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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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気持ち

 

 ーー飲食店、SENGOKUZIDAI。


 僕がそこに到着したのは十一時半ばを少し過ぎた頃だった。


 僕を降ろしたタクシーが去るのを見送ってから、僕はその飲食店に近づいた。

 “定休日”と書かれた札が扉に掛かっている。


 沈黙ーーいやぁ、リアクションに困るよなぁ、これは…

 ーーそう思いながら、棒立ちの状態で突っ立っていたその時だった。



「遅い」



 決して近くから放たれた言葉でもなければ、別段大きな声で言われた訳でもなかったが、しかし、ハッキリと聞こえた。


 これは白夜叶愛の声だ、と、一瞬で認識し、振り返る。


 予想と言うよりは、確信通り。

 黒い長髪を風に靡かせながら、その身形は白い服に白い長丈のスカートと相変わらずの白ずくめで期待を裏切る事なく、白夜叶愛が駐車場からこちらに向かって歩いて来ている所だった。


 肌の露出こそあまりないが、大人らしい魅力を引き立てている、そんなファッション。


 全身一色という単調で単純なコーディネートを、難なくお洒落に着こなせてしまえる辺りはもう流石と言わざるを得ない。


 さて、今、正にこちらに歩いてくるその女探偵を僕はどう表現するべきだろうか。

 頭脳明晰。

 清廉潔白。

 饒舌多弁。

 どれもしっくり来ない。

 やはり此処は素直に、容姿端麗、と表現するとしよう。



「何ですか?」



 僕の眼の前まで接近して来た後、彼女が僕にそう言った。

 少し不機嫌そうな表情で。



「え、あぁ、いや別に」



 あなたの事を心の内側で絶賛していたんですよ、なんて言葉を発するなんて事はせず、僕は言葉を濁した。


 しかしまぁ、相変わらずの美貌である。

 この人はこの人でなるべき職業を間違えているんじゃないか、とさえ思う位だ。



「あれ、そう言えば結ちゃんは今日は一緒じゃないんですか?」



 ふと思った疑問を口にする。

 先の電話では確認出来なかった事だ。



「“今日は”って。逆に私があの子と一緒に居る所を見た事がおありですか?」



 呆れた口調でそう返ってきた。

 そして、言われて見ればそうである。

 いつの間にか白夜叶愛と桜井結はニ娘一みたいな発想をしていた僕だけれど、よくよく考えて見れば二人が一緒に行動しているのは見た事がない。


 そもそも、昨日に至るまでは“白夜探偵事務所の桜井”が“喫茶店で出会った結ちゃん”だという事にすら、僕の中で結びついていなかったのだから。



「あの子は来ませんよ」



 白夜叶愛は先に言った言葉に付け足すように言った。

 その直後だ。



「叶愛さーん!!」



 と、白夜叶愛の背後から大きな声を出して駆け寄ってくる女性の姿が見えた。

 桜井結である。

 白夜叶愛はそれに対して振り返る事もせず、溜息を零した。



「あ、尚弥君!おはよっ!」



 右手にコンビニの袋を引っ提げて、近づいてくるなり、僕に気付いてそう挨拶してくれる桜井結。



「おはよ、結ちゃん」



 僕の返した挨拶に桜井結はニコッと笑顔を見せる。

 一晩経って体調は全快したようだ。


 服装は少し大きめの黒い半袖シャツで真ん中部分に黄色い文字で“Never Again”と書かれている。

 下はお洒落として所々が破れているジーパンに動きやすそうなスニーカーで、白夜叶愛とは相反した個性全面主張の格好で、それがまた恐ろしく桜井結には似合っている。


 なんと言うか、昨日とは打って変わってボーイッシュな格好で決めて来たものである。



「叶愛さん、言われた栄養ドリンク買ってきましたよ♪」



 コンビニ袋からそれらしい瓶を取り出し、白夜叶愛に渡す。

 白夜叶愛はそれを受け取りながら「ありがとう」とは言っているが、どこか素っ気ない。



「尚弥君も飲む?」



「あ、僕はいいや。喉は乾いてるんだけど、栄養ドリンクとかはあんまり好きじゃないんだ」



 桜井結からの提案をそう言って断っていると、白夜叶愛が栄養ドリンクの蓋を開けながら「お子様ですね」と、さらっと毒ついてくる。


 ーーほっとけよ、と。

 口にすればたちまちこの場が戦場になりかねないツッコミを僕が心の鞘に収めた所で、桜井結が袋の中からお茶のペットボトルを取り出す。



「ごめん、さっきちょっと飲んじゃったけど、私の飲みかけで良かったらお茶もあるよ?」



 こう言う事をさり気なく行ない、男子をドキッとさせるのが桜井結である。

 いや、僕としてはね、うん。

 別に思春期の男子じゃあるまいし、今更間接キスなんて気にしないんだけど!

 全然、気にならないんだけども!



「いや、それはやめとくよ」



 丁重にお断りした。


 いや、気にするよ。

 可愛くて、彼氏がいる女子と、間接とは言え、キスという響きは頂けない。



「ん?あー…やっぱり飲みかけとか気にする系?私、もう一回コンビニまで行ってこよっか?何飲みたい?」



 とことん尽くす女子である。

 とことんモテる系女子である。

 とことんーー男子の理想像を体現した女子である。


 と、そこで白夜叶愛が僕と桜井結の会話に割って入る。



「はい、そこまで。結、別にこんな人にそこまでしてあげる必要性はないの。大して役にも立ってないんだから」



 至極その通りだが、酷い言われようである。

 白夜叶愛のですます口調以外の喋り方も新鮮だった。



「それと新橋さん、夢見さんのお宅から回収してきた物品とはその手に持ってるノート一枚だけでしょうか?」



「え?あ、あぁ、はい」



 此処でようやく白夜叶愛からのおつかいを終える僕である。

 僕がノートを手渡した後、白夜叶愛はその場でノートを開き、黙読を始める。


 ノートを捲る早さは尋常でなく早かったが、それでも僕と桜井結は十分程放置状態になった。

 その間に、桜井結は結局近くの自動販売機まで走って行って僕の為の飲料物を買って来てくれた。


 どこまでも気の利く優しい女子である。


 そして十分程が経過した後、白夜叶愛はノートをパタンッと閉じ、ふうっーーと、一息吐き出した。



「なるほど、そういう事でしたか」



 一人で呟く。



「何か分かったんですか?」



 と、僕。



「はい、これでようやく全てのピースがはまりました。

 では、そろそろ謎解きの舞台に上がる事としましょう。

 役者が揃ってお待ちかねです」



 白夜叶愛はノートを桜井結に渡して歩き出す。

 何も言わずに桜井結もその後に続く。

 出遅れて、僕も続いた。



 

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