休息から終業後
「それではヤマムラマコトについて質問をします。素直に答えてください」
ナイフを手に持ったままターシャが口を開く。
「……わかったからそれしまってくれる?」
「しまってしまっては脅しにならないではないですか」
ケラケラと笑い声をあげるターシャの姿をマノンはじっと睨む。
「あまりいい趣味はしてないのね」
「いい趣味をしてたらそもそもこんなことはしませんよ。それでは改めまして」
ナイフがマノンの頬に近づく。
「彼は……ヤマムラマコトはなにをしようとているの?」
予想通りの質問だ。おそらく、知らないとでも答えようものなら、あまり想像したくない事態が起こるのはほぼ間違いないだろう。となれば、素直に鉄道計画について話すのがマノンにとってはいいのかもしれないが、マコトにどの程度の迷惑がかかるかわからない以上、下手にペラペラとしゃべるわけには行かないし、そもそも計画自体がどうなったのかマノンは知り得ない。
「私が知っている情報は限られているわよ」
「こちらとしては、知っている情報は皆無なのでそれでも助かります」
試しに情報は持っていないとアピールをしてみるが、相手はそれでもかまわないらしい。何も知らないのなら、なぜ誠斗について探ろうとしているのか。そもそも、彼女と誠斗はどういった関係なのか……いや、こんな方法を使って調べているあたり、関係はよくないかそもそも全く関係がなく、何かしらの理由で調べているかのどちらかであろう。
「何でそんな情報知りたいわけ?」
「あなたの質問に私が答える理由はありません。それよりも、早く答えないと……わかってますよね?」
ナイフが近づく。どうやら、こちらからの質問は受け付けてもらえないらしい。
「わかってるわよ……素直に話すわ」
こうなれば、もはや選択肢は話をするということしか残っていない。最も、先ほど情報はほとんど知らないと述べたばかりなので情報はなるべく小出しに、不自然ではない程度にぼやかして話していく。
「……鉄道計画……なるほど。私の見立て通り面白いことを考えますね」
しかし、鉄道という単語を出した上で内容は知らないで通そうとしたマノンの作戦を嘲笑うかのようにターシャはどこか満足げな表情を浮かべている。
「……知ってるの?」
「さぁ? どうかしら?」
本当に鉄道について知っているのだろうか? はたまた、知っているフリをしてマノンの同様を誘っているのか? いずれにしても、この情報だけで彼女を満足させたという事実には変わりなく、マノンがしゃべりすぎてしまった可能性も否定しきれない。
「さて、面白い話を聞けたところで私は帰りますね。それではお元気で……あぁあと、私との会話の記憶は自動的に消去されて、私が設定した記憶で上書きされるのでご心配なく。それではそれではさいようなら」
そういうと、ターシャはナイフをしまい立ち上がる。
そのあとは、ベッドに寝転がるマノンに背を向けて手をひらひらと降りながら部屋から出ていった。
*
「……マノン。大丈夫かい?」
ベッドで眠っていたマノンは部屋の入り口から声がかかったことによる目を覚ます。
「あぁベルさん……すみません。突然お休みをいただいてしまって」
「……気にしなくていいよ。あんたが倒れるまで気づかなかったこっちにも落ち度がある。気負う必要はないよ」
ベルは小さく笑みを浮かべながらマノンのそばまでやってきて椅子に腰を下ろした。
「それにしても、妖精でも体調を崩すことがあるんだね」
「……いくら自然の力を借りて不死に近い存在であってもあなた方と同じ生き物ですから、体調が悪い時もありますよ……一応、今日一日ねていればよくなると思いますけれど……」
「そうかい。まぁでも無理をしないでいいよ。リラも心配しきっている」
「ありがとうございます」
マノンが体調を崩して寝込んでいる間、リラの面倒はベルが見てくれている。
そういった安心感もあって、いつのまにか寝ていたのだが、どれくらい寝ていたのだろうか? その答えは窓の外に目を向けることによって示される。
「……もう夕方。ほぼ一日中寝ていたんですね」
「そうだな。まぁそれで体調が戻るんならいいんじゃないか?」
「そうですね」
体調を崩すなど何百年ぶりだろうか? 前に体調を崩したときは確か、カノンに無茶苦茶な要求をされて、それに答えようとして何日も働き続けたときだったような気がする。
それに比べれば、ちゃんと休憩もあり、仕事自体もそこまできつくないこの場所での労働では体調を崩す要素はあまりないように感じるのだが、やはり一日に何十人という人間を相手にしてばれないようにを気を使うというのは、マノンの体にとって大きな負担になっているのかもしれない。
「……私は仕事に戻るから、何かあったら呼んでもらってもいいよ」
「はい。ありがとうございます」
その会話のあと、ベルはマノンの頭をなでてから部屋を出る。
「マノン! 大丈夫?」
それとほぼ入れ替わるようにして、リラが部屋に突入しベッドの上のマノンに抱き着いた。
「ちょっとリラ! どうしたのよ!」
「だって! だって! 突然倒れちゃうんだもん! 心配で心配で!」
「私はもう大丈夫だから。ね? 安心して」
ベルの言葉通り、リラは相当マノンのことを心配していたらしく、眼に涙を浮かべながらマノンの胸元で顔を上げる。
「本当に大丈夫なの?」
「えぇ。もう大丈夫よ。だから、リラも泣かないの。元気出して」
「うん!」
マノンのもう大丈夫だという言葉に安心をしたのか、リラは満面の笑みを浮かべて首を縦に振る。
その姿を見て、マノンも小さく笑みをこぼした。
「さてと……今日一日休みをもらった分、明日はちゃんと働かないとね」
「うん。そうだね」
そのあとはマノンとリラはそれぞれ話題を持ち寄って雑談に花を咲かせる。
その話題は主にそれぞれの故郷での出来事であったり、誠斗に関することであったり、二人が出会ってからのことであったりと話題には事欠かない。そうやって会話をしていると、いつの間にか日はすっかりとくれて夜になる。
「もうすっかり真っ暗ね。そろそろ食堂に行きましょうか」
「うん」
すっかりと体調を元に戻せたマノンはベッドからゆっくりと起き上がり、体の向きを変えてそのそばに立つ。そのあとはリラの手を握って部屋の外に向けて歩き出した。
その姿は幼い姉妹の様子にすら見える。実際には背の小さいマノンの方が何百年も年上である。いくら長寿の獣人といえどもリラは子供だし、マノンは見た目での成長こそないもののマノンが司る自然がこの世に存在し続ける限りはよほどのことがない限りは生き続ける。
なので必然的に精神年齢はマノンの方が上であり、どちらが姉かと聞かれればマノンの方が姉だと言えるだろう。
そんな姉妹のような二人は仲良く手をつなぎながら廊下を歩いていく。
「今日の夕食は何かな?」
「さぁ? 何でしょうね」
先ほどまで体調を崩し、眠っていたとは思えないほど元気なマノンはリラと笑顔で会話をしながら食堂へと入っていった。




