気持ち
「冗談はともかく」
白夜叶愛は眼を閉じ、そう前置きしてから徐に話し出す。
「私は聞き込みをした捜査報告ではなく、聞き込みに同行した貴方の感想がどうだったか、という事を訊いてるんですよ、新橋尚弥さん。
貴方から見て、例の飲食店の方々はどう映りました?」
「え、あ、えっとーー」
言葉に詰まる。
どう映ったかーー
まさか、そんな事を訊かれるとは僕も思っていなかったから。
白夜叶愛は眼を開き、僕の眼をじっと見てくる。
「正直な感想を教えてください。
それが、貴方を同行させた理由の一つでもあるので」
「えっと…あまり良い印象は受けませんでした」
「と、言いますと?」
「皆んな言ってる事はそれぞれでしたし、考え方が違うって事も理解出来るんですけど、全員、自殺に関しては反対派っていうか、そこは共通してて」
「まぁ、自殺賛成派が居ても困りますけどね」
そう言って、肩を窄める白夜叶愛。
それはそうなんですけどーーと、僕は言葉を返して、その後に続ける言葉を自分の頭の中で探す。
思考する。
この場合、何という表現が正しいのだろうか。
無責任。
他人事。
それらとは少しズレている。
むしろ風見若菜にしろ、藤浪亮治にしろ、江利香の事をよく考えていてくれた位だ。
“後悔”という言葉を僕は二人から共通して聞いている。
でも、だからこそ、その後に彼らが掲げた“自殺は本人の責任”という言葉に僕は不快感を感じずにはいられなかった。
だったら、彼らの事が僕の眼にどう映ったかーーそれは明白な答えとして、僕の思考の先に残った。
「ーー偽善者」
急に発した僕のその一言に、白夜叶愛は何も言わなかった。
その答えが返ってくるのを分かっていたかのように、彼女は微笑すら浮かべて見せた。
「偽善者の集まりに見えました」
僕はもう一度繰り返した。
白夜叶愛は小さく小刻みに頷き、僕の眼を真っ直ぐ見入る。
「それは貴方が善人だから?」
「違います。僕も同じだからです。
僕もやっぱり、自殺という道を選んだ江利香が正しかっとは思えないんです。
でも、同じ領域に居るからこそ、逆に分かるんです。
僕も、彼らも、偽善者です」
そう、偽善者だ。
本当にそう思う。
江利香を助けられなかった事を後悔した所で、そこで自殺反対論を盛大に掲げてしまえば矛盾も良い所だ。
“彼女を死なせてしまった事には後悔してる。
自分に出来る事はなかったのか?”
後になってからそんな事を言うのは、その死に注目する周りの人間に対し、自分を善人として見せたいだけのパフォーマンスに過ぎない。
そして仲間内で傷を舐め合う内に
“でも自殺する子も自殺する子だ。命の大切さが分かってない”
などと言い出すのだ。
それこそ、責任転嫁も言い所だ。
自殺に対し反対だという理論を掲げるのは悪い事ではない。
問題はその前後の行ないに矛盾がないか、という事である。
白夜叶愛が左手を伸ばし、僕の胸に触れる。
視線は一ミリも動いていない。
僕が思考する間も、彼女は一切、眼を逸らしたりはしなかった。
「新橋さん」
「はい」
「貴方は生きてる」
僕の胸に手を当てたまま、当然の事を当然のように言う。
「はい」と、僕としては返す言葉が他にない。
「こうして関わったのも何かの縁だと思いますので、言わせていただきますね」
「…はい」
「余計なお世話かもしれません」
「…」
「余計なお節介かもしれません」
「……」
「ですが、言わせてください。
明日にはこの事件は解決を見ます。
他殺かも知れませんし、自殺かもしれません。
ですが、実の所を言うと、私の中で答えは既に出ているんです」
「本当ですか?!」
思わず身を乗り出しかけて白夜叶愛の左手に突き返される。
「そこで、他の皆様の前で私の推理を披露する前に、新橋さんにだけ言わせていただきたい事があります」
「な、なんですか?」
「私が以前、江利香さんのお墓の前で貴方に言った事を覚えていますか?」
「はい、まぁーー」
あれだけインパクトのある再会を僕は未だかつて経験した事がない。
ーーそこに江利香さんは眠って居ません。
此処に来る事で江利香さんに会っているつもりになっておられるなら、それは自己満足極まりない貴方の勝手な妄想です。
差し詰め、妄想と言う名の亡霊に取り憑かれてしまっておられる御様子。
一度、御祓にいかれては如何でしょうか?
ーーと、今でも脳裏に、あの時、墓地でその台詞を言っていた白夜叶愛の姿を未だ鮮明に映し出せる。
本数日前の出来事である。
「ーー覚えてますよ」
彼女のあの時の台詞を回想し終えてから、ハッキリと答えた。
「それをずっと覚えていてください」
即答だった。
覚えていない、と言われる事など考えてなかったのではないかと思われる位の即答だった。
白夜叶愛は言葉を紡ぐ。
「死んだ人は生き返りません。
この世のどこを探しても、もう会えないんです。
何を伝えたくて、何を訴えたくても返事なんて返ってこないんです。
返事が返って来ない事は聞こえていない事と一緒なんです」
「……」
「縦しんば、私達の声が冥界に届いても、死んでしまった人はそれに答える事は出来ないんです。
それなのに、死んだ後になってから“あれも伝えたい、これも伝えたい、実はあれも言いたかった”なんて、なんて勝手で、一方的で、押し付けがましい事とは思いませんか?」