気持ち
「さっきから黙っておられますけど、まさか自分は無関係だなんて思ってませんよね?
貴方も南條さんと同罪ですよ。
あの日、江利香さんを自宅から職場まで送ったのは貴方だそうじゃないですか。
南條さんにお聞きしました。
最後まで責任を持てないなら、送り迎えの片方だけを引き受けるなんて中途半端な真似はやめたらどうです?」
「あ、いやその…」
言葉詰まり詰まりになりながら、風見若菜と石上三登志の表情をチラチラ窺う折原康太。
白夜叶愛はそれをひと睨みして、言葉を続けた。
「あぁ、そう言えば、貴方は貴方で江利香さんが決死の思いで打ち明けた相談に中途半端な答えを返したんでしたね」
「いや俺はちゃんと相談に…」
「何が“ちゃんと”ですか」
白夜叶愛は吐き捨てるように言う。
「強者に媚びを売ってその後ろについていけば思い悩まないし、傷つかない。
ーーよくもまぁそんな事を恥ずかしげもなく言えましたね。
そんなものはただの妥協じゃないですか。
自分で考えるのをやめ、自分の足で道を作るのを諦めたただの妥協です。
分からないんですか?
そういうシステムがあるからいつまで経っても学校ではイジメが無くならず、社会では差別とパワハラが生まれ続けるんです。
どうして自分の考え方を持とうとしないんですか?
他人の考え方に準じて生きていくなんて、そんなの死んでるも同然じゃないですか。
人の顔色ばっかり窺って作る物語に中身がないのと同じように貴方の人生には中身がない。
そんな持論を他人に偉そうに語らないでください。
聞いているこちらが不愉快です」
最早、毒舌と言うよりは容赦がない言葉と言った方が正しいかも知れない。
「そしてーー」と、白夜叶愛。
「石上三登志さんと風見若菜さん。
貴方達二人はこの店のトップに立つ人間ですよね?
その立場の自覚があるんですか?
特に、風見若菜さん。
貴方の考え方や価値観は口にして、言葉にして初めて伝わるものなんです。
もっと早い段階で相談するべきだった、と江利香さんに苦言を呈する前に貴方が江利香さんに“もし何か悩んでるならいつでも話聞くよ”ぐらいの声をかけてあげるべきだったんです」
「いやほら、僕は店長だからそんな事を言っても言いにくいかなってーー」
「そんな事は問題じゃない」ーーと、白夜叶愛はきっぱりと言い切った。
「それは貴方の勝手な言い分です。
声をかけてもらえなかった側から見ればただの言い訳です。
確かに店長が相手ではそう言われた所で話しにくいかも知れない。
でも、貴方が江利香さんの事をちゃんと見てあげている事は伝わるんです。
心配してあげてるその気持ちは伝わるんです。
その一言だけでも江利香さんの気持ちは救われたかも知れないんです。
たった一言で伝わる思いをどうして口にしないんですか?
“言わなくても分かる、自分がそうだから”なんて思ってませんよね?
その若さでその立場に立ってるんですから賢いだろう、と認識してた次第ですがもしそう思っていると言うのならば、貴方は賢さを一周してしまってます。
皆んなが皆んな、同じ思考回路を持っている訳じゃありません。
言わなければ伝わらない事も、たった一言で伝わり過ぎて傷ついてしまう人も居るんです。
私達は超能力者じゃないんですから、言わなくても伝わる事なんて本当は一ミリだってないんですよ。
何となくで感じとれても一語一句思ってる事を言い当てるなんて事、私ですら不可能です」
と、そこまで言って視線が石上三登志に切り替わる。
「確かに当時、このお店はマスコミや警察に叩かれ大変だったでしょう。
でもその裏で、夢見さん一家も同じように警察やマスコミに押しかけられ、辛い思いを味わっていたんです。
何が問題かーーこれら全てが問題なんですよ、石上さん。
どんな時でも貴女の言葉一つ一つに責任と重みがある事を自覚してください。
人の上に立てば立つほど自身の言葉には重みがつく事を理解してください。
社員達の中では紅一点の貴女が江利香さんの相談に乗っていれば、今回の結末は違うものになっていたかもしれません」
それぞれに言い分はあっただろう。
項垂れている者もいれば、睨みを利かせている者、未だに他の人間の顔色を窺っている者、下唇を噛んでいる者、それぞれだ。
ただし、今回は人一人の死がそこに関与しているとだけあって、白夜叶愛にここまで言われた後、反論や異論を述べる人間はこの場には居なかった。
「私が言いたかった事は以上です」
この日の推理ショーは白夜叶愛のこの最後の一言で幕を閉じた。
推理ショー。
そんな大層なものでもなかったが。
なんとなく。
消化不良ーーそんな気分だった。
その日の午後。
お昼過ぎ。
正確には一時半頃。
僕と白夜叶愛は二人して並んで歩き、ある場所に向かっていた。
そこに桜井結の姿はない。
「白夜さん、一つ訊いてもいいですか?」
歩きながら、僕が切り出した。
視線は歩く先を見据えている。
「なんですか?」
澄ましたような口調。
落ち着き払った声だった。
「いつから自殺だって決めていたんですか?
やっぱり、南條哲さんから話を聞いた時?」
どんな話をしたのかは全く知らないのだが。
「違います」
白夜叶愛はきっぱりと、はっきりそう言った。
そして、そのまま言葉を繋げるーー「最初から」と。
そして繰り返す。
「最初から気付いてました。
新橋さんに喫茶店でお話を伺った時から」
「はい?でもあの時、白夜さんは確かに他殺説を語ってたじゃないですか」
「その時はその時です」
と、僕の言葉は一蹴される。