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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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気持ち

 

 藤浪亮治に対する聞き込みが無事に終了し、アパートを今度こそ後にした僕と桜井結は帰りのタクシーに乗っていた。


 結局、捜査という過程においては邪魔にしかならない僕の意見は藤浪亮治の前で口にする事はなかった。


 あの後に聞けた話としても既に石上三登志から得た“折原康太と南條哲ならもっと詳しい相談を受けていたかも”という情報だけだったので、無駄な雑談が始まる前にその場は僕が締め括った。


 桜井結の体調が悪そうだったから。

 ーーいや、それは言い訳だ。

 藤浪亮治の正論に耳を傾けているのが、僕としては辛かったのだ。

 その場からすぐにでも離れたかった。

 正論なだけに、聞くに耐えなかった。



 そんな感じーーと、言えばどんな感じだとツッコミを入れられそうだが、江利香の自殺事件の捜査が始まって此処に至るまで、確かに散々と紆余曲折はあったが、此処からは晴れて解決編である。



 帰りのタクシーの中は僕としては不本意ながら地獄のような状況に陥ってしまった。

 いや、これは男性なら天国というべきかーー


 結果から話せば、タクシーが発車してから十分も経たない間の出来事だ。

 桜井結が深い眠りについてしまったのである。

 行き道とは違い、全く逆の光景だ。


 体調が余程優れなかったのか、僕という余計な奴がくっついた聞き込み調査はいつも以上に労力を費やしたのか、それに関しては定かではないが、もうぐっすりである。


 それだけならまだ良かったのだが、あろう事か、車の揺れが良い感じに作用し、途中から僕の右肩に桜井結の頭が乗っかってしまうというドラマやアニメでしか見た事のないような画が完成してしまったのだ。



 スヤスヤと可愛い寝息を立てる桜井結の寝顔と女子特有の良い香りに当てられ、本当に、僕の要らぬ煩悩を悪気なく刺激してくる。

 心なしか膝上丈の青いスカートから出た彼女の生脚にも眼が行ってしまい、煩悩を振り払う為、眼を閉じ、ダメだダメだーーと、自分に言い聞かせながら、視点を変えようと、今度はその寝顔に視線を向ける。

 すると、これもまた不可抗力なのだが、桜井結のボーダーシャツの胸元に僅かな隙間が出来ており、あろう事かそこから淡いピンク色の女性用の下着が覗けてしまったのだ。


 いや、“覗けた”ではない。

 覗いた訳ではない。

 “見えてしまった”だけだ。

 言わば、不可抗力、だ。


 まさか恋人でも何でもない女性の下着を一日で上下揃って見てしまうなんて、こうなってくると僕としては彼女がわざとやってるんじゃないかと思ってしまうくらいである。


 一日の終わり、最後の仕上げに隣でこんな事をされた日には普通なら一瞬で彼女の虜になっているだろう。

 時々垣間見せられる女子の無防備さに男心というのは凄く惹かれるのだ。

 ただし、勿論、やり過ぎは注意なので実行しようものなら男性に引かれない領分を弁えなくてはならない。

 惹く前に引かれては終わりである。

 そこまでの責任は取れない。


 とは言え、やはり、この状況は僕にとっては地獄だった。

 彼女の方が一切見れない。

 その上で、やはり気持ち良さそうに寝ているのを起こしたりするのにも躊躇いがあり、僕は石化したかのように同じ姿勢を保ちながら微動だに出来ず、動けないままの一時間をタクシーの中で過ごす事になったのだ。


 危機感がない。

 と、言うよりは自覚がないのかも知れない。

 白夜叶愛と並べるからこそ見劣りするだけであって、桜井結は普通に可愛い女子なのだ。

 この場合は白夜叶愛の美貌が異常なのである。

 だから、“自分が可愛い女子だ”という自覚が桜井結には足りないのかも知れない。


 僕としてはこの物語を一冊の本に仕立てるに当たって、ヒロインの立場に誰を添えようかと考えた時、彼女、桜井結をそこに推奨したかったくらいである。




「ーーそろそろ、起きていただけますか?」



 “左側”から聞こえてきたその声に敏感過ぎる程の反応を示し、僕は眼を開けた。


 同時に僕の左側の扉が開いている事と、そこに白夜叶愛が立っている事に気付き、座ったまま器用に後ろに飛び退いた。



「白夜さん?!!」



 その衝動で、僕の肩に頭を預けていた桜井結も反対側に飛ばされ、反対側の扉の窓に思いっきり頭をぶつけた。



「にゃっ!!痛ったぁ…」



 お目覚めである。

 まぁ僕も最初、彼女に蹴り飛ばされている訳だからこれであいこだろう。

 それよりも、だ。

 僕はいつから寝てしまってたんだろう?

 完全に眼は冴えていたのだが、うむーーやはり天国だったのだろうか。

 この際、それに関してはもうどちらでもいい。

 此処からが地獄である事は明確に察しがついたからである。



「取り敢えず、二人ともタクシーから降りていただけますか?すぐに」



 白夜叶愛に言われるがまま、僕と桜井結はタクシーから降りた。

 心なしか、その語調に憤りが募っているのを感じる。

 タクシーを降りた場所は喫茶店Happinessの前だった。



 桜井結は未だ寝ぼけ眼で、若干寝癖の飛び出した髪型でぽけーっとしている。


 そんな桜井結を横目に流しながら、白夜叶愛は僕の手を引いて、桜井結から少し離れる。



「お久しぶりです、新橋尚弥さん」



 相変わらずのフルネーム。

 呼び方に統一性がない彼女、白夜叶愛である。

 相変わらず、全身の服装は真っ白だが、長い黒髪は頭の後ろで一束にして結っていた。

 ポニーテール。



「いやあの、久しぶりっていうか、昨日会ったばっかりですけどね」



「そうでしたね、ではーー昨夜ぶり」



「昨夜は会ってません」



「はい。ーーまぁ、それはそれとして」



 自分からボケてきといて、僕のツッコミをサラッと流す。

 流石は白夜叶愛である。



「どうでしたか?聞き込みの方は」



「へ?あ、いや、協力とか言ってた割には僕は何もーー殆んど結ちゃんが聞き込みしてたので…」



「結ちゃん?」



「あ、いえ、桜井…さん」



「いえいえ、訂正してくれなくて結構ですよ。ただ、自分の素行調査をしていた人間と一日一緒に仕事しただけでそこまで仲良くなられるなんて新橋さんは人間が浅いなぁと思っていただけですから」



「その素行調査はあなたがやらせてた事でしょ!?」



「ん?」



 あざとい笑顔で首を若干傾げる。

 これが相手にしているのが桜井結ならば、まだ僕としても屈託無い笑顔として素直に可愛いと捉えている所だけれど、相手はあの白夜叶愛である。

 此処での感情は恐怖でしかない。

 いや、それは言い過ぎにしても、だ。

 素直に喜べない事は事実である。




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