エピローグ
そうして、喫茶店Happinessを後にした僕は、駅に向かう道を少し遠回りして、例の桜並木の下にやって来ていた。
白夜叶愛と最初に出会った桜並木の道。
気持ちを切り替えよう。
気持ちを切り替えたーー
そう思いながら、全然切り替える事の出来ていない僕である。
今や桜が少しずつ散って来たその道は、桜並木と称するには少し寂しげな道になりつつもあったが、僕は黙ってその道を歩く。
やはり、と言うかは、当たり前。
彼女、白夜叶愛の姿などはない。
その時だった。
僕の携帯電話が鳴り、着信を知らせた。
相手はーー白夜叶愛だった。
このタイミングーー
どこかで見ているかのような、正にドラマの中のシチュエーションのようなタイミングだった。
「もしもし?!白夜さん?!」
電話に出て直ぐに声を張る僕。
『……』
「白夜さんですよね?!」
『……うるさい』
間違いなく、白夜叶愛の声だった。
「あ、すいませんーーあれから何の音沙汰もなかったもんですから…」
『電話くらい直ぐにかけてくると予想してたんですが、そうでもなかったので』
「する理由が見つからなかったんですよ」
『と言う事は、夢見さん一家に報告しに行く予定を遅らせ、まだ行っていないという事でしょうか?』
「どうして分かったんですか?!」
『貴方の性格なら、報告した後は私に夢見さんの反応を知らせると推測しただけです』
そう言われ僕は、沙奈江さんに電話で大体の真相は伝えている事と、これから夢見家に最終報告として例のノートを返しに向かうという旨を白夜叶愛に伝えた。
『ーーそうですか。
では、その後で構わないので、一度こちらにお越し頂けますか?』
「事務所にですか?」
『はい』
「えっとーーまた仕事に関する何かですか?」
『いえーーそういう訳じゃないんですが、ツケにしておいた依頼料をそろそろ請求しておきたいだけです』
ーーあれは本当の意味だったのかよ!
僕は心中で苦笑いしたが、まぁ良しとしよう。
こうして再び、白夜叶愛と会話が出来ているのだから。
「あ、はい、分かりましたーーあ、所で白夜さん」
『ーーはい?』
「ずっと訊きたかったんですけど、白夜さん、最初に出会った時、どうして僕の職業が分かったんですか?」
『貴方の素行調査の報告書を結に貰ってたからです』
最後の最後に推理も元も子もない結論を叩きつける名探偵である。
だが、白夜叶愛はこうも続けた。
『まぁ探偵っぽく言わせてもらいますと、眼が充血していたのが見てとれた事。
出版社の封筒を持っていた事。
それらが理由です。
でもそれだと編集者と推理する方が正しいので、やっぱり最初から知っていたと言うのが本当の所です』
「あぁ…なんかそれ、身も蓋もない話ですね」
『…新橋さん』
「はい」
『脈略のない話で申し訳ないんですが、運命って信じますか?』
「運命?」
以前にも同じ質問をされた気がする。
「その質問って前にーー」
『黙って』
質問されて、答えようとしたら、言葉を遮り、そう言われた。
理不尽極まりない台詞である。
僕は駅に向かって歩き出しながら、彼女の言葉に耳を傾けた。
『私は信じる派なんですよ、新橋さん。
私は最初、夢見沙奈江さんにお墓に花を毎年供えてくれる人物を探してもらえないか、と依頼されました。
同時に舞さんからの依頼の時期が重なりました。
両方の捜査対象が“偶然”にも貴方でした。
たまには外に出てみようと、桜並木の道を通り、そこで出会い、貴方が私に声をかけたのは“二つ目の偶然”です。
貴方と舞さんが調査報告後に別れて、貴方が私の事務所に電話をして来たのは“三つ目の偶然”です。
貴方と私が墓地で再会したのは“四つ目の偶然”です。
そしてーー』
ここまで聞いてしまえば、この後に言われる言葉は何となく予想がついてしまう。
同時に僕は思ってしまった。
白夜叶愛が僕を事務所に呼び出したあの時。
偶然の本質について、持論を持ち出したあの時。
あれが雑談?
とんでもない。
あれが“あの時”の本題だったとしたらーー
白夜叶愛の性格を考えれば“言おうとして言えなかった”なんて事は大いにあり得る話だ。
僕は足を止め、唾を飲んだ。
動悸が鳴り止まない。
もしかするとーー
もしかすればーーだ。
『私が貴方の事をいつの間にか好きになってしまっていた。
それが“五つ目の偶然”ーーいえ、運命』
「えぇ!!?」
勿論、驚く。
驚くよ、そりゃ。
どんな奇跡が起きたのかと。
夢なんじゃないかと。
自分に対して疑心暗鬼である。
ーー夢見心地である。
『江利香さんが貴方を好いていた事。
舞さんに対する未練。
それらの現実と向き合う時間は与えて差し上げたい所ですが、この一週間考えて私も決断しました。
私と付き合ってください』
「はぁ?!ちょっと待ってください、白夜さん!
マジで言ってます?」
『女性の告白を聞き返すなんて不躾な事、やめていただいてもいいですか?』
「す、すいません…」
『私は束縛が強いです。嫉妬心も人一倍です。毒も吐きます。可愛げのある性格でもありません。
でもーー』
一旦区切る。
『でも、貴方の傍にいたい。
貴方の人を真っ直ぐ見る姿勢に、包容力に、私は惚れたんです』
「……」
『鳴かないなら鳴くまで待とうと携帯を放置していたこの一週間も、気が気でなりませんでした。
新しい恋人が出来ていたりしたら、と』
鳴かないなら鳴くまでーーって。
あなたは家康か!
そんなユニークなツッコミをかましながらも、僕は心踊る気分だった。
彼女の告白を受けるか受けないかは別としても、白夜叶愛に惚れられた事は僕の今後の人生の最大の自慢になるだろう。
しかし、僕が白夜叶愛に好かれるなんて要素、どこの場面を思い出しても皆目、見当がつかないがーーだが、どうやら、白夜叶愛と新橋尚弥の出会いは、運命と言っても良いらしい。
それだけは良く分かった。
そして僕の中では既に答えの出ている言葉を、彼女は言った。
『差し出がましいようですがーー
私を貴方の彼女にしてください』
ーーー完。
さて、ここで本作は完結と言う事になります。
まずはここまで御愛読頂きました読者の皆様に多大なる感謝をするばかりです。
本当にありがとうございます。
つきましては少しばかり余談です。
新橋尚弥というキャラクター目線で物語を追って来た本作ですが、推理小説と言うよりは人間ドラマに近しいものになってしまったかもしれません。
推理ものは執筆する身としては実は苦手分野で殆んど初めての挑戦でした。
読みにくい所は多分にあったと思いますが、気が向けば指摘などを頂けると有り難いです。
四月頭から書き始め、プロットも出来てなけりゃキャラクターも出来上がっておらず、探り探りで試行錯誤しながら執筆していました。
結果、伏線の回収が凄く大変な事になりました。
反省する限りです。
もしかしたらほったらかしになっている伏線などもあるかも知れません笑
人気があれば、続編や短編シリーズも書いてみたい気はしますがーー
そうじゃなくても書きたくなったら書くような気もします。
やっぱり、白夜叶愛と新橋尚弥のその後だったり
桜井結の彼氏の存在だったり
語れなかった部分、ぼかした部分というのは多いので、いつか書いてみたいです笑
感想や評価は無理にくれとは言いません。
ただ、もし、気が向けばでいいのですが、誤字脱字などを見つけた際にはそれだけでも教えて頂けると幸いです。
それでは皆様に次作でもお会いできる事を願いつつーーーNever again
See you ( ´ ▽ ` )ノ