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本能寺の変はなかった?

作者: セレソン28

 ここは、下町によくある町工場のひとつ。

 入口には『矢部精密機械製作所』という手書きの看板が掛けられている。

 その日は、もう夜も更けたというのに、工場の窓から煌々こうこうと明かりがれていた。窓の中は、ガランとした作業場に矢部氏以外誰もおらず、機械や書類が雑然と置いてあるだけだった。

 作業場の中央には、大きな五右衛門風呂のかまのようなものがデンとえられており、その側面には白いペンキで『28』という数字が大きく書いてある。矢部氏は、その釜の中にびっしり詰まった機械に、何か細かな作業をしていた。

「よし、これでいい。試作機28号にして、ようやく実用にえるタイムマシンが完成したぞ。明日、スポンサーの本間社長が試乗して問題なく動けば、約束の成功報酬を受け取れるというものだ」

 矢部氏がそう独り言をつぶやきながら釜から出てきた、その時。

 突如、作業場の空間に幾筋いくすじもの電光が走ったかと思うと、激しい轟音ごうおんとともに同じような釜がもうひとつ出現した。違うのは、釜の横っ腹に白いペンキで『27』と書いてあるところだけだった。

 それを目にした矢部氏は驚きの声をあげた。

「ややっ、これはわたしの作った試作機27号ではないか。すると、乗っているのは」

「もちろん、わたしだ」

 中から出てきたのは、矢部氏と寸分違わぬ人物である。

 矢部氏は恐る恐る尋ねてみた。

「ええと、27号に乗っているということは、きみは過去のわたしなのか」

「いや、未来のわたしだ。まあ、未来といっても、たった一日だがな」

 現在の矢部氏は首をひねった。

「27号はうまく動かず、パワードライブを外していたはずだが」

 未来の矢部氏は渋い顔をした。

「本間社長がタイムマシンに乗って逃げたのだ。追いかけるには、別のタイムマシンに乗るしかない。製作所の資金りが苦しく、試作機はほとんどスクラップにして売り払っていたが、万が一28号に故障が起きた時のためにと、一機だけ残しておいた27号を改造し、何とか動かせるようにした。だが、とても長い時間をさかのぼるパワーはないから、とりあえず一日だけ戻ることにしたのだ。さあ、その28号をわたしに貸してくれ。早く追いかけないと、大変なことになる」

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。もしかして、本間社長はわたしに払う報酬がしくなって逃げたのか。それがないと、明日が期限の借金が返せず、工場を差し押さえられてしまうことになる。どうしよう」

「そうか。わたしの言い方が悪かったな。報酬はちゃんと受け取り、借金も返すことができる。社長が逃げた理由はカネじゃない」

「じゃあ、何だ?」

「きみも知っているだろうが、まあ、きみはわたしだから当然知っているはずだが、本間社長は無類むるいの歴史好きだ」

「そうだ。だからこそ、タイムマシンで過去の世界が見たいと、資金を提供してくれることになったのだ」

「しかも、歴史上の人物では、織田信長の大ファンだ」

「らしいな。一目、実際の姿を見たいと言っていたよ」

「それだけじゃないんだ。本間社長は、自分の大好きな信長が天下取りを目前にしながら、本能寺の変であえなく死んでしまったのがくやしくてたまらないと言った、いや、明日言う。そこで、過去に戻り、直接信長に会って、本能寺行きを止めるつもりなのだ」

「ええっ、そんなことをしたら、歴史が変わってしまうぞ」

「わたしもそう言った。すると、歴史が変わった方がいい、と言うんだ」

「無茶苦茶だ」

「わたしもそう言った。だが、止めるのも聞かず、大金の入った紙袋をわたしに投げつけるように渡すと、タイムマシンに乗って行ってしまったのだ」

「何ということだ!」

「わたしもそう言っ、もういいか。とにかく、そういうわけだ。28号を貸してくれ」

 現在の矢部氏はどうしたものかと頭を抱えた。

 だが、すぐにハッと何かに気付いたような顔になった。

「待ってくれよ。もし、今、28号をきみに渡してしまったら、明日、本間社長はタイムマシンに乗れなくなる。すると、きみは、というか、明日のわたしは、過去に戻ってわたしから28号をうばう必要はなくなる。すると、わたしは、明日28号を本間社長に渡すことができる。すると、本間社長がタイムマシンで逃げる。すると、わたしは」

 ますます混乱し、頭を抱え続けている現在の矢部氏を尻目に、少しずつ28号に近づいていた未来の矢部氏は、ニヤリと笑った。

「まあ、本当の解決策はそのうち気が付くさ。じゃあな」

 そう言うや否や、未来の矢部氏は28号に飛び乗ってハッチを閉めた。

「あ、待つんだ!」

 現在の矢部氏がそう叫んだ時には、28号は轟音とともに消えていた。

 しばやく呆然ぼうぜんとしていた矢部氏は、やがて、「なるほど」とつぶやいた。

「もう、あまり時間がない。やるしかないな」

 矢部氏は残された27号の『27』という数字を『28』に書き換え、もう少し改造を加えてパワーアップする作業を始めた。

 もちろん、本物の28号ほどにはならないが、どうせ明日本間社長が乗って逃げるものだから、その方がいいのである。

 夜が白み始める頃、ようやくそれを完成させると、倉庫に行き、元々そこに置いてある27号の改造に取り掛かった。

 そちらの27号を、かろうじて一日だけ時間を遡れる程度に改造できた時、玄関のチャイムがなった。

「来たか。まあ、当然だが、何とか間に合ったな。この後やるべきこともわかっている。本間社長は細かい人だから、入念にタイムマシンをチェックするだろうが、まず、大丈夫だ。その後、予定通り逃げてもらう。そうしないことには、パラドックスになってしまうからな。心配なのは、本間社長に追いついて、いや、先回りして、だな、向こうで待ち伏せて説得し、一緒に現在に戻って来れるか、どうかだな。それができなければ、歴史が変わってしまうことになる。あ、はい! 社長、少々お待ちください! 今、ドアを開けますので!」

(作者註:ところで、本能寺の変って、ありましたっけ?)

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