真っ向勝負
◇
城壁を飛び越えて、中央広場にほど近い建物に下り立った。屋上から市街を見渡すと、様相は一変していた。
さっきまでは全くなかった人影が、各通りに多数ある。数多の岩の巨人が闊歩する中、決死の思いで通りを横断する様子が見られた。
また、人間かゾンビかの見分けはつかないものの、敵の手にかかったと思われる死体が、そこかしこに確認できた。
「今よ! 急いで!」
眼下から女性の大声が上がった。見下ろすと、路地にいた女性魔導士が、敵の目を盗んで、住人たちの誘導をしていた。そばに下りて事情を聞いた。
「建物の中はゾンビだらけみたいです。岩の巨人がいるから、できるかぎり外へ出ないように言っているんですけど、どうしても出てきてしまうので、こちら側の建物へ避難させているところです」
レイヴン城の収容力の問題から、付近の住民は大半が市街に残っている。また、防衛上の観点から高層の建物へ集中的に避難させたため、それが裏目に出た。
「ゾンビを先にどうにかすべきなんですが、東地区や西地区も同様の状況で手が足りません。岩の巨人のせいで、思うように身動きがとれませんし」
「今はどういう方針なんですか?」
「岩の巨人は後回しで、ゾンビへの対処を最優先にするという話になってます。どっちにしろ、岩の巨人は私たちの手に負えないんですけど」
「わかりました。だったら、岩の巨人は僕がどうにかします。その隙に住民の避難をお願いします」
「……岩の巨人をですか?」
目の届く範囲だけでも三体の岩の巨人がいる。そのうちの二体はだいぶ距離がある。敵の視界に入らないよう注意しながら、一番近くの一体に接近を試みる。
この手で岩の巨人を残らず始末する。強い決意があっても、特別な策があるわけではない。
ジェネラルがそうしていたように、水路に落下させるのが一番の近道だろう。けれど、南地区の水路までは相当の距離がある。
近くにレイヴン城を取り囲む水堀があるけど、岩の巨人を沈めるだけの水深がない。さらに、市街側の斜面がゆるやかなため、水から上がれば難なくのぼれる。
魔法単独でどうにかならないか考えた。手始めに、〈悪戯〉で強化した魔法をたたき込み、どれほどダメージを受けるか確かめることにした。
距離をとった状態で、背を向けた敵へ『かまいたち』を撃ち放つ。そして、相手が振り返るのを待たずに、次の攻撃準備へ取りかかった。
「おい、よせ!」
近くの路地から制止の声が飛ぶ。確かに、自分の行動――ただの魔法で、正面から岩の巨人に挑むのは無謀きわまりない。その上、使おうとしているのは、最も相性の悪い風の魔法だ。
岩の巨人がこちらに向かって突進を始めた。援護するためか、付近にいた魔導士数人が脇道から姿をのぞかせた。
オーソドックスな『かまいたち』は全長一メートル足らず。太さは人間の腕より細く、そのぐらいなら自分は一秒とかからずに形成できる。
たとえ身がまえていても、人間ならその場でこらえるのが困難なほど威力がある。ふんばれないゾンビなら、五メートルは吹き飛ばすことができる。
けれど、その程度では巨体をようする相手にとっては、蚊にさされたようなもの。体勢をくずすかも疑問だ。
普通の『かまいたち』ではダメだ。十秒近い時間をかけ、〈悪戯〉によって増幅されたエーテルを、ありったけかき集めた。
その結果、全長と太さは自身の体を数段上回った。薄緑色に輝く巨大『かまいたち』を、せまり来る相手目がけて撃ち放つ。
本来なら、『かまいたち』を物ともしない岩の巨人が空中に舞った。どよめきが聞こえたかと思うと、周辺の建物から歓声がわき起こった。
ただ、自分としては落胆する内容だった。敵の巨体を吹き飛ばした上に、見事に転倒させた。
しかし、距離はたかだか五メートル程度。ダメージも見受けられず、渾身の力をこめて、時間かせぎにしかならないようなら、先行きは暗い。
もっと吹き飛ばせる距離をかせげれば、石の壁と衝突させるなり、水路といった場所へ突き落とすなり、選択の幅が生まれる。
他に策はないか。魔法と〈悪戯〉を組み合わせた有効な攻撃手段は――。棒立ちのまま、考えをめぐらせた。
「早く逃げろ!」
顔を上げると、目前にせまった岩の巨人が右腕を振りかぶっていた。とっさに上空へ舞い上がり、間一髪で難をのがれた。
相手の背後へ着地したものの、あっさり発見された。態勢が整わないうちに、追撃がくりだされる。
万事休す――見守っていた人々はそう思ったかもしれない。けれど、空中を舞っている最中、あるアイデアがひらめいた。
『かまいたち』と重力無効化を組み合わせられないか。
空中飛行は、地面に向けた『突風』と重力無効化を組み合わせる。前述の通り、この手法は敵に対して用いれない。自身への反動が大きい上に、相手がすぐに有効範囲からはずれてしまうからだ。
『かまいたち』ならどうなるか。ぶっつけ本番で実行に移した。かがんだ状態で重力を無効化し、立ちはだかる敵を見上げながら、『かまいたち』を放った。
予想以上の結果だった。岩の巨人が空中を回転しながら吹き飛ばされる。先ほどよりも、速くかつ遠くまで飛ばせた。自分も派手に尻もちをついたけど、反動は思ったより小さかった。
次のアイデアは、石の壁に思いきり衝突させ、その衝撃で破壊すること。交差点の角にある頑丈そうな建物に目をつけた。後方へ飛びすさって、近くまで相手を誘導した。
そして、限界まで引きつけてから、『かまいたち』で建物にたたきつけた。目論見通りにいったものの、岩の体が欠けるといったダメージは見られなかった。
(この程度の衝撃じゃダメか……)
起き上がろうとした相手に『豪炎』を放射した。すさまじい火力でも、炎にうかび上がった敵のシルエットは、かまわず動き続けた。
効果がないと見て『電撃』に切りかえた。〈悪戯〉の助けを借りたため、威力だけは絶大。しかし、所詮は付け焼き刃。散漫と広範囲に飛び散り、ねらいも定まらない。
未熟な『電撃』では、動きをにぶらせるのが限度だった。普段はもっぱら風と火の魔法を使う。これは好みでなく、二つの属性が、始めからおどろくほど高いレベルで使いこなせたからだ。
対して、他の三つの属性は、ヒマを見つけてコツコツと練習を重ねたものの、目に見えて上達することはなかった。
破れかぶれとなり、今度は『氷柱』を形成した。巨大ではあったけど、寸胴でいびつなかたちをしている。『氷柱』というより、氷のかたまりという表現が正しい。
連続して形成したそれを、続けざまに敵へたたきつける。自分ですらゾッとするような衝撃音が、何度もひびいた。それでも岩の巨人は沈黙しなかった。
まだ敵を一体もしとめられていない。あまりにふがいない。情けなくてしょうがなかった。
(もっと力が――もっと力がほしい)
切に願った。すると、その思いに呼応するかのように、不吉な黒煙が体内からもれだしていた。




