幽霊パーティー２
◇
本邸から渡り廊下に入り、すぐに中庭へ出た。心持ち身をかがめながら、忍び足で離れの裏手へ向かう。
裏庭は広くなく暗かった。建物と石塀の距離がなく、樹木が植えられているのみ。うっすらと空を照らす夕日の光が届いていない。また、同じ敷地でパーティーが行われているとは思えないほど、静寂につつまれていた。
しゃがみ込んで離れの外壁に背をあずけ、二階を見上げる。二階の窓は木製の開き戸で、その全てがかたく閉ざされていた。
「あの窓は外から開けられるか？」
「やってみます」
重力を無効化した状態では、空中で静止するのは難しい。一方で、軽減させただけなら、片手の力で体重をささえられる。その場合、そばにつかめるものが必要だけど。
幸いにも、開き戸が壁の外側にはみ出ていて、上に手をかけられそうだ。重力を弱めて、そこまでふんわりとひとっ飛びした。
開き戸の上に右手をかけ、左手でカチャカチャと軽くゆらす。内側から鍵がかかっていて、力まかせでは開けられそうにない。
「いっそのこと壊してもいいぞ」
眼下のロイが小声で言ったけど、それを実行に移すほど無鉄砲ではない。
いったん地面に下りて作戦をねり直した。見つかる危険があっても、玄関から入るべきか。
「あれを見ろ」
ロイが屋根の上を指さした。
屋根裏部屋に通じていると思われる小さな窓があった。人間が何とか通れそうな大きさで、しかも、片方の扉が半開きになっている。
さっそく、ロイを背負って屋根へ上がり、そこから建物内へ侵入した。
◇
『屋根裏部屋に潜入成功。一階と二階の様子に変わりない？』
『異常ありません。こっちから離れのほうへ行った人もいません』
魔法でロウソク程度の火を起こして、辺りを照らした。ここはほとんど使われていないようだ。忘れ去られたと思われるボロキレやガラクタが、少しばかり置いてある。
二階への下り口を見つけた。フタの板をはずしてから、床に寝そべって二階をのぞき込む。そこは廊下の上だった。
二階は闇にとざされ、物音一つしない。少し先には一階へ下りる階段と、交差する廊下が見えた。
念のため、重力を軽減してから、ソっと二階へ下り立った。廊下は短く、左右に一つずつ扉があるのみ。足音を立てないよう慎重に進み、左手の扉に手をかけた。
鍵はかかっていない。開けてみると、中は食料庫だった。僕の肩をたたいたロイが反対側の扉を指さす。よく見ると、扉からして異彩を放っていた。例の男の部屋かもしれない。
ゆっくりと扉を開ける。かすかにきしんだ音が立った。窓がしめきられているため、部屋は一歩先も見えない暗闇。魔法のランプで部屋を照らした。
デスクにベッドにテーブルとひと通り家具がそろい、帆船をえがいた絵画が壁に飾られている。部屋の広さのわりに物が少ない。清潔感があって片づけが行きとどいている。
「几帳面というか、潔癖症っぽいところがありそうだな」
ロイが部屋を見回しながら言った。
物が少ないので捜索も楽だ。探す場所がほとんどない。というか、見るからにあやしい物をあっさり発見した。デスクの脇に宝箱っぽい巨大な鉄製の箱があった。
「これは何としても調べないといけませんね」
「きっと、調べてもらいたくて鍵をかけたんだろうな」
鉄製の箱は南京錠で厳重に施錠されている。ちょっといじってみたけど、当然ながら、簡単にはずれたりしない。
「試しに持ち上げてみるか」
そうすると、箱はとんでもない重さで、二人がかりでもピクリとも動かなかった。
「いったい何が入ってるんだ？」
「カギを探してみましょうか」
まずは一番あやしいデスク周辺を探した。引きだしのようなものはない。あやしげな小物入れを発見したけど、ホコリしか入っていなかった。
あっという間に探す場所がなくなり、床に落ちていることを期待するしかなくなった。本当に何もない。もうすぐ引っ越しでもするのだろうか。
「もう箱ごと持ち帰るか？」
「できなくもないですけど」
ものは試しに、重力を軽減してから箱に手をかけると、楽々と持ち上げられた。
「君の能力は本当に便利だな」
でも、中身を確認したいだけだし、相手にバレないわけがない。そこまでしても持ち帰る価値はあるけど、大きさ的に窓から外へ運びだすのはきびしい。
「〈梱包〉では無理ですか？」
「制限重量に引っかかりそうだし、このぐらいの重さになると一時間……、いや、二時間以上は見積もるべきか」
その時、スージーから『交信』が入った。
『もしもし、ウォルターですか？』
『何かあった？』
『誰かがいたんです』
『……誰かがこっちに来た？』
『違います。廊下に誰かがいたんです』
『離れの廊下に？』
『違います。こっちの廊下です。ちょっと見てきますね』
頭にハテナマークがうかんだ。わざわざ報告してくることとは思えない。とりあえず、ロイに言葉通り伝えた。
「パーティーが開かれているんだから、廊下に誰かがいてもおかしくないだろ」
ただ、スージーが理由もなくそんなことを言うと思えない。かといって、ここまで来て様子を見に帰るわけにもいかないし、何かあれば、また連絡してくるだろう。
「箱の中身を確認して、さっさと戻りましょう」
ロイが南京錠をいじりだした。力技では無理だ。続いて構造を念入りに確認する。まあ、知恵の輪ではないので無駄骨に終わった。
手づまりだ。今回ばかりは、〈悪戯〉を活用する道も見えない。ロイが南京錠を手にしてかたまった――と思いきや、直後に奇跡が起こった。
「おっ、できた」
南京錠が忽然と消失した。ロイがそれのみを『梱包』したのだ。驚愕を顔に張りつけていると、ロイが照れ隠しにマジシャンのような決めポースを見せる。
「さすがです。よく考えつきましたね」
「初めてこの能力が活躍してくれた気がする」
「何言っているんですか。卑屈にならないでください。乾燥パスタとか作ってるじゃないですか」
「あれは作ろうと思えば、人の手で作れるものだからな。他にはないだろ？」
「マジックのマネごとで、いつもみんなをなごませていますよね」
「心からそう思ってるか？」
「……箱の中身を確認しましょう」
二人でフタのふちに手をかけ、「せーの」と持ち上げた。
