気持ち
「亮治、お前…」
と、風見若菜が声をかけている間に、石上三登志が誰よりも真っ先に白夜叶愛に視線を戻す。
「それで?探偵さん。
亮治がその現場工作をした犯人だったとして、何が問題なのさ」
石上三登志の台詞。
白夜叶愛はそれを呆れたように、鼻で軽く笑った。
怖いもの知らず。
度胸が据わっている。
僕から見ればそうだが、あちら側から見れば、白夜叶愛のこの態度は“ただの生意気な探偵”だろう。
「立派な捜査撹乱ですよ。
この町の警察がただの税金泥棒だったからーーいえ、此処は優秀と言っておいてあげましょう。
事件は正しい真実を見て解決に至りましたが、当時、その不自然な靴一つで誰かが犯人扱いされる可能性だってあったんです」
「私が言いたいのはーー」
「そうですね、でもそれは大した問題ではないかも知れません。
終わり良ければ全て良しとも言いますし、結局は結果が全てでしょう。
何が問題か、強いて言うならその発言が問題でしょうね」
聞く耳持たずのスタイルで最後まで言い放つ白夜叶愛。
その頃には石上三登志も勢いを完全に殺され、下唇を噛んでいた。
「いいですか皆さん!」
と、一度声を張る白夜叶愛。
「私は別に過去の事件を掘り返し、皆さんを吊るしあげたい訳じゃないんですよ。
ただ真実を明らかにしたい、私が求める所とは結局その一点のみなんです。
この中に今現在の夢見江利香さんの御家族の気持ちを知っている方は居ますか?
この中に今現在の夢見江利香さんの御家族がどんな想いで毎日を過ごしているか考えた事がある人が居ますか?」
そこまで言って社員達に背中を向け、歩き出す。
僕の横を通り過ぎていく。
「夢見さん一家は三年前、たった一人の愛娘を失いました。
勿論、それが自殺であった以上、一番の責任は自殺者本人にあります。
ただし、貴方方誰一人にもその自殺に対する責任はないんでしょうか?」
言いながら桜井結の横も通り過ぎる。
そして、この部屋にある唯一の椅子を通り過ぎた所で社員達の方に振り返る。
何をするつもりか。
そう思った時にはガンッ!ーーと、乱暴な音と同時にその椅子が僕の眼の前を通り過ぎた。
いや、飛んで行った。
ガシャンッ!!ーーっと社員達の前に椅子が落ちる。
何が起こったか、恐らく誰も分かっていないだろう。
この場にいた僕ですらすぐに理解出来なかった位だ。
白夜叶愛が椅子を蹴り上げたのだ。
白夜叶愛が椅子を蹴り飛ばしたのだ。
「な、何するんや!ワレ!!」
乱暴な言葉を提げながら社員達の前に乗り出す藤浪亮治。
他は明らかに白夜叶愛のいきなり過ぎるアクションに度肝を抜かれている。
「それはこっちの台詞ですよ!!」
白夜叶愛の怒声が響いた。
綺麗な声が、空間に張り詰められ、一瞬で沈黙が生まれる。
桜井結はこの局面に至っても微動だにしてないが、笑顔は消えている。
「あなたどうしてーー自殺現場を工作し直すなんて真似をしたんですか?」
「せやから、そいは…あん時のワイも考え方が浅はかやったけど、ワイなりに周りに迷惑かけんようにとーー」
藤浪亮治がそう言いだした瞬間に、白夜叶愛は早歩きで距離を詰め、藤浪亮治の発言を遮り、胸ぐらを掴んで近くの壁に強く押さえつけた。
「だから!!私が言ってるのはそういう事じゃないんですよ!
分からないようなら噛み砕いて説明して差しあげましょうか?
あなた、江利香さんが自殺する現場を見てたんでしょ?!
だったらどうして、その時に救急車を呼ばなかったのかって言ってるんですよ!!
人が眼の前で自殺してるのを目撃しておきながら貴方はそれを放置した!
それだって犯罪に問われてもおかしくないんです!!」
当然だが、ここまで憤りを爆発させ、ここまで声を荒げている白夜叶愛の姿は初めて見る。
僕だってこの社員達に言いたい事はさっきからどんどん出てくるのだが、その発言を許さない言葉と感情の先取りをされているかのようだった。
いや、恐らくはそうしているのだ。
自分が全ての悪役を担いながら、それでも正義を貫く。
それがこの名探偵、白夜叶愛なのだ。
藤浪亮治から手を離し、この時点で再び僕の眼の前にその後ろ姿を置いた白夜叶愛は、社員達の表情を今一度視線で辿る。
そして、今さっきまでとは一転して静かな語調で発言。
「夢見家一家の皆さんは知りたい筈です。
どうして、江利香さんはこの世から自ら命を絶つことになったのか。
どうして、江利香さんは自ら命を絶つ以外に自分の心を救い出す方法が見出せなかったのか。
どうしてーー」
そこで、俯く藤浪亮治を見る白夜叶愛。
「救急車を呼んでくれなかったのか。
助けようとはしてくれなかったのか」
再び視線の先を戻す。
「確かに自殺という行為は批判されこそすれ、推奨されるものではないでしょう。
自殺はしてはいけない。
自殺なんてあってはいけない。
自殺があるような社会であって良い訳がない。
人の上に立ち、下に連なる子達にとっては人生の先輩に当たる貴方達はきっと辛い過去を幾度と乗り越え、歯を食いしばり、それこそ血の滲むような努力をしてそこに立っている事と存じます。
だからと言って同じやり方を下に押し付ける事や当てはめる事は違う事だとは思いませんか?
根性論を語る事は悪い事ではありません。
ですが、それを理解出来る若者が今の世の中にどれほど居ますか?
根性さえあればーーなんて言葉でそれぞれのするべき努力を一括りにしないでください。
どんな厳しさにも愛情は必要不可欠なんです」
「俺はちゃんと愛情を持って接してるつもりだったよ」
と、南條哲。
「その愛情がどれだけ相手に伝わっていますか?
南條哲さん、貴方、江利香さんが自殺する数分前まで江利香さんと藤浪さんと一緒に此処で働いてたんですよね?
貴方は用事があるからと言って、仕事が終わり次第、嵐の中すぐに車で当時の恋人の家にお出掛けになった。
そうでしたね?」
「あぁ」
「その用事は急を要する事だったんでしょうか?
恋人に会いに行くーーなんて用事がそこまで大事でしたか?
例えばあの日、貴方が江利香さんと藤浪さんを車で送ってあげてさえいればあの日の悲劇は防げたかもしれない。
違いますか?」
「……」
「与えてる“つもり”だけの愛情に一体どれほどの価値があるんでしょうね。
相手に伝わらない気持ちなんて自己満足以外の何物でもありませんし、一円の価値にすらなりませんよ。
優しさも愛情も一歩すれ違うだけで全く違う感情になり得る事を理解してください」
そこまで言い終えると今度は折原康太へと視線を移した。
「さて、折原さん」
少しずつ白夜叶愛の語調に強気な姿勢が戻ってくる。