出会い
喫茶店を出てから三時間後。
僕は電車で十分ちょっとの隣町に来ていた。
隣町についてからは徒歩で、色々と寄り道をしてきた為にかなりの時間がかかってしまったが、僕が訪れた場所とは墓場だった。
そこそこ長い階段があり、それを上がりきった先にある墓場には三列位の段差区切りで数多くのお墓が並んでいる。
僕は菊の花束を片手に、迷わずに中段にある一つのお墓の前へと足を運んでいた。
そのお墓には“夢見一家之墓”の文字が刻まれている。
僕は必ず一年に一度、此処に眠る幼馴染、夢見江利香の命日の前日にここにやってきている。
毎年の事ながら、此処に来ると、心臓が誰かに握られているかのように苦しくなる。
そのお墓の前で花束を片手に佇み、空いてる手で強く拳を作り、眼を固く閉じる。
そうするだけで、僕の中にある当時の感情が渦を巻いて、心中で大きな竜巻を発生させる。
ーーー後悔、後悔、後悔。
仕方のない死ーー例えば、病や寿命。
それなら幾分の納得や区切りはつけられたかもしれない。
ただし、彼女の死だけは防げたかもしれなかったものだけに、僕の中からその念が消える事がない。
僕は眼を開け、そっと膝をついて、花束を墓前に添えた。
そして、両手を合わせようとしたその時だった。
「差し出がましいようですがーー」
と、どこかで確かに聞いた覚えのある声が、僕の左側から飛び込んできた。
反射的にすぐ、その声の主を確認する僕。
そこには何とも場違いな真っ白い衣装を全身に着飾ったいつかの探偵、白夜叶愛が立っているではないか。
余りに驚いた僕は、その場で自分でも驚く程の早さで立ち上がっていた。
「は、白夜さん!!え、なんで此処に!?」
と、問いかける僕を彼女はスルーし、一つ咳払いを入れてからこう言った。
「差し出がましいようですが、そこに江利香さんは眠って居ません。
此処に来る事で江利香さんに会っているつもりになっておられるなら、それは自己満足極まりない貴方の勝手な妄想です。
差し詰め、妄想と言う名の亡霊に取り憑かれてしまっておられる御様子。
一度、御祓にいかれては如何でしょうか?」
綺麗な声、綺麗な顔、綺麗な髪、綺麗な言葉。
これだけの端麗さを全面に揃えておいてのこの毒舌。
ーーこれは夢か?…いや、そんな訳がない
ーー此処に白夜叶愛が白装飾でいきなり現れた衝撃などはもうすっかり、何処かに吹っ飛んでしまい、僕の頭の中では火打ち石が音を立てていた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!いいですか、白夜さんーーはい、聞きたい事は山程あります!
どうして此処に居るのかとか、どうして江利香の事を知っているのかとか、どうしてあなたの事務所に連絡をいれたにもかかわらず、僕に折り返しの連絡がこないのかとか、どうして墓場に来るのにその服装のチョイスなのだとか!
でも、それらの疑問は取り敢えず置いといてもいいです。
一番気になるのは僕がどうして今、あなたにそこまで嫌みを含んだ毒を吐かられているのかって事です!」
僕の並べた言葉に白夜叶愛は少し驚いたような顔をしながら、小さく手を叩いている。
そして「正常な反応です」と、一言。
ーーこれは、馬鹿にされているのだろうか?
僕がそう思っている間に彼女は名刺を取り出し、僕に近づいて、それを渡しにくる。
「申し遅れました、私、白夜探偵事務所で所長を務めさせていただいてる探偵の白夜叶愛と申します」
「いや、知ってますから」
僕がそう言って右手で名刺を突きかえすと、彼女は「え?」と、声に漏らしながら眼を丸く見開いて、本気で驚いていた。
これが僕と彼女の再会だった。
白夜叶愛との突然の再会があった中、お墓には花だけ添えて、墓地を出て肩を並べて歩く僕と彼女。
どうやら、彼女も僕と向かう方向が同じらしく、取り敢えず一緒に歩く事になったのだ。
そのついでと言っては何だが、彼女自身すっかり忘れてしまっている僕と彼女の出会いを僕は丁寧に一から説明した。
「ーーあぁ、そうだったんですか!」
僕から初めて出会った時の話を聞いて、彼女は納得したような笑みを浮かべ、両手の平を合わせた。
「そう言えばそんな事があった気がします」
彼女が言う。
「ここまで説明して、まだ“気がする”ですか?言っときますけど、まだ四日前の出来事ですからね」
「あ、そうなんですね。
すいません、多分、あまり興味がなかったんですね、私の」
言って彼女は笑う。
その笑顔がまた可愛いのなんのーー
だが、それを差し引いても彼女の口から出るさり気ない毒ある言葉だけはいただけない。
今だって「興味がない」とはっきり言われたこちら側としては少々傷つきもする。
この話はやめよう。
こちらにメリットがない。
ーーと、此処で先程の墓地での話を持ち出す。
「そう言えば、まだ聞いてませんでしたけど、さっきの墓場ーー」
まで、言った所で
「毒がどうとかって言ってたアレですか?」
と、被せてきたので「いえ、それはもういいんです」とだけ言って、その内容は取り敢えずかわす。
「どうしてあそこにいたんですか?
お墓参り…って訳でもないですよね?」
「あぁ、それは、依頼があったからです」
「依頼?」
「はい」
すんなりと答えられ、僕としては余計に首を傾げる事になった。
「え、どういう依頼だったんですか?
依頼主はーー」
そこまで訊いてハッとした。
彼女が立ち止まったから、というのもあるが、その場所こそ、僕も今まさに訪れようとしていた場所だったからだ。
住宅街の一角に立つ一軒家の前。
表札には“夢見”の文字。