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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

 言い忘れていたが、アパートの廊下というのは声が意外にも反響するものなのだ。


 公道のトンネルの中と言う程ではないが、それなりに。


 そんな所で長々と、時々大きな声を出したりして会話されたりすると、それはもうアパートの住人からすれば迷惑極まりない話なのだ。

 人のふり見て我がふり直せ、と言う訳ではないが、僕と桜井結のような語らいをする時は是非、皆さんには場所を選んで頂きたい。


 決してアパートの廊下などでするべき会話ではない。

 そしてその声は意外にも筒抜けになっているかも知れない事を考慮するべきである。



 ガチャーーっと、アパート二階の一番奥の角部屋、その扉が鍵の開く音と同時に勢いよく開かれた。



「ちょっと!人の部屋の前でうるさいんですけど!」



 その苦情を受けたのは他でもない僕と桜井結である。

 と、同時に唐突に仕事モードに切り替わる桜井結。



「あ、すいません、お騒がせして。

 あの、失礼ですが、折原康太さんですか?」



「ん?あぁ、そうですけど…どちらさんで?」



 恐らくは寝起きなのだろう。

ぶっきらぼうな声。

 開ききっていない眼で僕と桜井結を交互に見ながら、寝癖でボサボサになっている金髪を右手で掻いている。

 ちゃんと食事を取っているのか、と、問いただしたくなるような細い手である。

 よく見れば身体も頬も全体的に痩せ型である。

 いや、痩せ過ぎである。



「私、白夜探偵事務所の者で、桜井と言います。こちら同じく白夜探偵事務所のーー」



「新橋です」



 三回目ともあって、少し慣れてきたというのもある。

 この際、“白夜探偵事務所の”という肩書きはもう気にしない事にして、僕は自分の名前の部分だけ自分で自己紹介した。



「探偵?」



 折原康太が怪訝な顔で僕達を見る。

 そりゃ、探偵がいきなり自分の所に訪ねてくれば誰だってそういう顔にもなるだろう。

 いつか僕が白夜叶愛に言われた言葉でもあるが“正常な反応”である。



「探偵が何の様ですか?」



 語調に明らかに面倒臭そうな雰囲気が入り混じっている。

 恐らく彼は夏休みの宿題は後回しにするタイプの人間だろう。



「ここでは他の人の迷惑になるかもしれないので、もし折原さんのご迷惑でなければお部屋の中にお邪魔しても大丈夫でしょうか?」



 これまた滅茶苦茶な事を言い出すなぁーーと、僕は横で内心苦笑いである。

 先程まで、折原康太も含め、その他の人の迷惑になるような会話を廊下で散々しておいて、どの口が言うのやら、だ。



「えっと…部屋にすか?」



 当然といえば当然だが、若干の抵抗を見せる折原康太。

 それで引き下がるような桜井結でもない。



「はい、此処で会話してご近所に迷惑をかけるのは折原さんの本意ではないかと」



 この場合、迷惑をかけているのは僕らの方だが。

 折原康太は少しだけ考えるような素振りを見せながら、桜井結の事を全身舐めるような視線で下から上へと見る。


 僕から見てその視線をはっきり分かったので、桜井結本人も気付いているだろうが、本人は嫌な顔一つせずニコニコしている。

 なんなら両手を小さく広げて、少し首を傾けながら



「別に怪しいものは持っていないつもりですが、気になるようなら直接触れて確認してもらっても大丈夫ですよ」



 なんて言い出すから、僕が焦った位だ。



「そこまでしなくていいですよ!」



 不自然極まりない間に放ったツッコミだったが、彼女の身の危険を案じるなら適切なツッコミだったと自認する。

 折原康太が一瞬、僕を睨んだ気もしないではないが、一々そこまで気にしてられない。



「あぁ、まぁいいですよ、じゃあ中にどうぞ」



 若干、不機嫌そうに言いながら部屋の奥に引っ込む折原康太。

 支えを失った扉が自然に閉まる。

 そこですぐに部屋の中に入らず、僕は溜息をついた。


 その横で桜井結は両手で双方の二の腕をさすりながら「見た?あの視線…気持ち悪かった〜」と、小声で呟いていた。


 彼女にポーカーフェイスをやらせたら右に出る者はいないかも知れない。

 と、同時に僕は僕なりに白夜叶愛が今回、僕を彼女に同行させた理由が理解出来たような気がした。


 出来れば僕がもらった桜井結直筆のあのメモに桜井結本人の性格も書き加えておいて欲しかったものである。


 なんて、そうこう思考していると、いつの間にか先々と折原康太の部屋の中に入って行ってしまっている桜井結。


 ちょっとーー!

 行動力あり過ぎんだろ!

 それで鍵とかかけられたらどうするんだよ!


 僕は慌ててドアノブを回し、扉を開ける。

 取り敢えず扉が開いた事に一安心。

 状況と人物が人物だけに当たり前の事に対して随分と大袈裟な感情である。


 なんて言えばいいのやらーー

 彼女には危機感的ものがないのかも知れない。



 改めて、彼の部屋の中で、僕と桜井結は彼と対面し、床に正座していた。

 彼は胡座をかいて、ベッドにもたれかかっている。



「んで?一体探偵さんが何の用事なんすか?」



 グッと身体をまえに起こし、桜井結の方だけを見て、話を切り出す。

 僕の事は視界外のようだ。

 更に細かく言おうものなら、折原康太の視線は、桜井結の正座した状態でスカートから露わになっている膝やその上部分の腿に、何度もチラチラと眼移りしている。


 それでも笑顔を絶やさず、愛想良く振る舞える所が桜井結の凄い所。

 だが、こんな性格難な彼女を持っている彼氏の立場というものを考えてみると、離れている時はさぞ心配になるだろうなぁーーなんて心中察する所である。

 それが可愛ければ尚更だ。



「えー、今日はですね、三年前に起きた夢見江利香さんの事件について、お話が伺いたくて訪問させていただきました」



「あぁーー江利香ちゃんね」



 思い出したと言わんばかりに右手で拳を作り、左手の平をポンと叩く仕草を見せる。


 何故だろう?

 別に江利香は僕の何かと言うわけでもなく、ただの幼馴染なんだけど、この人にちゃん付けで呼ばれるのは若干腹が立つ。



「え、何?じゃあ探偵さん、今頃になって江利香ちゃんのあの事件を調べてるの?」



「はい、そうなんですよ。

 それで、知っている事があれば色々と教えて欲しいんですけど、協力していただけます?」



 出たーーさり気なく下手に回り、相手の機嫌を伺う話術と、桜井結の小柄さあっての上目遣い。

 余談、男子は女子の上目遣いには弱い。

 これは僕が男子代表として断言しておこう。

 ただ、何事もやり過ぎには注意が必要である。


 話を戻す。

 桜井結にこれをされては、折原康太の眼も心なしかハートマークである。



「おう、何でも聞いてよ。

 江利香ちゃんには結構相談とかもされてたし、力になれると思うよ」



 俄然、張り切って身を乗り出す。



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