巫女への執着(後)
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トランスポーターは本来の役割を果たすことに決めた。ひそかに周辺へ視線を送り、〈転送〉のためのマーキングを始める。
内心では後悔していた。昔から、できるかぎり戦闘をさけ、それに追いつめられた時点で負けとさえ思っていた。
「話が通じる男と勘違いしてもらっては困る。目的のためなら、手段を選ぶつもりはない。本望ではないけど、あの岩のかたまりと手を結んででも、この手で障害を取りのぞかせてもらう。
ただ、君をどうこうしようという気はさらさらないよ。ジャマをするというなら、たとえかつての仲間だとしても容赦しないけどね」
鉄製の火かき棒――腕と同程度の長さのそれが、路地のほうからフワフワと上昇してきて、トランスポーターのそばをただよい始めた。
「この能力は〈念動力〉。この火かき棒はさっきそこで拾った」
トランスポーターが最も警戒しているのは〈悪戯〉による能力無効化であり、〈転送〉を封じられることだ。
幸いにも、彼がいる建物は屋根に傾斜があり、平らな面が片足を置ける程度しかない。一つしかない煙突も彼が占拠しているため、接近の危険は少ない。
(まずは、これで能力の有効範囲を確認するか)
右手の先にただよう火かき棒を、投げつけるように操作した。それが回転しながら、ウォルター目がけて飛んで行く。どの程度の距離で操作不能になるかで、有効範囲を見きわめるつもりだ。
しかし、ウォルターは予想外の行動に出た。空高く舞ったかと思うと、さっそうと反対側の建物へ飛び移り、すかさず『かまいたち』で攻撃してきた。
意表をつかれ、トランスポーターは〈転送〉を使うヒマさえなかった。〈一極集中〉で頭上へ飛び上がり、着地前に別の建物へ移動した。
「それが噂の魔法か。話に聞いていた以上だよ」
〈外の世界〉で魔法を使う人間は辺境伯ぐらいしかいない。ただ、〈侵入者〉から話を聞かされていたので、知識はそれなりにあった。
(十メートルもあれば、安全圏ってところか……)
能力を無効化させなかったことから、先ほどまでの位置関係は、有効範囲の外であると仮定した。
ウォルターは休むヒマを与えない。三発の『かまいたち』をたて続けに放った後、相手のいる建物へ飛び移った。
〈転送〉には時間を要する。攻撃をたたみかければ、移動先をしぼり込めることを、彼はサイコとの戦いで知った。
トランスポーターの姿が消えた。その姿を近くの建物にあっさり発見するやいなや、すかさず追撃を行う。そして、そっぽを向いていたのも見逃さなかった。
再び姿が消えたのと同時に、目星をつけた建物へ先回りした。けれど、敵はそこに現れず、ほどなく見当違いの方向から声が上がった。
「こっちだよ」
トランスポーターは先ほどまでいた煙突の上にいた。わざと別方向を凝視することで、ウォルターの誤認を誘った。
間髪入れずに、『かまいたち』を撃ち放つと、相手は数十メートル離れた建物へ移動した。予備動作がないわりに、遠くへ移動しすぎていると、ウォルターはあやしんだ。
〈転送〉を自身に適用する場合、二通りの発動方法がある。移動先を一定時間凝視し続ける方法と、事前に登録した座標への移動だ。どちらにせよ、距離に応じた時間がかかるのは変わらない。
しかし、前もって登録した座標への移動は、凝視の手間がはぶけることに加え、移動先の先読みができる。先読み終了後なら、タイムロスなく移動できる。
ただし、保存できる座標は三つまでで、二ヶ所を同時に先読みできないなど柔軟性はとぼしい。三択の移動先を的中されたら一巻の終わりだ。
「さっきもそこへ移動しただろ」
「そうだったっけ?」
トランスポーターはとぼけた様子で答えた。相手の接近を許したが最後。余裕を見せながらも、綱渡りの状況にあるのを自覚している。
ウォルターにしても、有効範囲におさめて、能力無効化を展開すれば敵の足を止められるが、建物間の移動に〈悪戯〉の手助けが必要なため、話はそう簡単ではない。
トランスポーターは相手の目を盗んでは、登録座標の書きかえを小まめに進めた。自身の能力だけあって、欠点を知りつくし、サイコよりも数段使いこなしている。
しばらくの間、イタチごっこがくり返された。ウォルターは相手の動作から移動場所を推測したが、ミスリードさせるものが多く不調に終わった。
「そっちは逃げ回るだけか」
挑発するだけで、攻撃らしい攻撃をしかけてこない。ウォルターはイラだちとあせりをつのらせた。
「実を言うと、僕に課せられた役目は君の足止めなんだ。君を倒そうだとか、手傷を負わせようとか、これっぽっちも思っていない」
思いも寄らなかった内容に、ウォルターが口元をゆがめた。手をこまねいていると、遠くで歓声のようなどよめきが起こった。それには怒号や悲鳴もまじっていた。
そちらの方向へ二人して目を向けると、大通りにゴーレムが姿を現した。
まだ一体を取り逃がしただけでは――ウォルターの願望はすぐに打ちくだかれた。一体、また一体と遠目に発見し、さらに、付近からも地響きのような足音が聞こえてきた。
「どうやら、事態が動きだしたようだね」
満足げに言った相手を、ウォルターがキッとにらみつける。
「あのゴーレム、僕なら止められるよ? それでもなお、君はあの女のナイトを気どり続けるのかい? 国の一大事にも関わらず、コソコソと隠れ続ける薄情者のために、どれだけの命を犠牲にするんだ」
「何度も言わせるな! お前とは手を組まない!」
トランスポーターはうんざりしたように肩をすくめた。
「さっきも言ったように、僕の目的は君の足止めだ。結局のところ、逃げることしかしない。だから、仲間のところへ加勢しに行ってもいいよ。ただ、背中には十分に注意をはらったほうがいい」
後回しにされかねないことを見越して、先手を打った。心理的なかけ引きでも、トランスポーターが一枚上手だ。
目の前の敵を野放しにはできない。だが、打開策を見つけられないまま、いたずらに時間を浪費するわけにもいかない。その板ばさみによって、ウォルターの表情が苦渋に満ちた。




