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真夜中のトリックスター  作者: mysh
対抗戦
118/181

思いがけない対戦相手(中)

     ◇


 話の途中とちゅう、男がパトリックに目をけた。〈悪戯〉(トリックスター)だけじゃない。〈催眠術ヒプノシス〉のことまで知っている。


 僕が巫女みこ打倒だとうに立ち上がった? パトリックや、あのトランスポーターと一緒いっしょに?


「おぼえているかい?」


「おぼえていないし、そんなことはありえない」


「どうしてそう断言だんげんできる?」


 無言むごんをつらぬいた。返答へんとうするのもバカらしかった。自分じぶん記憶きおくうしなった記憶なんてない。まあ、理屈りくつとおってないけど、それを証明しょうめいする手立てだては、どう考えたってないじゃないか。


「君ら『最初さいしょ五人ごにん』は勇敢ゆうかんであり、優秀ゆうしゅうだった。五人が手と手を取り合って戦ったすえに、その一人がエックスオアーをあと一歩いっぽのところまで追いつめた。それは誰だと思う?」


 だいたい予想よそうはついた。男はもったいぶってを取った。


「君だよ、トリックスター」


 かりに自分が記憶を失っているとして、どんな理由があって、巫女の打倒に立ち上がるのだろう。出発しゅっぱつ点からしておかしい。


「しかし、君は最後さいごの最後でしくじった。その結果けっか、君らとエックスオアーは、停戦ていせんのために『誓約せいやく』をかわすことになった。それはローメーカーの能力のうりょく――〈立法ローメイク〉によって行われた。

 内容ないようは『メンバーにかんする記憶を世界中の人間にんげんから消去しょうきょする』と、『同意どういを得ないかぎり、メンバーに対するあらゆる能力は無効むこう化される』の二点だ。どうだい、納得なっとくがいったかい?」


 これまでの出来事できごととの矛盾むじゅんはない。すじは通っている。だから、自分にだけはこの男の本当ほんとうの姿が見えているということか。


 ただ、肝心かんじんなことがぬけ落ちている。それは僕がこの世界の人間ではないこと。この男にそれを言ってもムダか。


 男はなぜこんな話をするんだ。僕よりも僕のことを知っているようなくちぶりが、無性むしょう腹立はらだたしかった。


     ◆


 二人はフィールドの中央ちゅうおうで話し込んでいる。無論むろん、パトリックは異変いへんに気づいた。しかし、彼らの声はフィールド(わき)からではよくれなかった。


 パトリックも男のしんの姿を見ることができる一人だったが、あいにくトレイシーとは面識めんしきがない。着用ちゃくようする制服せいふくにも注意ちゅういをはらわなかった。


対戦たいせん相手の左腕、おかしくありませんか?」


 男の左腕は完全かんぜんに骨がくだけっていた。そのため、パトリックの目には、まるで軟体なんたい動物どうぶつのような、奇妙きみょうな動きをしているように見えた。


「……そうですか?」


 となりにすわるロイにいかけたが、反応はんのうおもわしくない。なぜなら、『扮装ふんそう』をほどこされた状態じょうたいでは、左肩をわずかに下げている程度(ていど)にしか見えなかったからだ。


「対戦相手に〈分析〉(アナライズ)をしてもらえますか?」


 パトリックはあきらめきれず、コートニーにたのみ込んだ。


「おかしなところはありませんか?」


 コートニーが表情ひょうじょうくもらせた。


「……ありました。『ゾンビ』と表示ひょうじされています」


 返答を聞きとどけたパトリックは、ちかくに座っていたクレアのもとまで向かって、こう耳打みみうちした。


「対戦相手の様子ようすがおかしいです。すぐにたすけに入れるよう準備じゅんびしておいてください」


     ◇


「さて、現在げんざいの話にうつろう。君は何の目的もくてきでこの国にいるんだい?」


意味いみがわからない。目的なんてない。ただ、この国にいるだけだ」


「ならば、質問しつもんを変えよう。君はこちらがわか、それともそちら側か。まわりの連中れんちゅうには秘密ひみつにしておいてあげるよ」


「意味がわからないって言ってるだろ」


 声量せいりょうをおさえながらも、言葉ことばにイラ立ちをつめ込めるだけつめた。


「いつまで話し込んでいるんだ! 二人とも失格しっかくにするぞ!」


 立会たちあい人がしびれを切らした。会場かいじょう騒然そうぜんとしてきた。


仕方しかたがない、もう一つの目的をたすとしよう」


 男は不愉快ふゆかいそうに立会人をにらみつけてから、肩をすくめた。


「こう見えても私はフェアな男だ。勘違かんちがいしているだろうから、ことわっておこう。君にかたりかけている私が、必ずしも君の目の前にいるとはかぎらない」


 またわけのわからないことを言いだした。


「今からそれを証明しよう」


 男はそう言って、ゆっくりとまぶたをじた。


「君の視線しせんさき、右手のかどにあるはしらの脇に、わかい女がいるだろ。その女はちょうど胸元むなもとに手をてている」


 男の肩ごしに視線を送る。その若い女は容易ようい発見はっけんできた。そして、その言葉は本当だった。試合しあいが始まってから、男は一度いちどもそちらの方向ほうこういていない。


「ちなみに、私は自身(じしん)の目でそれを見ていた。これで信じてもらえたかな?」


 目を開けた男が得意とくいげにほくそんだ。


 目の前の男はあやつり人形にんぎょうだとでも言うのか。新しい能力を次から次へとたりにし、頭がパンクしそうだ。


 たとえそうだとしても、この会場にいるのはまちがいない。いや、あの若い女が男の仲間なかまということも考えられるか。


「そういうことだから、試合などと言わずに、思う存分ぞんぶん戦おうじゃないか」


 男のひとみ闘志とうしがともり、残忍ざんにんな顔つきに変貌へんぼうした。


「これから始めるのはなまぬるいおあそびではない。本当の殺し合いだ。ああ、そうそう。こいつはこわしちゃってもいいよ」


 男がたれがった左腕をプラプラと横に振った。


「もう――壊れちゃってるけどね。キヒヒッ」


 そして、神経しんけいにさわる不快ふかいな笑い声を上げた。他人たにんの体を道具どうぐのようにあつかい、平然へいぜんとしている人間性。人の尊厳そんげんをふみにじる行為こういに、いかりの感情かんじょうがうずいた。


 その思いにまされたように、風の魔法まほう無意識むいしき発動はつどうされていた。薄緑うすみどりに色づいた無数むすうの筋が、『つむじ風』のように周囲しゅういをかけめぐりだす。


「その気になってきたようだね。では、見せてもらおうじゃないか。エックスオアーのノドもとに、唯一ゆいいつ届きうると言われた、君のたぐいまれなる力を」


 男が至近しきん距離きょりから『火球かきゅう』をはなった。すかさず迎撃げいげきの『突風とっぷう』を放ってから、よこびで回避かいひした。男が数歩すうほあとずさって距離きょりを取る。


 様子ようすなのか、かたらしなのか、男は小型こがたの『炎弾えんだん』を連発れんぱつし始めた。力をおさえた『突風』で対応たいおうできる、たわいないレベルのものだ。


 男はそれなりに魔法を使いこなせている。ただ、デビッドとくらべれば、わざのキレは数段すうだん見劣みおとりする。


 用心ようじんすべきはふだを持っているかどうか。あの女のようにべつの能力を持っている可能かのう性はてきれない。


 あえて敵のまっただなかび込んできたのだから、何らかの成算せいさんがあるはずだ。いや、安全あんぜん地帯ちたいからあやつっているなら、つかまってもいいごまと見るべきか。


 そうすると、この男の目的はなんだ。たんに、〈悪戯〉(トリックスター)の力を見たいだけなら、試合の場でなくとも、それこそ街中まちなかだっていいはずだ。


 とにかく、男の思惑おもわくにのるのはよそう。試合としてさっさと決着けっちゃくをつけ、みんなの力をりてさえるのが最善さいぜんだ。


 単調たんちょう攻撃こうげき合間あいま見計みはからって、渾身こんしんの『かまいたち』をお見舞みまいした。直撃ちょくげきを食らった男が数メートル後方こうほうへふっ飛び、地面じめんをころげまわった。


 あまりに歯ごたえがないので力がぬけた。反則はんそくをおかした気分きぶんになり、思わず手をやすめて様子を見守みまもった。

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