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真夜中のトリックスター  作者: mysh
メイフィールド
12/181

メイフィールド邸

     ◇


「あれがアシュリーのお屋敷やしきよ」


 ダイアンが左手に見えてきた屋敷を指さす。


 レンガのへい樹木じゅもく目隠めかくしとなり、ここからは青い屋根やねと二階部分の一部いちぶしかうかがえない。かどをまがって、屋敷の正面しょうめん側へ出ると、その全貌ぜんぼうが明らかになった。


 農村のうそん風景ふうけいにとけ込んでいるとはいえ、場違ばちがいに大きな豪邸ごうていだ。反対側のはしが、はっきり確認できない。この地域ちいきおさめる、領主りょうしゅの屋敷というだけのことはある。


 正門せいもんの近くに、馬車ばしゃまっていた。その付近ふきんには、複数ふくすう人影ひとかげがある。


「また来てる」


 それに気づいたダイアンが、不愉快ふゆかいそうにつぶやいた。これまでに一度も見せたことのない表情だった。


 ラフな格好かっこうをした二人組が馬車の手前てまえに立っている。そのわきを通りすぎる時、ダイアンは目も合わせようとしなかった。ただならぬ雰囲気ふんいきさっし、ガラの悪い二人組をチラッと見る。


 一人は長身ちょうしん、もう一人は小太こぶとりで、年齢ねんれいは二十代後半(こうはん)だろうか。二人とも、挑発ちょうはつ的なみをこちらへ投げかけている。両者りょうしゃの間に何かがあったのは、想像そうぞうにかたくない。


 黒光くろびかりする馬車は、屋根ととびら付きの豪勢ごうせいなもの。ちょっとした小屋こやと言っても、言いすぎではない。二頭引きで、御者ぎょしゃらしき人が馬の面倒めんどうを見ていた。


 馬車が目前もくぜんにせまると、一歩いっぽ前を行くダイアンが、意識いしき的に道ばたへ寄った。そして、会釈えしゃくをするように頭を下げた。自分もそれにならった。


 馬車の側面そくめんには紋章もんしょうがえがかれている。幾何学きかがく模様もようのようなシンプルなデザインだ。扉は開けはなたれ、中に人影がある。すれちがいざまに、ソっと中をのぞき込む。


 そこには貴族きぞくらしき中年ちゅうねん男性がすわっていた。眉間みけんに深いシワをきざみ込み、容貌ようぼう風格ふうかくがある。足首あしくびまでのびた黒一色のローブを身にまとい、つばのない四角しかく帽子ぼうしをかぶっている。


 思いがけず、貴族の男と目が合う。するどい眼光がんこうをあびせられ、反射はんしゃ的に視線しせんをそらした。その目には人を萎縮いしゅくさせるスゴみがあった。


 なぜか、ダイアンは正門の前を素通すどおりした。ここが目的地じゃないのか、と不思議ふしぎがっていると、角の手前に、人一人が通るのがやっとの通用つうようもんを発見した。


 ダイアンは誰にもことわりを入れずに、そこから敷地しきち内へ入り、自分も後に続いた。


 すぐそばの出入でいりぐちから、屋敷内へも無断むだんで入る。そこは台所だいどころのようで、人の気配けはいはなく閑散かんさんとしていた。ダイアンは黙々(もくもく)おくへ進んで行く。よそ見していると置いてけぼりにされそうだ。


 台所を出る直前ちょくぜん、彼女がふいに立ち止まった。こちらを振り向き、気まずそうにはにかむ。どうやら、僕の存在そんざいを忘れていたようだ。


 台所をぬけた先の階段かいだんから、二階へ上がる。いくつもの部屋の前を通りすぎたけど、誰とも出会わない。屋敷内は物音ものおと一つせず、まるで廃墟はいきょのようだ。


「ここで待ってて」


 きぬけのおお広間ひろまを通りぬけると、ダイアンはそう言って、すぐ先にある部屋の中へ姿を消した。


「アシュリー」

「ダイアン」


 名前を呼び合う声がかすかに聞こえた。二人は小声こごえ談笑だんしょうしている。ダイアンの声が何とか聞き取れる程度ていどで、相手の声はかぼそい上におさない。


 話し相手は領主のはずだけど、ダイアンのくだけた口調くちょうに変わりはなく、友達と話しているみたいだ。まあ、ダイアンの領主ではないということだろうか。


 きに後ろめたさを感じ、近くの窓から外をながめる。そこからは屋敷の正面側が一望いちぼうでき、なりのキチンとした男性二人が、玄関げんかん先で話し込んでいた。


     ◇


 数分後、話を終えたダイアンが部屋から出てきた。みちを戻って屋敷を出ると、その短い間で、正門前の状況じょうきょう様変さまがわりしていた。


「その言いわけはこの前も聞いた!」


 怒声どせいを上げていたのは、馬車の中にいた貴族の男だ。


 相手は玄関先で話し込んでいた二人のうちの一人。平身へいしん低頭ていとう応対おうたいする彼が、屋敷の関係者なのはうたがいようがない。おそらく、執事しつじ的な存在だろう。


すこし話をするだけだと言っているんだ。その程度のこともできないとは何事なにごとだ。いったい、どんな重病じゅうびょうをわずらっているというんだ!」


 貴族の男の怒りは尋常じんじょうじゃない。執事の男は言い返すことなく、だまって頭を下げ続ける。両者の力関係がまざまざと感じられた。


「メイフィールドきょうはまだ幼少ようしょうの身だ。考えるに、教育きょういくする側の人間が、よほどなっていないのだろうな」


 皮肉ひにくたっぷりに言った貴族の男が、ちょうど通りかかった僕らを振り向いた。


「こいつらとは会うのか」


「あの方々(かたがた)はパンをとどけにいらっしゃっただけで……」


「パン? これだけの屋敷をかまえていながら、パンを焼く人間に事欠ことかいてるのか」


 僕らをダシに罵倒ばとうが行われたので、むねが痛くなった。不愉快な気分きぶんだったけど、他人――ましてや、貴族同士(どうし)対立たいりつに、って入れる身分みぶんではない。


 無力むりょく感につつまれながら、馬車の脇を通りすぎると、さきほどの二人組と出くわした。貴族の男の剣幕けんまくに力をもらったのか、彼らの敵意てきいはいっそう露骨ろこつになっていた。


 ダイアンに向け、からかうように口笛くちぶえをひと吹きする。彼らはここへケンカを売りに来たようだ。僕らは相手にしないでやり過ごした。


 しばらくして、カッ、カッと、かわいたするどい音が背後はいごで鳴りひびいた。何の音かと振り返ると、屋敷の塀に向かって、二人組が笑いながら小石こいしを投げつけていた。


 心のそこから嫌悪けんお感をおぼえた。自分でも、怒りで表情がゆがんでいくのがわかった。ちょうどその時、長身の男がこちらを振り向いた。


 不運ふうんにも目が合った。相手の顔から笑みが消えた。

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