デリックの蜂起(後)
◇
翌朝、鎮圧部隊が本拠地とする屋敷に案内され、そこのテラスで戦況の報告が行われた。
ふとテラスからの眺めに目を奪われた。サウスポートは入り江周辺のせまい土地に建物が密集し、繁栄ぶりはレイヴンズヒルに引けを取らない。
海を目にしたのは異世界に来てから初めて。大量の船がならぶ光景は壮観だった。けれど、いつまでも見とれているわけにはいかない。
ピリピリとした空気の中、気を引きしめて耳をかたむける。説明は部隊の総指揮を務めるジャックが直々に行った。
「あの小高い丘の上に見えるのが、賊軍が占拠しているクリフォード卿の屋敷です」
丘は海からやや離れた場所にあり、上にこんもりと森をたくわえている。傾斜があるため、建物はほとんど見られない。特に北側は崖になっていて、ねずみ色の岩肌がむきだしだ。
よく考えると、こんな人の多い街で反乱が起こるなんて、とんでもない事態だ。しかも、敵は街のど真ん中に陣取っている。
「敵の数はどれくらいですか?」
「それほど多くありません。三十人以上、五十人未満といったところでしょうか」
「こちらの戦力は?」
「数の上では圧倒していますが、未熟な下士官が大多数をしめ、大きなことは言えない状況です」
パトリックに続き、クレアがこう質問した。
「敵は元水夫が中心だって話だけど、魔導士はいないの?」
「貴族が若干名見受けられるものの、魔法を使う者は確認されていません。マスケット銃や短剣を武器にしている者がほとんどです」
デリック・ソーンの部屋で大量のマスケット銃を発見したのを思いだす。やはり、反乱のために準備されたものだったのか。
「率直に言うと、手玉に取られています。敵方はまさに神出鬼没で、突如後方に出現した敵から、はさみ撃ちにあって、毎回部隊が瓦解しています。
たった三度の小競り合いで、すでに三名の死者と、三十名以上の負傷者を出してしまい、面目次第もありません」
ジャックは頭を下げ、悔しさをにじませた。パトリックは何か考え込んでいる。神出鬼没という話を聞いて、自分もあることがひらめいた。
「我々の作戦が筒ぬけになっている気がしてなりません。敵は我々の攻撃地点を正確に把握し、重点的に兵士を配置しています。その上、的確に奇襲をしかけてくるのですから、二回目の攻撃後、内通者の存在を疑う声が上がりました。
二日前に敢行した夜間の奇襲作戦も、直前まで作戦内容を伏せていたにも関わらず、結局は万全の態勢で迎え撃たれました」
「〈転送〉を使っているんじゃないですか?」
たまらず、話が終わる前に隣りのパトリックに耳打ちした。
「おそらく」
パトリックが小声で応じた。敵方に女がいるのも、戦闘に協力しているのもまちがいない。気がかりは内通者の存在だ。
単純に敵の協力者がいるのかもしれないけど、もし味方になりすました敵がまぎれていたら、あいつ――ギルも敵方に加わっていることになる。
いや、待てよ。女は〈不可視〉を使えるから、奇襲のみならず情報収集もやりたい放題か。今は僕らがいるから無理でも、この会話をそばで聞き耳を立てることだってわけない。
「彼らの目的は何でしょうか。何か、要求みたいたものは?」
「それがわかりません。屋敷の死守に血道をあげるばかりで。あそこを打って出て、我々に攻撃をしかけるでもなく、逃亡をはかろうとする様子もありません」
「ゾンビのような敵が現れたことは?」
「ゾンビですか……? いえ、そういったものは」
「わかりました。おそらく、我々が追っていた能力者が敵方にいます。いたずらに不安をあおるため、これまで機密にされてきました。結果的にそれが、みなさんに苦難を強いることになり、まことに申しわけありません」
それから、パトリックが女の能力について説明した。能力の詳細はクレアですら聞かされていなかったようで、ほとんどの人間が息をつめながら、耳をかたむけていた。
瞬間移動・遠隔操作・透明化・怪力・遠隔透視。列挙すると、全知全能の神かと思えてくる。この五つ以外に、あと二つ存在するのだから末恐ろしい。
「普通なら手に負えないと思うかもしれませんが、幸運にも、それらの能力は私とここにいるウォルターには通用しません。きっと事態は打開できます。みなさん、希望を持って事に当たりましょう」
もうあの女は恐れるに足らない――とまでは言いきれないけど、先日とっておきの秘策を編みだした。それはパトリックの協力で実証済み。ゾンビをあやつる男がそれに気づかせてくれた。
◇
ひと通り報告が終わり、休憩に入った。コートニーとスージーは別室で待機中だけど、ロイはパトリックの従者をよそおい、一緒に報告を聞いていた。
「学長、〈転送〉は移動先を気軽に決められるものなんですか?」
ロイが質問した。自身が移動する場合は、その地点を見つめるという話だったけど、他人の場合はどうなのだろう。
「〈侵入者〉の証言によれば、さじ加減が難しいらしく、トランスポーターは毎回同じ場所に『転送』させていたそうです。地中にめり込んだりはしないそうですが、空中に『転送』すると、落下の危険があるというのが理由です」
「それなら、丘の上から街をながめながら、あの辺りに送ろうだとか、適当なやり方はできないということですね?」
「まあ、おそらくは……」
「元の場所に戻すことは?」
「戻せるのは一人だけです」
「そうなると、敵の能力者は奇襲のために送り込んだ仲間を、回収に来ているかもしれませんね」
「おお、そうですね」
ロイの推理に感嘆の声を上げた。〈不可視〉の能力を使えば、鼻歌まじりに仲間を回収できるけど、そこまで行くための手間がかかるわけか。
「奇策を思いついたが、それには君の決死の覚悟が必要となる」
「回収に来たところをたたくんですか?」
「いや、それは確実性が低い。敵もバカじゃないし、逃げられたら元も子もない。その役目は学長でもできるしな」
嫌な予感がしたものの、とりあえず、聞こうと思った。
「君が敵陣――つまり、丘の上の屋敷へ突入する。目には目を、奇襲には奇襲をだ」
空を飛んでいくということか。確かにできる。屋敷へ行くだけならわけもない。でも、銃で武装した敵が大量にいるところへ突っ込む……?
「マスケット銃は弾丸をこめるのに時間がかかる。連射性能はゼロ。接近戦では役立たず、逆にボロを出す。敵も魔法に太刀打ちできないとわかっているからこそ、あんな窮屈な丘の上に立てこもって、出口の見えない抵抗をしているのさ」
これまで通りの戦い方では、いたずらに犠牲者を積み重ねるだけ。どこにいたって敵の弾丸は飛んでくるわけだし、そのぐらいの大胆さと度胸が必要か。
「わかりました。やります」
「そうか、さすが僕の見込んだ男だ。学長に責任は負わせられません。自分の口から提案させてもらえませんか?」




