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始業前

 カルロ領とシャラ領の境界近くに立地している待機所。

 橋の大きさの都合上、時間帯別で一方通行になっている眼鏡橋の開通を待つ人々が利用するこの施設には、住み込みで働いている職員というのも少なからず存在している。とはいっても、さすがに利用者が泊まる場所と職員の居住スペースはわかれていて、それぞれ利用者のための私設が一階と二階にあり、職員の居住スペースはその屋根裏に設置されている。


 そんな住み込みで働いている職員の一人、妖精マノンの一日は陽が昇るより前に始まる。

 起きてすぐに魔法を使って羽を消すと、大きく伸びをしてから着替えを始める。


 寝間着を洗濯室につながっている扉に放り込むと、部屋の壁に掛けてある仕事着に着替え、鏡を見ながら身なりを整える。

 服のしわがないか確認し、続いて長い緑色の髪に櫛を通して整える。


 鏡を見ながら一回転し、変なところがないかの確認が終わると、いまだに自分のベッドで眠りこけている獣人のリラを起こさないように気を付けながら静かに部屋を出る。


 まだ寝ている利用者も大勢いるので、マノンは慎重に屋根裏から梯子を下ろし、なるべく静かにするように気を使いながら廊下を移動する。その廊下の先にある階段を降りるとすでに階下にある食堂には朝食が並んでおり、待機所の職員はすでに食事を始めていた。


「おはようございます。お待たせしました」


 そんな中にマノンは挨拶をしながら入っていく。


 すでに食事をとっている面々は夜勤をしていた人たちであり、マノンが遅れて来たというわけでもないのだが、先に食事をされているというのはなんとなく出遅れた感を感じていた。


「あぁおはようマノン」


 そんなマノンに対して、真っ先に返答したのはこの待機所の主人であるベルだ。


 彼女は柔らかい笑みを浮かべて、マノンを食卓へと迎え入れる。


 今日の朝食はライ麦パンとベーコンエッグだ。


 マノン自身は食事を必要とはしないのだが、用意してもらえるものを断るのも申し訳ないので、いつもおいしくいただいている。というよりも、妖精にとって美味しい食事というのは最高の娯楽なので毎日三食楽しみにしているとも言える。


「いただきます」


 そんな毎日の楽しみである朝食を食べながらマノンは皿の横に置いてある羊皮紙に目を通す。


 そこに書いてあるのは主に今日一日自分に割り当てられた役割について書かれていて、今日のマノンの仕事は朝一番の点検と待機所での接客らしい。

 それを確認したマノンは羊皮紙の下部にサインをし、元置いてあった場所へと戻す。


「それにしても、マノンはいつもおいしそうに食事をするわね」


 自らの分の食事が載ったトレーを持ったベルがマノンに話しかけたのはちょうどそんな時だ。


「そうかしら?」

「そうよ。あなた、食事をしているときはいつも楽しそうよ」


 人間が食事を必須とするのに対して、妖精にとっての食事は単なる娯楽であり、現にマノンとしてもそれを楽しんでいる節がある。そのため、ベルの指摘はあながち間違ってはいないのだろう。


「そうね。食事は楽しいもの」


 マノンはふふんと鼻を鳴らしながらいかにも妖精らしい返答をぶつける。


 ただ、妖精の生態を知っている人間というのはごく限られているのでその返答の本当の意味が周りに伝わることはない。仮に伝わるようなことがあれば、その人間の素性を調べたくなってくる。

 それほどまでに人間と亜人……特に人間と妖精の距離は離れてしまっているのだ。


 世界の中には亜人が堂々と街を闊歩できるような国もあるらしいが、その国には妖精はいない。妖精はシャルロの森の外には出ないからだ。その理由についてはさまざまな説があるが、その実はわかっていない。そして、その真相は主にカノンの心の奥底にしまわれている……といわれている。というもの、カノン自身がなにを考えているのかわからないし、実際問題理由などないかもしれないからだ。


 人間……いや、妖精は意味もなく行動するということはあまりないと思うのだが、妖精の長たるカノンは大した理由もなく思いつきで物事を進める癖があるため、妖精の森から妖精が出てはいけないというルールもなんとなくで決まった可能性がある。


「どうしたんだいマノン。ボーとして」


 そんなことを考えていると、心配そうな表情を浮かべたベルから声がかかる。


 どうやら、余分なことを考えすぎていたようだ。


「なんでもないですよ」


 それだけ返答をすると、マノンは再び食事を始める。

 森の中に閉じこもっていたら手に入れられなかったであろうこの何でもないときがマノンにとっては最高に幸せだ。それが味わえているだけでも良しとしよう。


「あー! マノンがさきに食べてる」


 そんなとき、食堂に大きな声が響く。

 どうやら、リラが起きたようだ。


 いつもなら陽が昇るのと同時に起きる彼女からしてみれば、このような状況は初めてだ。


「おはようリラ。あなたがぐっすりと寝ていたから起こしちゃいけないと思って……こんな時間まで寝ているなんて珍しいわね」


 自分が起きるのが遅かったという事態を理解しきれずに狼狽しているリラにベルが声をかける。


「珍しいわね。こんな時間に起きるなんて」


 それに続いて食事の手を休めたマノンが彼女に声をかけた。


「えっと……なんでだろ? でも、起きたらこの時間だった」


 残念ながら彼女本人もなぜこの時間まで寝ていたのか思い当る節はないらしいが、むしろちょうどいい時間に起きてくれたぐらいなので特にその理由を追求する必要はないだろう。


「ほら、一緒に食べましょう」

「うん。わかった」


 マノンに促され、リラは若干不満そうな表情を浮かべながらも食事の席につく。


「いただきます」

「はい。たんと召し上がれ」

「はーい!」


 ベルに言われ、リラは勢いよく食事にかぶりつく。

 マノンはその風景をニコニコとした笑みを浮かべて観察してから、みずからも食事を再開する。


「食べ終わったらちゃんと片付けてくれよ。それじゃ私は先に仕事に行くから」

「はーい」


 先に食事を終えて、仕事に向かうベルの背中を見送ったころにはノノンも食事を終える。


「それじゃ私も行くね。リラは食事が終わったら、部屋でおとなしくしているのよ」

「うん。わかった」

「いい子ね。ごめんね。あまり部屋から出せなくて」


 マノンはリラの頭をやさしくなでてから、マノンは食器をもって流しへと向かい、決められた場所に食器を置く。そうしておけば、いつも皿洗いをしてくれる女性が食器をきれいに洗ってくれるのでこれで片づけは完了だ。

 そのあと、マノンはいったん自分の部屋に戻って容姿と背中の羽がちゃんと消えていることを確認し、自らの仕事場である眼鏡橋の監視小屋へと向かって歩く。


「おはようマノンちゃん」

「おはようございます」


 その途中途中でも職員とすれ違うのでマノンは忘れずに一人一人にあいさつをしていく。

 今、すれ違っているのは夜に勝手に橋を渡る人がいないか監視していた人たちであり、誰もかれも眠そうな表情を浮かべながらもちゃんとあいさつを交わす。


 待機所から監視小屋まで十人ほどの職員とすれ違ってから、一番最初の点検場所であり、一緒に端を点検する人たちとの待ち合わせ場所にもなっている監視小屋の扉を開けた。

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