ジェネラルVSギル(後)
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ギルは大技の乱発という稚拙な戦法を取ることで、ジェネラルの油断を引きだした。悪あがきに見えた連続攻撃も、ひそかに足もとへ張った氷から、相手の注意をそらすのが目的だった。
「単にころんだんじゃないみたい」
クレアがその事実をいち早く見ぬいた。
「氷か!」
スコットも目を見張って、驚愕の声を上げた。クレアは自分自身もギルの術中にハマっていたことに気づき、表情をけわしくした。
「そんなことしてもいいんですか?」
ウォルターが隣りのパトリックに耳打ちした。
「古典的な戦法ですが、相手の移動を制限するため、足もとに氷を張ることはめずらしくありません」
好機をのがすまいと、ギルが一気に距離をつめた。
ジェネラルはあわてて立ち上がろうとした。再び氷で軸足をすべらせるも、両腕ともう片方の足でかろうじてふみとどまり、数歩後ずさった。
ジェネラルは自陣の領域をせばめられないように、前方に氷の『防壁』をきずき上げていく。それを阻止するべく、ギルは『水竜』の連発でたたみかけた。
すでにギルはセンターラインをふみ越えていて、敵陣内で魔法を発動している。
「おいおい、マジかよ。ジェネラルが追いつめられてるぞ。相手を甘く見すぎたか」
「それだけじゃないわ。お粗末な戦い方に気を取られていたけど、相手もかなりの実力の持ち主よ。序列がついていないのが不思議なくらい」
ジェネラルは『防壁』の維持に手いっぱいで、反転攻勢に出る気配がない。ギルが乱用したことにより、ジェネラル陣内のエーテルは極度に消費された。
『防壁』にほころびが見え始める。遠くない未来に決壊を迎えそうな状況だ。はたから見ても、反撃の糸口はないように思えた。
絶え間なく続いた攻撃が小休止すると、ギルの背後に巨大な『氷柱』が姿を現した。ギルが回復した自陣のエーテルを存分にそそぎ込み、『防壁』に穴をうがつためにつくりだした。
『防壁』の崩壊が勝負を決定づけるのは明白。たちまちギルの魔法に取り囲まれ、ジェネラルは魔法の発動さえ満足に行えなくなるだろう。
会場の誰しもがジェネラルの敗北という大番狂わせを予感した。
ところが、突然ギルの耳に氷のひび割れる音が届き始めた。
一度や二度ではない。次から次と起こる耳ざわりな異音。不審に思ったギルが振り返ると、『氷柱』が無数の小さな氷の刃によって、怒涛の攻撃を受けていた。
『氷刃』はジェネラルが『風』によってギルの背後に回り込ませた。ピンポイントに襲いかかるその群れが、『氷柱』に着々と亀裂を広がらせ、ついには先端を崩落させた。
それは術者のイメージの崩壊を意味する。ここから再構築するのは至難の業。ギルは牙をぬかれた氷のかたまりを、やむなく『防壁』目がけて撃ち放った。
しかし、ゴンとにぶい音を立てただけで突きやぶるにはいたらない。ギルが見せた隙に乗じて、すかさずジェネラルが反撃に出た。
新たな魔法の発動を阻害するように、繊細かつ精緻にイメージされた『吹雪』が、たちまちジェネラル陣内を席巻した。後手に回ったギルは、たまらず自陣に引き下がった。
対等の条件では歴然とした実力差があった。ジェネラルによる烈火のごとく攻撃は、相手をまたたく間に陣地の奥深くへ追いやった。
「参った」
その攻勢に耐えきれなくなったギルは、いさぎよく降参の言葉を告げた。
◆
静寂につつまれていた会場に、健闘をたたえる拍手がわき起こった。これまでの試合では見られなかった光景だ。
ひとまず、ジェネラルの敗北という大波乱がさけられたことで、観衆は安堵の表情を見せた。
ギル――に『扮装』したスプーは、温かい拍手に送られながら、会場を後にした。
「よくやったな」
「ナイスファイト」
観衆から相次いで声をかけられたが、何の感情もいだかなかった。
スプーの表情はしぶかった。しかし、それはくやしさからくるものではない。ジェネラルの手ごわさが予想以上のものだったためだ。
たとえ最強の魔導士が相手だろうと、意表をついてだまし討ちさえすれば、自身でもどうにかなると考えていた。スプーは戦略の変更を余儀なくされた。
人影のない通路まで引き上げ、壁に背をあずけてひと息ついた。
「惜しかったね」
ネクロが物かげからヌッと現れ、ねぎらいの言葉をかけた。
「とりあえず、ムキになっていた理由を聞いておこうか?」
スプーはジェネラルと戦う理由をネクロに伝えていなかった。直情的で口の軽いネクロを信頼していないところがある。
「私の力がどこまでジェネラルに通用するか試しておきたかった。場合によっては、我々が『根源の指輪』を手に入れなければならない事態も考えられる」
スプーらが近日実行に移す作戦の目的――それは〈止り木〉の最上層に眠る『源泉の宝珠』の奪取だ。そのためには、ジェネラルが所持する『根源の指輪』の入手が絶対条件となる。
「何をはりきっているのかと思ったら、そういうわけか。でも、それはインビジブルがやると言っているんだから、任せておけばいいさ」
「やつは元々この国の魔導士だ。信頼に値しない。それより、次はお前の番だぞ。くれぐれも出すぎたマネはするなよ」
スプーが鬼の形相でネクロをにらみつける。まだ、先の試合による興奮がおさまっていない。
「わかってるよ。でも、『最初の五人』については話してもいいんだろ? まあ、念のため、先にあやまっておこうかな。やっぱり、直接人間をあやつってる時はカッカするんだ」




