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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

 僕ならこの時点で、彼の行動に合わせて一歩後ろに下がっている所だ。

 もしくは上半身だけでも後ろに引いているかもしれない。


 でも、桜井結は微動だにしない。

 ピクリとも反応しない。

 簡単に相手の接近を許す。

 笑顔も崩さない。

 嫌な顔一つすら垣間見せない。

 完璧なポーカーフェイスを決め込んでいる。


 僕は彼女に、なるべき職業を間違えてるよ、と苦言を呈したい所ではあるが、そんなのは余計なお節介だろう。

 そんな事は口にするべきではない。

 探偵に向いていると言えば向いている能力でもある。



「それでは、そのご相談の事についてなんですがーー」



 此処に至るまでは、“何でもいいから話してください”と、内容を相手に任せたスタンスで聞き込みをして来た彼女が折原康太を相手にして、ようやく攻めの姿勢に転じた。



「彼女が自殺する数ヶ月前から折原さんは彼女、夢見江利香さんから“辞めたい”という相談を受けていたって聞いたんですけど…」



「ん?あぁ、受けてたねぇ、受けてたよ。

 何だか色々悩んでたみたいだよ、彼女も」



「その相談の内容は覚えてませんか?」



「んー、確か、対人関係に対する不満だったかなぁ」



「なるほど、対人関係…」



 呟くようにして、折原康太の言葉を繰り返す桜井結。

 右手で軽く作った拳を顎に当て、考え事をするような素振りを見せている。

 折原康太は未だ桜井結の脚をチラ見しながらニヤついた笑みを浮かべつつも、話を続ける。



「まぁーーうん、もう三年前になるからねぇ。細かい事は忘れちまったよ。

 まぁでも、俺も一応歳上として助言はしてあげたんだけどね」



「助言、ですか?因みにどういった…」



「いやぁ、他人に聞かせるには恥ずかしい話なんだけど、まぁ仕方ないか」



 とか言いながら凄く話したそうである。

 感情を完璧に隠し素晴らしい応対力を見せる桜井結に対し、折原康太はどうやら感情を隠す事が相当苦手なタイプと見て取れる。


 しかし、これもメモを見れば実は既に書いてある事で“感情の起伏が激しく、自分を律するのが苦手。人や物事に対する感情は言葉よりも先に顔に出るタイプ”だ、そうだ。


 どこで調べて来たのかは知らないが、此処まではデータ通りである。



「いやぁね、俺は言ってやった訳よ。

 対人関係に関しての問題なんて今の世の中にゃどこに行ったってある問題だって。

 だから、大事なのは何を切り捨て、何を選び取っていていくかなんだってね。

 まぁ、弱肉強食って訳じゃあないけどさ、対人関係に置いて、ある程度の問題は避けられないにしてもだよ、強い人間に媚び売って、その後ろついていけばそこまで思い悩むほど傷つきはしなんじゃないか、とね」



「ほうほう、なるほど、なるほど」



 感心深く相槌を打ち、頷いている桜井結だが、その心情が行動に比例しているかは定かではない。

 実際に、僕からすればこの折原康太の理屈は滅茶苦茶な意見である。

 さも正当な意見の様に語っているが、言っている事はただの妥協と怠惰である。


 紛う事なき現代っ子である。

 ゆとり世代。

 自分もその世代の同じ一括りだという事に落胆する限りである。



 そして現段階で僕から江利香に言える事が一言だけある。

 それは“相談する相手を間違えた”と、いう事だ。



「ねぇねぇ、桜井ちゃん、下の名前教えてよ」



 急に話を逸らし始める折原康太。

 最早、僕自身ですら深く聞き込む相手を間違えているような気になってきた。



「結です。結ぶって漢字一文字でゆいって読みます」



「結ちゃんかぁ、良い名前だね。

 ねぇねぇ、今度さ良かったら一緒にデートでもしない?遊園地とかどう?」



「いいですねぇ!是非是非!」



 っておい!

 いいですねぇーーじゃねぇよ!

 何が是非だ!


 僕がツッコミを入れようとした所で桜井結が「あっ」と、口にする。



「でも、私は全然いいんですけど、その場合約二名、説得して欲しい相手が居るんですけど…」



「ん?お父さんとお母さんとか?全然大丈夫だよ」



「いえ、お父さん、お母さんは私の事に関してはノータッチなんで勝手に結婚しちゃっても何も言いません」



 それは両親としてどうかと思うが。

 すっかり蚊帳の外なので、今更口は挟まない。



「じゃあ誰?」



「私の職場の所長と私の彼氏です」



 “彼氏”という単語を聞いた瞬間、折原康太の表情が若干引きつったのが見て取れた。

 同じように、僕もまた、“職場の所長”と聞いて引きつった笑顔を浮かべた。


 “職場の所長”即ち、白夜叶愛である。

 彼氏がどのような人物かは知らないが、白夜叶愛を相手にするとなると、それはもう確かに、両親よりも高いハードルである事に違いはないだろう。



「彼氏いたんだ…はは、そりゃ居るよね!こんなに可愛いんだもん!」



 無理にテンションを上げようと必死である。

 だが、ショックは隠しきれていない。

 かたや、桜井結は可愛いと言われた事には満更でもなさそうである。



「あ、でもあれですよ、私は浮気はアリっていう考え方を常に推奨してるんで、一緒に遊園地位なら隠れていくのも全然ありです」



 コラ、何を言いだすんだこの娘は!

 一番言ってはいけないタイミングで一番言ってはならない持論を引っ張りだしてくる。


 これを聞いて折原康太のテンションも再度復活する。



「本当に?!奇遇だなぁ、僕も浮気はアリと言う考え方には賛成派だよ」



 日本の現代社会の若い男女がこれでは世も末である。


 と言うか事件の聞き込みはどこにやらーーだ。



「じゃあ、いつにします?」



 と、桜井結。



「え?」



「ん?いや、遊園地ですよ、遊園地。

 連れて行ってくれるんだよね?」



「え、あぁ、勿論!」



「じゃあ、いつにする?」



 これも桜井結の話術の特徴だろう。

 いつの間にか、さり気なくタメ口に切り替わり、距離をグッと近づけられる。


 こういうさり気ない瞬間に男子はドキッとする生き物なのだ。

 ただし、タイミングの見極めは本当に大事である。



「えっと…じゃあ…」



 と、折原康太が考え出した所で、桜井結が一言。



「あ、でも、もしバレたら責任は全部折原さんが背負ってくださいね。

 私、彼氏の事は愛してるから、別れたくはないので」



 だったら浮気をしようとするな!

 と、僕は大いに苦言を呈したい。

 声を大にしてツッコミを入れたい。


 だが、この最後の一言により、折原康太の表情が再び引きつった事は言うまでもなく、この遊園地の話は結局流れた。

 ーーつまり、なかった事になったのだ。




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