伝承の矛盾(後)
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「前もって確認しておきたい。僕ら『最初の五人』とあの女――『転覆の巫女』が、停戦のために『誓約』を結んだ話は聞いたことあるかい?」
「ある」
知ってはいても、認めたくはない。それを認めることは、これまでの自分の人生を否定するようなものだ。
「僕らはそれにより、『誓約』のメンバーに関する記憶を残らず失い、おたがいの能力が通用しなくなった」
自分に記憶を失った感覚は一切ない。ただ、声を大にして『誓約』の話を否定できないのは、敵の能力が自身に通用しないという、厳然たる事実が存在しているからだ。
「伝承によれば、『誓約』の内容は他にもある。それはあの女が一つのささやかなものをのぞく、ほぼ全ての能力を失ったというものだ。
まあ、あの女の居場所がわからないかぎり、これは確認のしようがない。ただ、姿を見せないところを見ると、真実ではないかと思う」
初めて聞く話だ。能力を失ったことが身を隠している理由なら納得がいく。
「ちなみに、あの女はまだ生きているよ。『誓約』はローメーカーの〈立法〉によって行われたけど、記憶が消去された関係で、今現在、内容は確認できない。
ただし、『誓約』の解除に同意、もしくは死亡した人物の名前なら表示される。ローメーカーによれば、現段階はどちらの状態にもない」
だから、どこにいるかもわからない巫女を、しつこくさがし続けているのか。
◇
「伝承に残された『誓約』の話には矛盾点が二つあるんだ。一つ目は『誓約』の参加者でもないのに、僕らに能力が通用しなくなっている人間の存在だ。
例えば、〈不可視〉の能力を持つ男は、『最初の五人』でも、あの女でもないのに、僕らに能力が通用しない。反対に、僕らの能力は彼に通用するんだ。それが、彼から借り受けた能力であってもだ」
「何がどう矛盾しているんだ?」
「〈立法〉には制限がある。一つは条文の内容を対象者が実行できること。もう一つは条文の内容が対象者にとって常に平等であることだ」
そんな制限があるのか。つまり、誰かを命令に従わせる能力ではなく、公平な法律をつくるものってことか。そして、それには法の下の平等が存在しなければならない。
「例をあげよう。僕らは仲間内で『盟約』を締結し、能力を共有している。メンバー全員が能力者であり、個々が能力を提供しているのだから、これはイーブンだ。
『盟約』にはもう一つ条項がある。『盟約のメンバーを手にかけた者は死ぬ』。物騒な内容だけど、これもイーブンだ。命を奪ったものが命を奪われるのだからね。仮にこれが、『約束をやぶったら』とか、『遅刻したら』とかだったりしたら、不成立になっていただろう」
つまり、メンバーでない者にまで効力がおよぶのはおかしいという話か。確かに、それは平等ではない。
「もう一つの矛盾も同じような話さ。さっきの『誓約』の話を思いだしてほしい。あの女はほぼ全ての能力を失ったと伝承にある。だけど、僕ら『最初の五人』は誰も能力を失っていない。これは道理に合わない。この場合、〈立法〉は不成立だ」
「……伝承自体がまちがっているんじゃないのか?」
言わんとすることはわかった。ただ、伝承がまちがっているとすれば、解決する話だ。巫女が能力を失った話だって確定したわけではない。
「その結論ではつまらない。筋の通った答えを持っているから、とりあえず、聞いてくれないか。
もしあの女が『誓約』で能力を失ったのなら、同じく能力を失った同等の存在がいなければならない。しかし、『誓約』の人数は断定されていないものの、伝承には六人の名前しか見えない。
また話が戻るよ。解除への同意、あるいは当人の死亡で、名前が表示される話をしただろ。実は、すでに一人だけ『誓約』の解除に同意しているやつがいる」
トランスポーターはもったいぶるように、ひと呼吸置いた。
「名前はマリシャス。伝承に名前のないそいつが、いつの間にか、僕らの『誓約』にちゃっかり加わり、いち早く解除に同意している」
新事実をまくし立てられ、ただでさえ頭が混乱していたのに、新たな登場人物まで現れた。第一、スゴい名前だな。悪意とか、そんな感じの意味だっけ。
「ここからは僕の憶測だ。あの女とマリシャスが『誓約』によって能力を失った。二つの存在は同格であり、能力が釣り合っていた。僕らが能力喪失の対象とならなかったのは、能力的に見劣りするからだろう。
なぜマリシャスの名前が伝承にないのか。まっ先に思いつくのが、伝承を残したのがそいつで、自分の名前を隠したかったってところかな」
「それで何が言いたいんだ」
「それなら、本題に入らせてもらうよ。個人的な話になるけど、僕は『誓約』の解除がしたい。しかし、それには全員の同意が必要な上に、大きな障害がある。それはあの女とマリシャスという計り知れない二つの存在だ。仮に『誓約』を解除すれば、能力を失った両者が、それを取り戻すことになる。
下手すれば、おぞましい怪物の復活という事態になりかねない。これではうかつに手を出せない。ただ、幸運にも障害を取りはらう手段はある。能力を失った状態の今なら、二つの存在の抹殺だってわけない」
トランスポーターが真剣なまなざしを向けて言った。
「つまり、それを成しとげるために君の手を借りたい。さらにふみ込めば、それまでの共闘と、目的を果たした後に『誓約』を解除する約束を、〈立法〉によってかわしたい」




