幽霊パーティー1
◇
ヒューゴと打ち合わせを済ませたので、夕食の時に、話の経緯やパーティーでの計画について、みんなに打ち明けた。
「あのゾンビの話が思わぬ方向に進展していたんだな」
「学長には内緒で進めるのね?」
「そのつもりです」
おそらく、伝えたところで協力は得られない。ヒューゴにも義理だてしたい。
「人を殺しちゃうような相手なんですよね? 大丈夫ですか?」
スージーが不安げに言った。
言われてみれば、遊び半分でいると痛い目にあうかもしれない。戦闘向きの能力を持つのは自分だけだし、みんなを巻き込んでいいものか。
「ただ、話が本当なら一気に形勢逆転だ。このチャンスをのがす手はないな。危険な役目は全部ウォルターに任せればいい」
「そうです。僕に任せてください。ついこの間、ゾンビ相手に死線をくぐりぬけたばかりですから。普通の人間なんてへっちゃらですよ」
パーティー開始は夕方の五時半。二時間の予定だけど、何が起こるかわからないので、目覚まし時計を普段より一時間遅らせると取り決めた。
◇
パーティー当日を迎えた。
前日にヒューゴと綿密な打ち合わせをし、屋敷の本邸と離れの位置関係を確認した。二つの建物は距離的に目と鼻の先で、渡り廊下でつながっているそうだ。
パトリックの屋敷から馬車に乗り込み、ベレスフォード卿の屋敷がある南地区へと向かう。八月のなかばということもあって、以前より日が落ちるのが早くなってきている。
僕らの服装はというと、自分はユニバーシティの制服、ロイは仕事の時に着ているローブ。コートニーとスージーは、パトリックが用意した華やかなパーティードレスを身にまとっている。
屋敷前はあちこちから乗りつけた馬車で渋滞していた。レイヴン城ではあまり見かけない、中高年の夫婦が目につく。派手なドレスで着飾る女性と違い、男性は総じて地味な格好をしていた。
パーティー会場は屋敷の西側に位置する大広間。以前屋敷を訪れた時には、足をふみ入れなかった場所にあった。会場は個人の邸宅にあるものとは思えない、巨大な吹きぬけの空間だった。
パーティーは立食形式だ。純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルがいくつも置かれ、よだれが垂れてくるような料理が、すでにならべられている。
ブタや鳥の丸焼きなど、肉料理がズラリとならぶテーブルには、男性中心の人だかりができ、女性が集まるテーブルには、主にパイやタルトが置かれていた。
「よし。とりあえず、相手に打撃を加えるぞ」
というわけで、まずは戦いに備えて腹ごしらえ。こんな時でしか、お肉にありつけない。コートニーとスージーは女性が集まるテーブルへ向かった。
切り分けられた薄い肉をほおばりながら、会場を見回す。ベレスフォード卿の姿を難なく発見した。かたわらに若い女性の姿があり、ひと際目立つドレスを着ている。
例の男と婚約したという娘だろうか。談笑する相手は老齢の男二人。黒髪の若い男としか聞いていないけど、あの二人ではないだろう。
目についた料理へ片っぱしから手をのばしたので、さすがに食い飽きてきた。特別なイベントもなく、パーティーの趣旨がわからない。出席者同士の交流が目的なのだろうか。
「今のうちに、離れを偵察しておくか」
ロイが提案した。コートニーを会場に残し、三人で離れの下見へ向かった。
◇
屋敷の中庭に面する廊下へ入った。ここは以前来た時に通ったので、記憶に残っていた。会場への帰り道がわからなくなった体で廊下を進む。
出席者が立ち入ることを想定していないからか、廊下は会場とくらべものにならないほど暗い。
「二人とも。あれが離れだな」
「離れというより、普通にお屋敷ですね」
離れは中庭をはさんで本邸と平行に建っていた。スージーが言ったように、パトリックの屋敷ぐらいの大きさはある。
「男の部屋は二階の中央らしいです」
一階のひと部屋から明かりがもれているものの、二階の部屋は全て真っ暗だ。
「こちら側は目立つので、反対側に回りましょうか」
「そうだな。一階には人がいるようだし、空を飛んで二階へ直接押し入るか」
少し歩くと、以前訪れたサロンの前を通りかかった。巫女のえがかれた絵画が、ここに飾られていたのを思いだす。確か、題名は『出陣式』だったかな。
「せっかくだから、あの絵画を見ていきませんか?」
「これから大仕事が控えてるというのに、君は余裕たっぷりだな」
サロンには屋敷の人がいた。白々しく会場への帰り道を聞いた後、断りを入れて見物させてもらった。
一度見ているとはいえ、夢中で見入った。新たな発見はないか、作品の隅々へ目を走らせる。
「何の絵なんですか?」
「ウォルターの想い人がえがかれた絵さ」
「巫女ってことですね」
「こうして見ると、スージーと体型が似ているな」
「ダイアンとも似ていますよね」
ロイとスージーの会話でハッとなった。言われてみると似ている。ただ、髪型は全然違う。いや、髪型なんていくらでも変えられるか……。
その時、コートニーから連絡が入った。会場で動きがあったようだ。早々に切り上げて会場へ戻った。
◇
コートニーのもとへ向かう途中、何かを目線で訴えかけられた。その先に目を向けると、三人の男の集団がいた。
一人はヒューゴだ。人のこと言えないけど、ユニバーシティの制服を着ているので目立っている。彼と神妙な面持ちで話しているのがデリック・ソーンだろうか。
体は大きくない。いかにも仕事ができそうな知的な顔立ちをしている。表情がとぼしく神経質そうで、聞いていた通り、人付き合いが苦手そうだ。
ヒューゴもこちらに気づいた。あごをクイッと動かして、ゴーサインを送ってきた。三人ですぐさま引き返し、再び会場を後にした。
◇
離れとつながる渡り廊下のそばまで来た。ここからなら離れを一望でき、建物内の動きはもとより、本邸から離れへ向かう人も確認できる。
離れへの侵入は僕とロイが行い、スージーはこの場に見張り役として残って、それを〈交信〉で伝えてもらう算段だ。
「もし何をしているか聞かれたら、『パートナーがお花をつみに行っている』と答えるんだぞ」
「わかりました。念のため、お花をつんできてくださいね」
それは、こっちの世界の人に通じるのだろうか。スージーも勘違いしているようだし。




