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第二十三回 随筆春秋コンクール 落選作

作者: ほみち


 

 下腹部に激痛エッセイ


 昨年末、子宮内膜症と両側の卵巣嚢胞と診断された。

 仕事中、突然下腹部に違和感を覚え、徐々に強くなるそれが痛みだと理解した頃には意識が朦朧とし、体が激しく震え、自分の足で立っていることも出来ないほどであった。救急車の中で、救急隊員に何度も「痛みますか?どこが痛いんですか?」と聞かれたが、答えることが出来なかった。下半身まるごと、激しく痛んだ。

私がお腹を庇うように、横向きで丸くなっていた為「お腹が痛いんですか?すごい冷や汗ですね、ちょっとお腹を見せてもらいますね」と、救急隊員は仰向けになるように促した。出来なかった。仰向けになると、多少なりとも、筋肉や脂肪で内蔵が潰されるのだろう。あまりの激痛に「痛い!痛い!」と私は担架の上で跳ねた。

搬送先の病院で痛み止めの点滴を繋がれ、血を抜かれ、MRIに入れられ、精密検査のフルコースの私に、慌てて駆けつけた夫が「大丈夫?」と心配そうに声をかけてきた。他にかける言葉が見つからなかったのだろう。私が力なく首を横に振ると、「そうだね」と納得していた。

 精密検査の結果を聞く為に、婦人科の診察室へ来るようにと言われた。自力で歩くことが出来ないので、担架からベッドへ、そして車イスへと移動させられた。痛みは吐き気に変わった。私は洗面器を持たされ、時折抱え込むように激しく吐きながら、診察結果を聞いた。

「辛いところ申し訳ないけど、話を続けさせてね」苦笑いの婦人科医が、背中を擦ってくれた。窒息しそうなほど吐きながら、私はすみませんと答える。つくづく私は日本人である。

「これが、MRIの画像です」婦人科医が、馴れた様子で説明を続けた。「ここが卵巣、ここは子宮、これが膀胱。こちら側が背中で、反対側がお腹。ここに白く見えるのは脂肪です」先端技術によって、生きながら輪切りにされた自分の断面図を見ながら、私はその皮下脂肪の多さを恥ずかしく思った。まさか、こんな形で自らの不摂生を辱しめられるとは。予想だにしなかった。

 婦人科医の口から、子宮内膜症と両側卵巣嚢胞の疑いがあると言われても尚、私は自分の身に何が起こっているのかピンとこなかった。

「通院しないといけませんか?」生まれてから二十数年、気紛れに肥満することはあれど、まずまず健康体だった私は、そう尋ねた。

「まあ、取りあえず一日入院して様子を見て・・・・・・まあ、一日と言わず、あまりにも悪いようなら、そのまま数日入院ということも・・・・・・」婦人科医が、さらっと答えてから、思い出したという感じでこちらに向き直る。「もしかして、何か予定がありましたか?」

 運よく、仕事以外は特に予定もなかった

「それから、これが一番大事なお話なんですが」痛み止めが効いてきたのか、ようやく吐き気が落ち着いた私の肩に、婦人科医がポンと手を乗せた。「この病気はどうしても、治療の過程で妊娠が難しくなります」

 場所が場所だけに、なんとなくそうじゃないかとは予想できたが、実際に言葉にされると辛い。

「本来、治療を開始する前に妊娠、出産するという方法も無いわけではないのですが、貴方の今の状態だと母体にも赤ちゃんにも危険が大きすぎます。これ以上悪化して、緊急手術となったら、卵巣、子宮、恐らく腸の一部も取らないといけません。そうなると、一時的に人工肛門ということも考えられます」

 私は途方にくれた。これから先、まだ長い人生、迫り来る人工肛門の恐怖に震えながら、持病を抱えて生きていくことになるのだ。

 入院することとなる病室へと運ばれ、一段落着くと、夫は「どうだった?」と尋ねてきたので、私は聞いたままを話し伝えた。

「すぐ死んじゃう病気じゃないなら、よかった」と夫は言った。「妊娠のことだって、心配しないで。気にしなくていいから」

 実際、子供を作らずにずっと夫婦二人でもいいと話したことがあった。

 そうは言っても、孫の顔は見たいものなのではないだろうか。両親や、義理の両親に会わせる顔がない。他の人は、当たり前のように出来ていることなのに、どうして私には出来ないんだろう。

 そんな気持ちが顔に出ていたのかもしれない。夫が不意にこんなことを呟いた。「幸せになって」

 突然のその言葉に驚きながら、私は意外にもすんなりと「幸せだよ」と答えていた。「それならよかった」と夫が頷く。


 入院に備えて着替えを取りに家に戻った夫は、一体何日入院させるつもりなんだと思うほどのたくさんの着替えと、退屈しのぎの本や漫画を読みきれないほど持って戻ってきた。寂しくないようにと、私が大切にしているぬいぐるみを枕元に並べ、ティッシュや飲み物や、使う頻度の高いものはここにあるからと説明する。ようやく落ち着き、少し話をした。

 やがて面会時間を終えて、夫は帰ってしまう。婦人科だから、女性しかいない病棟なので仕方がない。

 しばらく眠っていたと思う。目を覚ました時、また激しい痛みに襲われていた。慌ててナースコールを押す。駆けつけた看護師にとても痛いと伝えるが、昼間に痛み止めを打ってからまだ時間が経っていない為、すぐ次を打つことはできないと言う。

 多分、卵巣が炎症を起こし、腫れているのだろうと看護師は言った。本来どの程度の大きさであるのかすら定かではなかった私の卵巣は、今や両側とも倍以上に腫れ上がっているという。下腹部のほんの一部が痛んでいるとは、到底思えなかった。全身が辛い、苦しい。

 高熱が出ていた。看護師が持ってきた、その場凌ぎの保冷剤で冷やす。体中を冷やされながら、このまま死んで遺体になったら、やっぱりこんな感じで冷やされ続けるのだろうかと思った。

 看護師が居なくなってから、ふとトイレに行きたくなった。と言うよりも、恐らく腫れた卵巣に、膀胱が圧迫されているのだろう。下腹部に響くので、時間をかけてそろりそろりと起き上がり、床に足をつき、覚悟を決めて立ち上がる。背筋を伸ばすと痛むので、二足歩行への進化の途中みたいな中途半端な姿勢で、歩き出した。

 相部屋の女性が、寝苦しそうな声を出している。彼女も卵巣を患っているのだろうか。あくまでも婦人科であり、産婦人科ではないので、きっと似たような病気なのだ。

 トイレを出て、見回りの看護師と擦れ違った。

 「眠れませんか?」思いがけず気にかけてもらえたのが嬉しかったのは、多分心細かったせいだ。「昼間救急車で運ばれてきた時よりも、だいぶ顔色が良くなりましたよ。早く楽になるといいですね」

 翌日にはめでたく退院となり、夫の持ってきた山のような着替えは、ほとんど使うことがなかったのだった。


 退院してから、もうすぐ一年になる。私の卵巣と子宮は、新たな爆弾を抱えながらも、まだ辛うじて私の一部であり続けている。






(頂いた講評)

・題名にエッセイは不要。自身の体験・手術と重なり、悲しかったことを思い出した。体に気を付けて。


・突発的な事件がよく克明に描かれていて、臨場感がある。余計なことが排除されていて一気に読める所にも、好感が持てる。


・激痛に襲われたときの情景がよく書かれている。書き出しの二行は不要。読者に「なんだろう」と思わせるために。


・文章が的確で事態の推移も上手に書けている。力量は十分だから、書き続けてほしい。


・若い感性から溢れ出る文体が爽快。まとまっていて、次作も読んでみたい気がする。書く方にも頑張って。題名にもう一工夫を。「激痛」とかは?




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