風よ静まれ(前)
◇
ゾンビの後始末が始まった。三人組の魔導士に加え、灰色のローブを着た人達がゾロゾロと集まってきた。
それを見守る野次馬を横目に、大通りを横切って東地区へ入る。ゾンビと遭遇したのもどこ吹く風。パンの配達を再開した。
東地区は木工や土木関係の職人が多く住む地域らしい。土地が平坦で、景観の印象が全然違う。さっきまでいた東南地区は、新興住宅地っぽいところがあった。
建物のデザインや築年数にバラつきが見られ、工場や倉庫といった大きな建物が点々とあって、街並みは雑然としていた。
東地区の配達先は、個人でなく大口の得意先が大半。時には、バスケットの中身をまるごと置いていき、荷物があっという間に少なくなった。
一時間足らずですっかり身軽になり、中身が残っているのは、ダイアンが右手にさげるオシャレなバスケットのみになった。
「後はアシュリーのところだけ。少し歩くけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「アシュリーはかわいい女の子だけど、メイフィールドの領主だから、失礼のないようにね」
領主という言葉を聞いて、身が引きしまる。異彩を放つ特製バスケットが、急に威圧感を放ち始めた。
からのバスケットを置きに、いったんベーカリーまで戻る。それから、大通りまでとんぼ返り。今度は街の中心地とは反対方向へ、大通りを進んだ。
大通りはとにかく広く、人通りも多い。時おり、大きな馬車が横を通りすぎていく。しばらく歩くと、石造りの門と、それに連なる壁が見えてきた。
「街の外へ出るんですか?」
ダイアンがそのまま門を通りぬけようとしたので、あわてて呼び止めた。
「うん。だって、メイフィールドは街の外にあるから」
「ゾンビとか……、モンスターとかは出ないんですか?」
ゾンビと街中で遭遇するぐらいだ。街の外は凶暴なモンスターであふれているのではないか。そんなゲーム的な感覚だった。
「この辺りには、そうそう現れないから安心して。さっきみたいなことは、本当にめずらしいんだから。モンスターは……、うーん、この国にはいないから大丈夫よ」
ダイアンが笑い飛ばすように答えた。他の国にはモンスターがいるらしい……。
ダイアンに連れられるまま、門をくぐりぬける。二人の守衛が退屈そうに立っていたけど、フリーパスらしく、呼び止められたりはしなかった。
街の外へ出ると、風景がガラリと変わった。付近に住宅は見当たらない。舗装された街道が、北と東の二手に分かれ、果てしなく続いていた。
しかし、ダイアンはどちらの街道にも進むことなく、ぬけ道のような小道へすぐにまがって、林の中へ分け入った。
◇
「ここがメイフィールドよ」
その林をぬけた先がメイフィールドだった。のどかな田園風景が眼前に広がった。
穂をつけたどこか見慣れた作物が、視界をうめつくさんばかりに実っている。最初はそれを稲と勘違いしたけど、ダイアンにたずねると、小麦だという答えが返ってきた。
冷静に考えれば、街の外がモンスターのうろつく危険地帯だったら、街の人達の食生活は成り立たないか。
「うちはメイフィールドの小麦を使ってるの。だから、そのよしみで、たまに配達を頼まれることがあるんだ」
そんな会話をかわしながら、畑と小川にはさまれた道を進む。
牧歌的な雰囲気の中で、心地よい風につつまれていると、朝から目の回るような時間をすごした自分にも、ようやく心のゆとりが生まれた。
ふいに『転覆の巫女』という言葉が頭をよぎる。知っているようでよく知らない言葉が、途端に頭の中で幅をきかせ始めた。
その人をさがさなければならない。義務感、焦燥感のような思いが、胸に広がっていった。
「あの……、『転覆の巫女』っていう人を知ってますか?」
衝動をおさえられず、気づいた時には口走っていた。足を止めたダイアンが、こちらへ顔を向けた。
「……知ってる」
「どんな人ですか?」
突然、不穏な空気になった。ダイアンの表情はかたく、異様に発言までの間が長い。さっきまでとは別人のようだった。




