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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

 なんだかんだと言いながら、結局、大した聞き込みも出来ず終いで、変な空気になってしまった所で僕と桜井結は折原康太の部屋を後にした。



 部屋を出るなり、小休止。


 本来なら残る聞き込み調査の対象、藤浪亮治が住んでいる三階の部屋へと歩を進めたかったのが、桜井結の“我慢”に限界が来たらしく、僕らは一度アパートの階段を下り、コンビニの駐車場まで離れていた。


 思いの外、辛そうに蹲って顔を伏せ、コンビニの前で動かなくなってしまった桜井結。

 何が我慢の限界だったかは言わずとも察して欲しいものだが、一言で言えば精神的ストレスである。


 脚を舐めるような折原康太の視線に耐えるのが余程の苦痛だったらしい。

 やはり、とでも言うべきか。

 その状況であそこまで笑い、あそこまで話を合わせれていたのだから、その探偵という仕事に対するプロ意識には感服するばかりである。



「大丈夫か?」



 桜井結の隣に立ち、問いかける僕。



「うーん…気持ち悪い…」



 どうやらまだ気分が優れないらしい。

 まぁ無理もない。

 彼女の過去を聞く限りでは彼女もまた、精神的に強い女性とは言えそうにないのだから。



「どんな感じ?」



「吐きそう」



 重症である。

 と言うより、無理しすぎである。

 うん、やっぱり、何事もやり過ぎは良くない。



「水買ってこようか?」



「要らない…」



「そっか…」



 最早打つ手がない。

 パートナーがこれじゃあ、捜査続行も不可能だ。


 さて、どうしたものか。


 しばらく立ち往生して思考する僕。

 そこに一台の黒いバイクが僕達の目の前の駐車場にやってきて停車した。


 ヘルメットを外すなり、明るい茶髪の男性の顔が見え、こちらに視線を当てていた。



「大丈夫か?兄ちゃん、姉ちゃん。

 何やお姉ちゃんの方、ごっついしんどそうやけど、なんかあったんか?」



 関西弁だった。

 いや、言わずとも誰が聞いても関西弁だが。

 バイクから降りて、僕と桜井結に近づいてくる茶髪の男性。

 体格は普通だが、鍛えてるであろう事は一見しただけでも何となく分かるそれがあった。


 その男性は桜井結の前で桜井結と同じようにしゃがみ込むとその肩に右手を触れる。



「大丈夫か?姉ちゃん。

 もし何やったら、ワイのバイクで病院まで連れてったるけど…」



「あ…えっと、もう大丈夫です」



 桜井結はそう言って顔を上げた。

 と、同時だった。

「あっ」と、口にする。

 相手の男性は「ん?何や?」と、首を傾げる。



 そこで僕は桜井結に渡されていた例のメモの一行を思い出した。

 “藤浪亮治、人当たりが良く親切でお節介焼き。バイク好きで関西弁”

 そう、偶然にもそれが最後の聞き込み調査の相手、藤浪亮治だったのだ。





 唐突にやってきたお仕事の時間、である。

 絶不調と言っても過言じゃない体調不良モードから仕事モードに切り替わるその様は、何か一種のドーピングでも行なったのではないかと疑えるほどだった。


 僕と桜井結は藤浪亮治にその身分の正体を明かし、話を聞く上で再び例のアパートへと再訪していた。


 藤浪亮治の部屋は三階の手前から三つめ、丁度真ん中に位置する場所にあった。

 部屋の中はかなり綺麗に掃除されており、物自体も少なく、折原康太とは正反対のものを感じさせる空間だった。



「はははっーー!そうか、そうか、そら災難やったの、姉ちゃん」



 僕から桜井結が体調を崩していた経緯を聞いた藤浪亮治は声に出して笑いながら、そう言った。

 僕と桜井結はダイニングテーブルを挟んで藤浪亮治と向き合う様に座るように勧められ、それがそのままの現状である。


 桜井結はいつもと変わらぬ笑顔で



「いえいえ、貴重なお話を聞かせていただきました」



 と、答えている。

 藤浪亮治は「ふーん」と、相槌を打ちながら右手でテーブルの上に頬杖をつき、桜井結の顔をじーっと見つめる。



「なるほどのォ、確かに可愛い顔しとるなぁ、自分。康太の好きそうな顔やし、好きそうな髪型や」



「ありがとうございます」



「でもまだちょっとおぼこいな。

 ワイはもうちょっと大人っぽい顔が好きやわ」



 そう言って頬杖をやめ、観察を終える。

 すると今度は桜井結がテーブルの上に右腕の肘を置き、右手の甲に顎を乗せて藤浪亮治の事をじっと観察する。



「うーん、整った顔立ちは私の好みですねぇ。アイドルに居そうですね。でも、強いて言うなら、もうちょっとワイルドさがあったほうが良いかも」



 言い終えてから、桜井結も右腕を引っ込めた。



「ははっーー!自分、ノリえぇのぉ!

 んでもって意外と負けず嫌いか?」



 桜井結のノリの良さ。

 これは僕が彼女との絡みが好きな大きな理由であるが、それが藤浪亮治にもウケたらしい。


 かなりの上機嫌ぶりである。

 いや、恐らくは桜井結が合わせているのだろう。

 聞き込み調査をする上で相手の性格に要所要所の対応をこなしているのである。



「うーん…ちょっとだけ?」



 と、答える桜井結。



「そうか、そうか。因みにワイはごっつ負けず嫌いやねんけどな」



 別に訊いていない。

 そう思ったが口には出さない。



「そいで?探偵さんが何のようなんや?康太んとこにも行ってきたっちゅう事はSENGOKUZIDAI関連かいの?」



「はい、実は三年前のーー」



「あぁ、あの子の自殺の話かいな」



 桜井結が言い切る前に藤浪亮治ははっきりとそう言った。



「あの自殺の事はよう覚えとるで。

 なんせあん時はワイも二十一やったからの。

 歳の近い一個上の姉ちゃんが自殺したんは衝撃的やったわ」



「当時で言えばあなたの年齢は江利香さんの一つ下。折原さんは江利香さんの二つ上でした。歳の近い者同士共通するお話などありませんでした?

 江利香さんからこんな話を聞いたーーとかでも結構なんですが…」



 応対しているのは桜井結。

 でも、やはりまだ体調が優れないのか、少し顔色が悪いように見える。



「当時の事ならよう覚えとる。

 江利香が自殺する前に一緒に働いてたんもワイと南條さんや。

 最初はずっと辞めたい辞めたい言うとったんやけどな、いつからか、たまにボソッと死にたい言うようになったんや。

 だからちょっと気にはしとったんやけど、まさかあんな急に命断つとは思ってへんくてのぉ」



「死にたいって言ってた時、理由は聞かなかったんですか?」



「そいが恥ずかしい話でな、その日が丁度クリスマスやってのぉ。

 江利香からワイにメールが来たんや。

 死にたいって一言のメールがな。

 でもって、ちょっと話聞いて欲しいさかい電話したいって言われたんやけど、その日は彼女とおるから無理って言うてしもうたんや。

 それっきり向こうからワイに何か相談しにくるっちゅう事が一切なくなってしもた。

 ホンマあれだけは後悔しとる」



「そうですか…」



「まぁそいはそいやけどな」



「と、言いますと?」



「自分ら、もう風見店長とは話したん?」



「はい、最初にお話を聞かせていただきました」



「ほんなら言うてへんかったか?

 自殺っちゅうんはする人間に一番の責任がある、って」



「あぁ、まぁ確かにそのような事を仰ってましたが…」



「その考え方にはワイも賛同なんや。

 まぁ責任がある言うても、言い方を変えれば無責任っちゅうんやけど。

 自ら命断つんは勝手やけど、世の中には生きとうても生きとうても死んでく人は何人も居てる。それを横目に皆んなが乗り越えていく壁にぶち当たった時に、それに本気でぶつかろうともせん間にすぐ死のうとか考える。

 ワイが言う台詞でもないかもしれんけど最近の若い奴らの悪いとこやとちゃうか?

 自分が死んだ後、一体どれくらいの人間に迷惑をかけ、どれくらいの人間を悲しませるか分かってへん。

 自分で命断って全部終わらしてしもたら、そら自分は楽やろうけど残されたもんの立場になったら無責任やと思うっちゅうのんがワイの考え方や」



 藤浪亮治が言い終えると同時に、隣で桜井結が僕の事を心配そうに伺っているのが分かった。


 確かに、藤浪亮治、彼の言う事は至極真っ当な正論である。

 それは誰もが頷く正論だっただろう。

 昔から日本人の好いてきた根性論だろう。

 傷だらけになっても敵に向かっていくようなその論理は時代が時代なら称賛され、推奨された事だろう。

 それこそ、戦国時代辺りなら、大ブームでも起こしていたのではないだろうか。


 藤浪亮治の考え方は否定出来ない。

 他の否定を受けつける隙がない。

 でも僕は敢えて言いたい。

 僕は敢えて、藤浪亮治の考え方には異論を唱えたい。

 苦言を呈したい。


 人間誰もが、皆んなが皆んな、同じ強さを持ち、同じ器量をもち、同じ量の努力が出来るとは限らないのだ。

 心に持っている硝子のコップの大きさが皆、同じではないのだ。

 水が溜まる速度も、その硝子の強度もそれぞれなのだ。


 溢れる人もいれば、割れてしまう人も居るのだ、と。




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