見せる。その力に心当こころあたりがあり、ルーの懸念けねんうらづけが取れたかたちだ。


「巫女。俺は巨人をあやつっている、ネクロとかいう男をさがします」


 背後で居づらそうにしていた辺境伯が、その場をはなれようとしたが、ダイアンが「待って、ライオネル」とすぐにめた。


「ケイト・バンクスをさがしてくれる?」


「ケイト・バンクス……ですか?」


 辺境伯はケイトをよく知っていたが、『転覆てんぷく』後の彼女は日陰ひかげの身となっていたため、記憶きおくはそれ以前(いぜん)のものが中心ちゅうしん


 くわえて、ケイトは巫女とつね行動こうどうを共にしていたので、『誓約せいやく』による記憶消去(しょうきょ)の巻きぞえで、ケイトの記憶まであやふやなものとなっていた。


「私のところへ来るように伝えてほしいの」


「わかりました」

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