思いがけない対戦相手(中)
◇
話の途中、男がパトリックに目を向けた。〈悪戯〉だけじゃない。〈催眠術〉のことまで知っている。
僕が巫女の打倒に立ち上がった? パトリックや、あのトランスポーターと一緒に?
「おぼえているかい?」
「おぼえていないし、そんなことはありえない」
「どうしてそう断言できる?」
無言をつらぬいた。返答するのもバカらしかった。自分に記憶を失った記憶なんてない。まあ、理屈は通ってないけど、それを証明する手立ては、どう考えたってないじゃないか。
「君ら『最初の五人』は勇敢であり、優秀だった。五人が手と手を取り合って戦った末に、その一人がエックスオアーをあと一歩のところまで追いつめた。それは誰だと思う?」
だいたい予想はついた。男はもったいぶって間を取った。
「君だよ、トリックスター」
仮に自分が記憶を失っているとして、どんな理由があって、巫女の打倒に立ち上がるのだろう。出発点からしておかしい。
「しかし、君は最後の最後でしくじった。その結果、君らとエックスオアーは、停戦のために『誓約』をかわすことになった。それはローメーカーの能力――〈立法〉によって行われた。
内容は『メンバーに関する記憶を世界中の人間から消去する』と、『同意を得ないかぎり、メンバーに対するあらゆる能力は無効化される』の二点だ。どうだい、納得がいったかい?」
これまでの出来事との矛盾はない。筋は通っている。だから、自分にだけはこの男の本当の姿が見えているということか。
ただ、肝心なことがぬけ落ちている。それは僕がこの世界の人間ではないこと。この男にそれを言ってもムダか。
男はなぜこんな話をするんだ。僕よりも僕のことを知っているような口ぶりが、無性に腹立たしかった。
◆
二人はフィールドの中央で話し込んでいる。無論、パトリックは異変に気づいた。しかし、彼らの声はフィールド脇からではよく聞き取れなかった。
パトリックも男の真の姿を見ることができる一人だったが、あいにくトレイシーとは面識がない。着用する制服にも注意をはらわなかった。
「対戦相手の左腕、おかしくありませんか?」
男の左腕は完全に骨がくだけ散っていた。そのため、パトリックの目には、まるで軟体動物のような、奇妙な動きをしているように見えた。
「……そうですか?」
隣りに座るロイに問いかけたが、反応は思わしくない。なぜなら、『扮装』をほどこされた状態では、左肩をわずかに下げている程度にしか見えなかったからだ。
「対戦相手に〈分析〉をしてもらえますか?」
パトリックはあきらめきれず、コートニーに頼み込んだ。
「おかしなところはありませんか?」
コートニーが表情を曇らせた。
「……ありました。『ゾンビ』と表示されています」
返答を聞き届けたパトリックは、近くに座っていたクレアのもとまで向かって、こう耳打ちした。
「対戦相手の様子がおかしいです。すぐに助けに入れるよう準備しておいてください」
◇
「さて、現在の話に移ろう。君は何の目的でこの国にいるんだい?」
「意味がわからない。目的なんてない。ただ、この国にいるだけだ」
「ならば、質問を変えよう。君はこちら側か、それともそちら側か。まわりの連中には秘密にしておいてあげるよ」
「意味がわからないって言ってるだろ」
声量をおさえながらも、言葉にイラ立ちをつめ込めるだけつめた。
「いつまで話し込んでいるんだ! 二人とも失格にするぞ!」
立会人がしびれを切らした。会場が騒然としてきた。
「仕方がない、もう一つの目的を果たすとしよう」
男は不愉快そうに立会人をにらみつけてから、肩をすくめた。
「こう見えても私はフェアな男だ。勘違いしているだろうから、断っておこう。君に語りかけている私が、必ずしも君の目の前にいるとはかぎらない」
またわけのわからないことを言いだした。
「今からそれを証明しよう」
男はそう言って、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「君の視線の先、右手の角にある柱の脇に、若い女がいるだろ。その女はちょうど胸元に手を当てている」
男の肩ごしに視線を送る。その若い女は容易に発見できた。そして、その言葉は本当だった。試合が始まってから、男は一度もそちらの方向を振り向いていない。
「ちなみに、私は自身の目でそれを見ていた。これで信じてもらえたかな?」
目を開けた男が得意げにほくそ笑んだ。
目の前の男はあやつり人形だとでも言うのか。新しい能力を次から次へと目の当たりにし、頭がパンクしそうだ。
たとえそうだとしても、この会場にいるのはまちがいない。いや、あの若い女が男の仲間ということも考えられるか。
「そういうことだから、試合などと言わずに、思う存分戦おうじゃないか」
男の瞳に闘志がともり、残忍な顔つきに変貌した。
「これから始めるのは生ぬるいお遊びではない。本当の殺し合いだ。ああ、そうそう。こいつは壊しちゃってもいいよ」
男がたれ下がった左腕をプラプラと横に振った。
「もう――壊れちゃってるけどね。キヒヒッ」
そして、神経にさわる不快な笑い声を上げた。他人の体を道具のようにあつかい、平然としている人間性。人の尊厳をふみにじる行為に、怒りの感情がうず巻いた。
その思いに呼び覚まされたように、風の魔法が無意識に発動されていた。薄緑に色づいた無数の筋が、『つむじ風』のように周囲をかけめぐりだす。
「その気になってきたようだね。では、見せてもらおうじゃないか。エックスオアーのノド元に、唯一届きうると言われた、君の類まれなる力を」
男が至近距離から『火球』を放った。すかさず迎撃の『突風』を放ってから、横っ飛びで回避した。男が数歩後ずさって距離を取る。
様子見なのか、肩慣らしなのか、男は小型の『炎弾』を連発し始めた。力をおさえた『突風』で対応できる、たわいないレベルのものだ。
男はそれなりに魔法を使いこなせている。ただ、デビッドとくらべれば、技のキレは数段見劣りする。
用心すべきは切り札を持っているかどうか。あの女のように別の能力を持っている可能性は捨てきれない。
あえて敵のまっただ中に飛び込んできたのだから、何らかの成算があるはずだ。いや、安全地帯からあやつっているなら、捕まってもいい捨て駒と見るべきか。
そうすると、この男の目的はなんだ。単に、〈悪戯〉の力を見たいだけなら、試合の場でなくとも、それこそ街中だっていいはずだ。
とにかく、男の思惑にのるのはよそう。試合としてさっさと決着をつけ、みんなの力を借りて取り押さえるのが最善だ。
単調な攻撃の合間を見計らって、渾身の『かまいたち』をお見舞いした。直撃を食らった男が数メートル後方へふっ飛び、地面をころげ回った。
あまりに歯ごたえがないので力がぬけた。反則をおかした気分になり、思わず手を休めて様子を見守った。




