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真夜中のトリックスター  作者: mysh
転覆の日
150/181

ケイトの過去と今

    ◆


 戦闘せんとうが始まりをげたころ、パトリックはレイヴン城の宮殿きゅうでんにいた。議場ぎじょう前の廊下ろうかで、評議ひょうぎ会の開始かいしを待っていた。


 臨時りんじの評議会は戦況せんきょうおうじた迅速じんそく判断はんだんを行うため、前日ぜんじつ実施じっし決定けっていした。しかし、予定よてい時刻じこくぎても、それは始まらなかった。


 せわしない様子ようすで廊下にあらわれた役人やくにんに、パトリックはもの言いたげに視線しせんを送った。さきほどは「まだ全員ぜんいんそろっていません」とだけ告げられた。


「まだクラークきょう到着とうちゃくされていません。ひがし地区ちくのほうで、避難ひなんさきをめぐって住民じゅうみん同士(どうし)のもめごとが起こっているようで。開会かいかいはもうすこおくれそうです」


「……全員そろうことが、それほど重要じゅうようなことでしょうか」


 パトリックは顔をそらしてボソッと言った。


もうしわけありません。評議会の原則げんそくですから」


 今は国家こっか存亡そんぼう左右さゆうする事態じたい。それにもかかわらず、体裁ていさいにこだわる。これ以上(いじょう)のきわみがあるだろうか。パトリックはむねのうちでためいきをついた。


 そんな時、ひかえの――議員ぎいん従者じゅうしゃ待機たいきする部屋へやの一つから、〈資料しりょうしつ〉のケイトがおずおずと出てきた。パトリックと目が合うと、彼女は気まずそうに顔をふせた。


 パトリックはバンクス卿――ケイトの父親ちちおや親交しんこうがあり、十年以上前から彼女とかお見知みしりだ。ただ、ここにいる理由は見当けんとうもつかなかった。


 バンクス卿は〈火の家系(ボンファイア)指折ゆびおりの実力じつりょく者で、元老院げんろういん議員の常連じょうれんだが、現在げんざいはその地位ちいにない。そのため、父親のれそいで来ているとは考えにくい。


 ユニバーシティのメンバーは大半たいはん戦場せんじょうに出ている。ひとにぎりの魔導まどうが〈とま〉の警備けいびたっているが、彼女がそれに抜擢ばってきされる実力のぬしとは思えなかった。


むかし優秀ゆうしゅうな魔導士だったんだ』


 以前(いぜん)、バンクス卿がグチっぽくもらした話が、ふとパトリックの頭によみがえった。


     ◆


 この国が『転覆てんぷく』する前、ケイトはジェネラルや辺境伯マーグレイヴに負けずおとらずの魔導士だった。すくなくとも、本人ほんにんはもちろん、彼女を知る者全員がそう認識にんしきしていた。


 その認識は『転覆』後も同様どうようだったが、いつの間にか、ヒドくあやふやなものに変化へんかしていた。なお悪いことに、ケイトは記憶きおく一緒いっしょに、魔法まほう使つかかたわすれてしまった。


 たかい地位にあった彼女の評価ひょうかは、またたくきゅう降下こうかした。いつしか、バンクス卿の口利くちききで不正ふせいに地位を得たとまで、陰口かげぐちをたたかれるようになった。


 彼女はうしゆびをさされながら役職やくしょくを追われ、閑職かんしょくいた。新しい部署ぶしょ――〈資料室〉はっていたが、周囲しゅういからの過大かだい期待きたい失望しつぼうあらしに押しつぶされ、心はふさぎがちになった。


 他人たにんとのコミュニケーションが下手へたで、以前から挙動きょどう不審ふしんなところがあった。けれど、現在のようにムダに前髪まえがみをたくわえておらず、人の顔を見て話すこともできていた。


 もはや、魔法の実力はユニバーシティのレベルにたっしていなかったが、彼女はそれに加盟かめいすることになる。それは父親の意向いこうだった。過去かこ栄光えいこうにすがる思いがつよかったからだ。


「アカデミーに活躍かつやくの場はないかと思いまして」


 パトリックは一度いちど、ケイト本人から相談そうだんを受けたことがあった。


じつはゾンビがちょっと苦手にがてで……」


 彼女はそんな理由をあげたが、話はウヤムヤに終わった。


 後日ごじつ、なぜか父親が直々(じきじき)ことわりを入れに来た。しかも、〈催眠術ヒプノシス〉でゾンビ嫌いを克服こくふくできないか持ちかけられ、実際じっさい、彼女に何度かそれを実行じっこうした。


     ◆


 今日きょう、ケイトをここへ連れて来たのも父親のバンクス卿だ。愛娘まなむすめ安全あんぜん場所ばしょいておきたいという、ごくありふれた動機どうきだった。


『ゾンビにすらおびえるお前が、いわ巨人きょじんと戦えるわけがない。いいから、この部屋でおとなしくしていろ。戦場に出ても足手あしでまといになるだけだ。誰もお前を非難ひなんしたりしない』


『だったら、ロクに魔法が使えなくなった私を、なぜユニバーシティに入れたんですか? どうしてめたいと言った時に、辞めさせてくれなかったんですか? お父さんが家の体面たいめんを気にしなかったら、私……』


 自分じぶんの娘を守りたい、戦場へ送りだしたくない。そんな父親の思いを、ケイトは理解りかいしていた。


 しかし、父親はユニバーシティ加盟を強要きょうようしたちょう本人ほんにんだ。その一員いちいんでなければ、そもそも戦場に出る必要ひつようはなく、彼女の心がかきみだされることもなかった。


『この非常ひじょうにくだらないことを』


『この部屋へじ込めようとしているのもそうです。私が戦いもせず城にこもっていたら、バンクス家の面目めんぼくは丸つぶれですもんね」


 バンクス卿はいかりにまかせて、ケイトを室内しつないけて突きばした。


『ツベコベ言わずに、この部屋にいろ。いいな、この部屋を絶対ぜったいに出るんじゃないぞ!』


    ◆


 ケイトはここにいる経緯けいいを、のこらずパトリックにけた。


「あなたはどうしたいのですか?」


「もちろん、戦うのはこわいです。でも、みんな戦っているんです。もし他のみんなもチーフのように死んでしまったら……。そう考えたら、ここで何もせずにジッとしていることが怖くてしょうがないんです」


 戦死せんししたネイサンの思いを受けついだウォルターやスコットだけではない。ふく室長しつちょうのマリオンやおおくの友達ともだち、知り合いが戦場に出ている。


 それなのに、自分だけが安全あんぜん地帯ちたいでヌクヌクとしている。それがなによりゆるせなかった。


「たとえ生き残れたとしても、私、きっと後悔こうかいします。おかしいですよね。こんな時でも自分のことばかり考えてる。そんな自分もいやになります」


「身もフタもないことを言いますが、あなたの力があるなしでは大勢たいせい影響えいきょうはありません。足手まといになるという話も事実じじつでしょう。現在の情勢じょうせいは、あなたが思っている以上に深刻しんこくです」


 何も言い返せないことに、ケイトはくやしさをおぼえた。


「私もあなたと同じ臆病おくびょうものです。あなたの先輩せんぱいと言ってもいいかもしれません」


 パトリックがみょうなことを話しだしたので、ケイトはキョトンとした顔つきをした。


「私は五年前の事件じけんふか関与かんよしています。あのだい惨事さんじ未然みぜん防止ぼうしできる立場たちばにありました。しかし、自己じこ保身ほしんのために口をつぐみました。あの時、自分の意見いけんとおしていれば、犠牲ぎせい者を出さずにんだのではないか。いまだにそんな悔恨かいこんの情にさいなまれています」


学長がくちょう。クラーク卿がお見えになりました。まもなく開会いたします」


 先ほどの役人が廊下の先からびかけてきた。


「私もこれから戦ってきます。後悔しないために、今回こんかい信念しんねんをつらぬくつもりです。なので、あなたの行動こうどうをとどめるつもりは毛頭もうとうありません。むしろ、積極せっきょく的に応援おうえんしたいぐらいです」


 予想よそう外の言葉ことばを投げかけられ、ケイトは返す言葉が見つからない。


「岩の巨人が怖くなくなる『暗示あんじ』をおかけしましょうか?」


「いえ……、だい丈夫じょうぶです」


 ケイトは微笑びしょうをうかべ、軽く頭を下げてから、廊下を走りった。それを見送みおくったパトリックが、しん呼吸こきゅうをしてから議場へ足を向けた。


 パトリックは常々(つねづね)痛感つうかんしていた。この国の人間にんげん宿やどる『巫女みこ』という存在そんざいの大きさを。すべての記憶をうしなってもなお、本能ほんのう的に畏敬いけいねんをいだき、神聖しんせいな存在としてあがめている。


 パトリックの戦い――それは『巫女』という呪縛じゅばくからこの国を解放かいほうすること。初めて元老院に対し、公然こうぜんをとなえる。


 いや、異をとなえるといったなまやさしいものでなく、要求ようきゅうをつきつけると言ったほうがただしいかもしれない。


 パトリックは不退転ふたいてん決意けついをもって評議会にのぞむ。現在の地位をかなぐりててでも、とことんとお覚悟かくごだ。


 要求をとおすためには大門おおもん突破とっぱされたほうが都合つごうがいい。非情ひじょうな考えが頭にうずいても、それを振りはらうことすらしなかった。

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