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真夜中のトリックスター  作者: mysh
転覆の日
166/181

ダイアンの決意(前)

    ◇


 のない感情かんじょうを持てあまし、発作ほっさ的に〈とま〉からび下りた。自分じぶんにも責任せきにん一端いったんがある。たすけをんでいる人たちだけでも、助けなければ。


(ちくしょう……、ちくしょう!)


 むねのうちではきてながら、重力じゅうりょくに身をまかせた。風を全身ぜんしんに受けながら落下らっかする。地面じめん直前ちょくぜんでブレーキをかけて、ふわりと空中くうちゅういっ回転かいてんして群衆ぐんしゅうのまっただなか着地ちゃくちした。


 周囲しゅうい視線しせんを集めながら、状況じょうきょう把握はあくにつとめる。ゾンビらしき足もとがおぼつかないのが数人おり、まわりから距離きょりかれている。


 ゾンビは目についた人を、手当てあたり次第しだいに追いはらおうとする。そのたびに周囲からさけび声が上がり、それが刺激しげきとなって、興奮こうふんをあおり立てるあく循環じゅんかんとなっていた。


「あそこのゾンビをどうにかしてください」


宮殿きゅうでんの中にはもっといるんです」


 ちかくに他の魔導まどう見当みあたらない。自分がとむらうしかない。一番いちばん攻撃こうげき的なゾンビにねらいをさだめた。


「どいてください!」


 射線しゃせん上にいた人たちが両サイドへはけると、『かまいたち』をはなった。数メートルき飛ばされたゾンビは、三度も地面をころがった。


 本来ほんらいなら火の魔法まほうでとどめをさすところ。自分にはそれができる。けれど、あの人はついさっきまで生きていた。その事実じじつが頭をよぎると、途端とたん罪悪ざいあく感につつまれた。


(まだ彼らをすく方法ほうほうがあるかもしれない)


 ふと、そんな考えが胸にばえ、かまえた右手をろした。


巫女みこをさがしだして、もう一度いちど転覆てんぷく魔法まほう』をかけてもらえば、彼らを救えるかもしれない)


 巫女の場所ばしょ見当けんとうもつかない。けれど、一縷いちるのぞみにすがるしかなかった。のこりのゾンビを次々(つぎつぎ)転倒てんとうさせた後、同様どうように大きなさわぎとなっていた東棟ひがしとう方面ほうめんへ移動した。


     ◇


 建物たてものへは入らず、大声おおごえが聞こえる東門ひがしもんのほうへかった。すると、ゾンビから逃げてきた人たちが、そこに殺到さっとうしていた。


 かたくざされた門の前で、守衛しゅえい懸命けんめい制止せいししている。


「外に出してくれ! ゾンビがそこまで来ているんだ!」


「ダメだ! 門は開けられない! 建物に引き返せ!」


「建物はゾンビだらけなんだよ!」


「だったら、ゾンビをはやくどうにかしてくれ!」


 その時、一体いったいのゾンビが群衆の中へつっ込んでいき、人だかりが二つにかれた。あわててそこへかい、ゾンビだけを排除はいじょした。


「ありがとうございます」


 近寄ってきた守衛が感謝かんしゃ言葉ことばをのべた。


「今はどんな状況ですか?」


「ごらんの通り、大量たいりょうのゾンビがあらわれたというか、いっせいにゾンビが始まったんです。それなのに、門が開けられないので、魔導士の方を呼び戻すこともできません」


「他におかしなことは起きてませんか?」


「そうですね。今はいていますが、さっきまで地鳴じなりがひどかったです」


 自分はづかなかったけど、いつの間にか、地鳴りがほとんど聞こえなくなっていた。


 すこはなれた場所ばしょ悲鳴ひめいが上がった。あらたに現れたゾンビの対処たいしょへ向かう。


「ウォルター」


 それを終えた時、ふいに呼びかけられた。


 振り返ると、ダイアンが立っていた。全身から力がぬけていくような安心あんしんを感じた。けれど、あのことが頭をかすめると、反射はんしゃ的に顔をそらした。そして、自分を責めるように声をしぼりだした。


「ダイアン、ごめん……。守れなかった、守れなかったんだ……」


 彼女がゆっくりとあゆみ寄ってきて、両手でソっと僕の手をにぎった。


 顔を見ることができない。約束やくそくを守れなかった。彼女の大事にしていた生活せいかつを守ることができなかった。


城外じょうがいも通りに人が出てきています! おそらく、同じ状況です! いわ巨人きょじんがうろついている分、外のほうが断然だんぜん危険きけんです!」


 城壁じょうへきの上にいた守衛が大声で言った。


「今のを聞いただろ。外は岩の巨人だらけだ。まだゾンビのほうがマシだ」


「俺たちもいずれゾンビになるんじゃ……」


 守衛がおどすように言うと、群衆は口をつぐんだ。


 そうだった。今はゾンビよりも岩の巨人をさきにどうにかしなければ。


「行かなきゃ……。助けに行かなきゃ」


 そうダイアンに言い残して、数メートルすすんでから一気いっきに飛び上がり、城壁を越えて市街しがいへ向かった。


     ◆


 ウォルターが飛びるまで、ダイアンは顔を上げられなかった。なぐさめの言葉をかけなければ。その思いはあっても、相手の目を見れば、心をかきみだされそうだった。


 彼女には能力のうりょくが一つある。名前なまえ〈読心〉(マインドリーディング)。彼女が手元てもとに残したささやかな能力だ。発動はつどう条件じょうけんは相手の目を見るだけでよく、許可きょか必要ひつようない。


 それが自身(じしん)選択せんたくとわかっていても、この能力を残した経緯けいいあきらかでない。『転覆てんぷく』前の記憶きおく大半たいはんが残っているものの、『誓約せいやく』によって肝心かんじんな部分が欠落けつらくしていた。


 特に、『最初さいしょ五人ごにん』がふかかかわる『転覆』直前にかんしては、ぬけ落ちた記憶のピースがあまりにおおい。


 〈読心〉(マインドリーディング)は身を守るのに役立やくだった。さいわいにも、一度も現れることはなかったが、心を読むことによって、自身の命をねらう敵を見ぬくことができる。それは安心感をもたらした。


 『誓約』の影響えいきょうで、出会であった直後ちょくごはウォルターに能力がつうじなかった。けれど、同意どういを得てからは心を読めた。おかげで、すぐにうたがいはれ、突然とつぜん部屋へや出現しゅつげんした相手にも、心をゆるすことができた。


 とはいえ、心を読めるのはおそろしいことだ。知りたくもない相手の気持ちも知ってしまう。そのため、彼女はウォルターと背中せなか合わせで話すことが多かった。


 『巫女』と呼ばれていた時代じだいは、片膝かたひざをつかせ、顔をせた状態じょうたい家来けらいに話をさせた。『巫女は心を見透みすかせる』という話が常識じょうしきとしてひろまっていた。


 『転覆』後、彼女は身をかくつづけた。確実かくじつなことは言えないが、それが自分で自分にした役目やくめであり、『転覆』前の自分からのメッセージだと判断はんだんした。


 能力をうしなった今の自分では、周囲に迷惑めいわくをかけるだけ。その思いがあり、名乗なのり出ることは考えなかった。しかし、彼女を長年ながねんしばり続けた考えを、ついにあらためる日がおとずれた。


「私も――戦わないと」


 自身を勇気ゆうきづけるようにつぶやいた。ダイアンはおもて舞台ぶたいに立つ決心けっしんをかためた。

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