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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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気持ち

 

「私は自分が探偵としてーーいえ、自分が自分の理想であり続ける為として、依頼人と依頼人の周りの人の幸せを常に考え、最良の結果へと真実を導く事を仕事上のポリシーとしています。

 今日、皆さんに此処に集まって頂いたのはそのポリシーに準じて行動した為とも言えます」



「前振りはもういいでしょう、探偵さん」



 南條哲が言った。

 意外に渋く、低い声だった。


 白夜叶愛は眼を閉じ「そうですねーー」と、言った後、再び眼を開いた。



「ではまず、例の事件を振り返ると同時に、あの事件の時、夢見江利香さんと夢見江利香さんの身の回りで何が起きたのかを明らかにしていきましょうか」



 と、言うと白夜叶愛は急に振り返り、僕の方を見た。

 社員達には背中を向けている。



「まず今回の事件ですが、私は警察からのお話を聞く限りでは他殺だと疑ってました。

 ですよね、新橋さん」



「あ、はい」



 ここで僕に振ってくるのか。

 そこで白夜叶愛は横を向いて歩き出す。

 僕側からも、社員達側からも白夜叶愛のそれぞれの横顔が見えるようにして。



「でも、それは間違っていました。

 やはりこれは夢見江利香さんの自殺で最初から間違いはなかったんです」



 前進して行き止まると、踵を返してまた前進。

 それを繰り返しながら、話を止めずに語り続ける。



「ただ、そうなると、私の推理を聞いた尚弥さんはすぐに思い当たるでしょうが、どうしても不自然な部分が一箇所だけ取り残されてしまいます」



 靴だ。

 綺麗に揃えられていた靴。

 僕がその答えを自分の中で見出したのは白夜叶愛の次に発する言葉よりも早く、ほぼ反射的だった。

 それは彼女も察知していたのだろう。



「そう、靴なんですよねぇ…靴」



 独り言の様に言ってから、中央で再び足を止め、今度は社員達の方を向く。



「頭の良い方ならもうお気付きかもしれませんが、何が不自然なのか分かります?

 因みに警察は靴が綺麗に揃っていた“から”自殺に結びつけました。

 当時は遺書も見つからなかったそうなので、決め手がそれしかなかったそうなんですよ。

 自殺で決定付けてしまえる決め手がね。

 でも、あり得ないんですよ。

 靴があそこにあの状況で残っていられる訳がないんですよ。

 江利香さんが身を投げて自殺をしたあの日、あの日は雨だけじゃなく、風も強かったんです。

 靴がそんな嵐の中で綺麗に揃えられたまま翌日を迎えるなんて不可能なんですよ」



「何が言いたいんすか?」



 ここまで黙っていた折原康太が口を開いた。

 少し苛々したような、そんな語調。


 白夜叶愛はそれを相手にせず、此処でまた眼を閉じる。

 両手を後ろに回し、眼を閉じたまま一度深呼吸する。


 そこから数秒の沈黙が生まれた。

 息が止まったんじゃないのか、と思わせるくらい、ピタリと動きが止まった白夜叶愛の様子をその場の全員が息を飲む形で窺っていた。


 ただ一人、桜井結を除いて、だ。

 彼女だけはこの後の展開が全て見えているかのように、いつもの様にニコニコしている。

 場慣れしている様子だった。



「あのーー」



 痺れを切らして、風見若菜が何かを発言しようとした時、それに被せるようにして白夜叶愛が「この中にーー」と、発言を再開した。



「この中に、夢見江利香さんが自殺する現場に居合わせた人が居ます」



 言いながら、眼を開き、鋭い眼つきで、その眼光を社員達全員に向ける。

 それは彼女の斜め後ろから見ていた僕にでもはっきりと分かる、彼女が初めて表に出した敵意。

 敵対意識ーーいや、怒りだった。



「その人物は江利香さんが自殺するその現場を見ていながら、現場が自殺に見えるようにわざわざ後で現場工作しに戻ったんです。

 ご丁寧に江利香さんがその場に残した靴だけを回収して、後から持ってきてーー

 その人物がそんな事をした理由は恐らく一つでしょう。

 自殺という行為の無責任さが許せず、江利香さんの死後、それがすぐに自殺だと判明しなかった場合、警察の長期捜査により周りの人間に余計な迷惑がかかると思ったから。

 それこそ、この飲食店、SENGOKUZIDAIにも。

 まぁ、若気の至りとでも言うんですか?

 その考え方自体が何とも浅はかで。

 警察の事は思惑通りに騙せたとしても、お店にかかる迷惑まではそんな事で消える訳がないんですよ。

 此処で働いていた江利香さんがこの職場の近くで自ら命を絶ったんです。

 誰だって此処で何かがあったんじゃないかって思います」



「ちょっと待ってくださいよ、探偵さん。

 そんな現場工作なんて、一体誰が…

 そんな事をする人間はうちにはーー」



「風見若菜さん。貴方、本当にそう思ってるんですか?」



「どういう事ですか」



「私が一見する限り、貴方がこの無能そうな社員達の中で一番頭が良さそうに見えたんですがーーなるほど、貴方は一周して馬鹿だと言う事なんですね」



「はぁ?あのですね、あなたいくらなんでもーー」



「結構です」



 白夜叶愛は自身の左の手の平を突き出し、風見若菜の言葉を遮断した。



「後ろの二人と私は違います」



 後ろの二人、とは僕と桜井結の事だ。

 白夜叶愛は左手を下ろして続ける。



「私は貴方の価値観にも考え方にも思想にも全く興味がありません。

 寧ろ、くだらないとさえ思います。

 誰の価値観を聞いても私は私の価値観を変えるつもりはないし、誰の考え方を押し付けられてもそれに従って生きるつもりはない」



 そう言われてしまえば、風見若菜側としては黙るしかないだろう。

 何故なら、眼の前のこの強気な女探偵はどんな意見も受け付けない、と、そう言っているのだ。

 だったら、それに対して異論を放つ事さえ受け付けないだろう。


 風見若菜が口を黙した所で、白夜叶愛は一呼吸置き、自身の言葉を繋げた。

 最初の風見若菜の疑問に答えた。

 一体誰が…ーー

 一体誰が、自殺現場を他者から見ても分かりやすいようにわざわざもう一回現場工作したのかーー

 その答え合わせだ。



「では、そろそろ宜しいでしょうか?

 と言うより、ここまでくれば自ら名乗り出て欲しい所ですが、私の推理に間違いがあるならお聞きしますよ?

 ご立派な自殺反対論を掲げ、自殺行為は無責任だと語り、そう、(まさ)しく要らぬお節介焼きのーー藤浪亮治さん」



 白夜叶愛の指した名前。

 白夜叶愛の刺した眼光。

 それと同時に全員の視線が藤浪亮治に集中した。


 いやーー全員ではない。

 南條哲はそちらを見ていない。

 違う方向に顔を伏せている。

 それに、桜井結もだ。

 眼を閉じて頷いてるだけで、視線すらどこにも当てていない。

 どうやらこの二人はこの真実を予め知っていたようだ。




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