頂上決戦(中)
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普段なら多くの人出でにぎわう中央広場も、今はゴーストタウンのように人っ子一人いない。レイヴンズヒルのランドマークたる記念碑をはさみ、円形のフィールドで両雄が対峙した。
『もしお前に勝ったら、俺をジェネラルにって話がどうしても出てくるだろ。俺は大自然の中で、ゾンビとたわむれているほうが性に合っているんだよ』
ジェネラルとの試合を拒み続けた辺境伯が、かつて口にした言いわけだ。これを逃げ口上と断ぜられたら、どれだけ気が楽だったろうか。
一度はついえた夢だった。自身を超越しているかもしれない男との直接対決――夢にまで見た頂上決戦が、とうとう現実のものとなった。
ジェネラルの体はふるえていた。それは怒りでなく、喜びによってだ。部隊の仲間たちが、今もなお命がけで戦っている。一刻も早く、この勝負を片づけなければならない。
それにも関わらず、胸をおどらせている自分に気がついた。我を忘れるほどの戦いへの渇望――勝利への欲求が、これほどまでに自身のうちに眠っていたとは――。
ジェネラルは自身にあきれながらも、思わず笑みをこぼした。
「ずいぶん、うれしそうじゃないか」
ジェネラルは胸のうちを見すかされ、気を引きしめ直した。断じて敗北は許されない。かつての仲間を悔い改めさせるには勝利しかない。そう肝に命じた。
「言い忘れていたが、俺が勝ったら『根源の指輪』をもらい受けるぞ」
「念のため、『根源の指輪』を欲する理由を聞いておこうか」
「この国を夢から目覚めさせるため」
「笑わせるな。ライオネル、目を覚ますのはお前のほうだ!」
ジェネラルが語気を強めて言い放った。
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魔法の試合を模した頂上決戦が、今始まりを告げた。先手を奪ったのはジェネラルだ。
『吹雪』がまたたく間に巻き起こった。それは相手の魔法発動を抑制することに加え、攻撃も相殺することができる。言わば、うすいシールドの役割を果たす。
無論、自身の魔法も影響を受けるが、払わなければならない代償だ。攻撃スピードが速い『電撃』は、発動されてから対処していては手遅れとなる。
辺境伯の得意戦法は速攻に次ぐ速攻。相手に反撃の隙すら与えないのが持ち味だ。一瞬の油断が命取りになることを、ジェネラルは痛いほど知っていた。
『電撃』の攻撃力は『氷柱』と同等。しかも、発現には『氷柱』ほど時間はかからず、スピードも段違い。氷の魔法は攻撃面で圧倒的におとっている。
反面、防御面では分がある。『電撃』では氷の『防壁』をやぶることはできないし、『氷柱』を完全に防ぐことも難しい。
ジェネラルは小さな『氷柱』で牽制しながら、自身の前方へ『防壁』を築き上げていく。正面きっての攻撃の応酬では勝ち目がない。
ただ、『吹雪』と『氷柱』を併行して発動しているため、形成速度はゆるやかだ。牽制として放った『氷柱』も、『電撃』でたやすく崩壊させられていく。
辺境伯が天才的に長けているのは、魔法発動を阻害する技術。相手の魔法へピンポイントに同等のものをぶつけ、異なる属性同士で相殺させる。
それは相手が魔法を発動できないと錯覚するほどで、辺境伯はエーテルの流れを読め、それをあやつることができると、まことしやかに噂された。
その先読みはまるで予知に等しく、動物的な卓越した嗅覚がなせる業だった。
彼は一度伝説を作った。それはジェネラルを凌駕すると評判が立つキッカケとなった試合。序列つきの実力者を相手にしながら、彼はただの一度も魔法らしい魔法を発動させずに勝利したのだ。
『吹雪』と『氷柱』の片手間とはいえ、『防壁』の形成がなかなか進まない。あまりに時間がかかりすぎていた。相手の魔法が干渉しているとしても、常識をはるかに超えている。
通常、魔法発動は手元に近ければ近いほど有利だ。その距離の差をくつがえすほど実力に開きがあると、ジェネラルは認めたくなかった。
『防壁』の形成にかまけるジェネラルを見て、辺境伯は一気に距離をつめた。そして、まだ窓ガラスほどの厚さの『防壁』を、あろうことかコブシで打ち割った。
予想外の行動に意表をつかれ、ジェネラルは棒立ちとなった。最初にのびてきた右腕は振りはらえた。しかし、すかさず懐にもぐり込んできた相手に対応できず、あざやかに背負い投げをされた。
ジェネラルは地面をころがる勢いで起き上がり、『水竜』を放って相手との間合いをとった。辺境伯は追撃を行わず、落胆した様子で相手を見すえた。
「ジェネラル。お前、勘違いしているんじゃないか。能力は使わないと言ったが、魔法しか使わないとは一言も言っていないぞ」
認めざるを得なかった。長年試合というぬるま湯につかった結果、戦い方が体にこびりついていた。
「これは試合ごっこじゃない。引き分けも場外負けもない、本気の戦いだ」
〈外の世界〉において、辺境伯は生死をかけた戦場に身を置き続けた。ジェネラルですら萎縮するほどの、血に飢えた戦士の目をしていた。
「お前も思い違いするな。おどせば、俺がおじ気づくとでも思ったか」
ふとジェネラルは思いだす。この国が『転覆』する前――人狼族との大戦争の最中には、自分もこんな目をしていたと。




