気持ち
そこからーー
どこに行くのかと思いきや、結局、店の裏口に回っただけだった。
白夜叶愛は裏口に回るなり、何の躊躇いもなければ、ドアをノックする訳でもなく、スタッフ専用とプレートが貼られた扉を開け、中へと入った。
勝手に閉まりそうになった扉を桜井結が止め、再度人が通れるくらいに開くと「どうぞ」と、いつもの笑顔で僕を先に促してくれた。
ーーあぁ、僕もう本当に君が彼女であるその男性が羨ましくて仕方がないよ。
ーーそんな事言ってもどうにもならないので
「ありがとう」
と、桜井結にお礼を言って、白夜叶愛に続く形で中に入った。
店の裏側。
厨房の更に奥の空間。
または、厨房へと続く一歩手前の空間。
この飲食店では“バックヤード”とか“裏”と呼称されているらしく、従業員の着替えや荷物を置いたりする空間だそうだ。
意外に広々とした長方形の空間で、店の正面から見直すと何処にこんな空間が存在しているのかと頭を捻らす程だった。
出入り口はほぼ真ん中で、入って右側を見ると奥の壁にロッカーが見える。
三段ボックスをいくつも並べて、積み上げて作ったような簡易なロッカーだ。
続けてその横に黒いカーテンが円状に閉じるように天井に備え付けられている。
恐らくはそれが着替えルームだろう。
何から何まで手作り感が半端ない。
そこから少しだけ間を開けた所に机と椅子のワンセットがあり、机の上にはパソコンが乗っていた。
何分、飲食店の裏側などは初めての経験なのでそのパソコンが何に使われているかまでは僕には分からなかった。
後で聞いた話によれば、食材の発注や売り上げのデータなどの管理や店舗同士の情報交換などに使われているーーらしい。
続けて左側。
そこは思いの外、殺風景だった。
右側とのバランスが凄く悪い。
厨房に続く扉はこの左側にある。
バックヤードに入って左に曲がり右側の扉、それが厨房に続く扉になる。
さて、バックヤードの説明はこの辺にしておこう。
今大事なのは店の裏側がどうなっているかではない。
そんな事ではない。
これは小学生の社会科見学じゃないのだ。
僕が言いたかったのは、その何もない左側の空間の方にこの飲食店の社員達が集まっていた、という事だ。
店長の風見若菜、副店長の石上三登志、関西弁の藤浪亮治、怠惰で女好きの折原康太。
そして、黒い長髪を後ろで一本に縛っている口髭を生やした男性、この人物が探偵嫌いの南條哲だろう。
僕から見ればこの中では一番まともな人間そうにも見えるが、その実、結構な遊び人だという事だ。
定休日、と表に札が吊るしてあったにも関わらず、こうして此処に社員達が集まっているのは他でもない、先に入って左側を向いた今現在は彼らと向き合い、僕の右側に立っている名探偵、白夜叶愛の計らいなのだろう。
因みに僕の後に入って来た桜井結は僕と白夜叶愛の後ろに立っている。
「あ、どうもどうも、お待ちしてましたよ」
僕達が入って来たと同時に社員達の中から店長である風見若菜が一歩前に出て、第一声をかけてきた。
それに対して、白夜叶愛が手の平を見せる形で左手を突き出す。
「挨拶は結構です。
本日は陽気な語らいをしに来た訳でも、生温い聞き込み調査をしに来た訳でもありません」
白夜叶愛の台詞で、場の空気が一瞬で変わる。
迂闊に他の発言を許さなくさせる。
「改めまして、南條哲さん以外の皆様には初めまして。
私が白夜探偵事務所所長の白夜叶愛です」
「挨拶は結構」とはね返しておいて、自己紹介の挨拶をする名探偵。
両手を前で重ねて揃え、一歩前に出て、社員達の顔を見渡す。
「本日は定休日の中、こうして御足労頂き、誠にありがとうございます。
皆様にはどうしてもお話しておきたい事が出来ましたので今日集まって頂いた次第です」
「江利香の事かい?探偵さん」
と、口を開いたのは石上三登志だった。
「えぇ」
「あのさ、探偵さんが今更何を調べてんのか知らないけどさ、こういう事されるとこっちとしてはいい迷惑なんだよね。
今更昔の事件で色々と嗅ぎ回られて、休みの日まで呼び出されてさ。
こっちにも色々と都合ってもんがあるんだよ」
最初に出会った時から思っていたが彼女、石上三登志は白夜叶愛に負けず劣らずの強気な女性である。
だが、やはり白夜叶愛の方が一枚上手。
「今更?人が一人死んでいて今更も何もないでしょ?他人の事だと思って言いたい事言ってると揚げ足取られますよ?
もし、これが貴女の子どもの事なら、貴女は今と同じ言葉を一語一句言えたんでしょうか」
押し黙る石上三登志。
白夜叶愛は微笑を浮かべて、自分の話を続ける。
遮られた話を戻し、繋ぎ合わせる様に、語り出す。
「さて、今回、私はある人物に“夢見江利香さんが自殺に至った真実が知りたい”という依頼を受け、この調査に身を乗り出した訳なんですが、何分私も忙しい身で、ここまで時間がかかってしまうなんて思いもしませんでした」
そこで更に一歩前にでる。
「今、お話した通りですが、私に依頼された内容は江利香さんの自殺の真実のみを依頼主様にお伝えする事だけですので、本来なら此処で推理ショーを開く必要性はなかったんですよ」
「ほな、なんで開いとんねん」
空気の読めないツッコミ、藤浪亮治である。
関西弁キャラな以上、ツッコミをする場面には気を使ってもらいたい。
確かに僕も思ったけど。
今のはスルーしなければならない所である。
「此処にいる貴方達が馬鹿だからじゃないですか?」
サラッと毒つき、鋭い眼つきを藤浪亮治に対して返す白夜叶愛。
「なんやーー」
「知能指数の悪い猿と話しているとこちらのレベルが低くなるので大人の会話が出来ない様でしたら暫くお口にチャックで黙っていてもらってもよろしいですか?」
句読点一つ打つ所のないような早口で相手の言葉を遮り、同時により強く睨みを利かせて威圧する。
流石は白夜叶愛と言うべきか、相手は更にカッとしていた様だがその鋭い眼光に刺され言葉が詰まったようだった。
それを見て、再び自分がするべき話に戻る。