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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
30/45

それぞれの在り方

 

 結局、あれから僕が道路を横切るチャンスが中々無く、仕方なくーーと言うか、それが当たり前なのだがーー遠回りして横断歩道を渡った。


 先に道路を渡っていた桜井結と合流するのになんと十分以上の時間を要した。



「遅いよ!」



 先に渡った時こそ笑顔で手を振っていた彼女も少々御立腹である。



「いやだって、先々渡るから」



 火に油を注ぐーー

 分かっていつつ、我ながら子供のような反発をする。



「ん?何?もしかして私のせいにしようとしてる?」



「あ、いや、そういう訳じゃないけど…」



「大体、横断歩道じゃないんだから突っ立ってても止まってくれる訳ないじゃん。突っ込まないと」



「死んでしまうわ!!」



 ツッコんだ。

 いやはや、恐ろしい事を言い出すもんだからつい。


 すると、今の今まで怒っていた筈の桜井結がその場で蹲り、もう腹を抱えて大爆笑である。

 傍から見れば、お腹を痛そうに抱えてしゃがみ込んでいる女子である。


 そこまでの事は何も言ってないんだけど。

 寧ろ、今の流れ的に会話を面白い方向に持っていったのは桜井結本人である。


 時間にして一分間位爆笑した後「ふーっ…ふーっ…」と、若干呼吸困難気味な息遣いで立ち上がる。



「あー…笑った。よし、笑わせてくれたお礼に許そう!」



 少し腑には落ちないが、結果的に和解出来たのであればそれで良しとしよう。

 僕は小さい事は気にしない男なのだ。



「あ、でもさ、やっぱり最初から二人で横断歩道渡ってたらそもそもこんな喧嘩にはーー」



 こんな空気が読めない事を言う男性は僕じゃない。

 決して僕じゃない。



「何、尚弥君。まだ言いたい事が?」



 ーーある僕でした。

 僕ですよ。

 僕しかいませんとも。

 僕は器が小さい男なんです!


 でも、その時の桜井結の表情、いや、無表情さと言えばそれはもうその場の体感温度をマイナスに変えてしまいそうなほどの冷酷さを表し、今何か言い返した日には“金輪際口をきいてくれなくなる”そんな結論が一瞬で頭を過ぎった。


 うんーーそれは嫌だ。

 マスターは例外に置いても、白夜叶愛、木下舞、桜井結と並ぶメンバー陣では今現在、桜井結との絡みが一番楽しいのだ。

 この絡みをこうも早く消し去ってしまうのは是が非でもさけたい。


 僕は吐き出しかけていた言葉の全てを飲み込み



「いや、言いたい事は何もありません」



 と、答えていた。

 彼女との意気揚々とした掛け合いを無くす位なら自分を押し殺す僕である。



「そ。じゃあ行こっ」



 一変して明るい笑顔でアパートに向かって歩き出す桜井結。


 これはあくまで僕の予想であり、推測の域を出ない話だが、桜井結のたまに垣間見える黒い性格はあの白夜叶愛の教育が少なからず影響しているに違いない。


 僕はそう考えながら、一人で勝手に何度も頷きつつ、桜井結の後に続いて歩き出した。


 SENGOKUZIDAIの寮として使われてると言っても、一応は一般人も住む普通のアパートだ。

 一階から三階までで全十五部屋。

 その内、五部屋にSENGOKUZIDAIの従業員が住んでいるらしく、実にアパートの三分の一を占拠している状態だ。



 桜井結直筆のメモによると、此処に住んでいる人物は五人中三人がSENGOKUZIDAIの正社員で、更にその三人の中の一人が南條哲だという事だ。


 残り二人の正社員は先ほど、石上三登志との会話にも名前が挙がった折原康太。

 そして、メモによるところの情報であるが、バイク好きで正社員の中でも最年少の藤浪ふじなみ 亮治りょうじの二名である。



 他二人は一応成人しているが、フリーター。

 つまり、フリーアルバイター。

 その二名に関しては、いつから働いていて、どういう経緯に至り、此処に住めているのかが分からなかった為、現段階では聞き込み捜査の対象外となっている。



 つまり僕と桜井結の聞き込み捜査対象となっているのは残り二名という事になる。

 折原康太と藤浪亮治。


 アパートの階段を上りながら、僕は桜井結に聞いた。



「この二人の聞き込みが終わったらどうするんだ?」



「うーん…取り敢えず報告かなぁ、叶愛さんに」



「その後は?」



「叶愛さんの指示に従う」



 二階に着き、廊下を歩き出す。

 あぁ、因みに彼女の後から階段を上っていた僕としては、彼女の無警戒なスカートの中の下着が当然のように見えてしまっていた訳だけれど、彼女の名誉を守る為にも僕はその事について明言する事は避ける。

 決して淡いピンク色だったとか、そんな事は絶対に明言しない。

 絶対にーーしてしまっている僕である。


 廊下を歩きながら、僕は会話を続けた。



「残り二人の証言で本当に真実ってのが分かるのかな」



「残り三つね。南條哲さんの事、忘れてる」



 訂正された。

 そうだった。

 南條哲の事は白夜叶愛本人が、追い詰めて、問い詰めているのだった。



「っていうか、その人探偵嫌いで白夜さんをずっと避けてるんでしょ?

 そう簡単に捕まるんですか?」



「今頃会ってると思うよ?

 叶愛さんの指示で今朝、南條さんに伝言を伝えてきたから」



「今朝?」



 ーーあぁ、それでか。

 ここでようやく、今朝、桜井結が待ち合わせに遅れてきた理由が分かった。

 恐らくは急な指示だったんだろう。

 致し方ない事。

 桜井結にとっては不可抗力とも言える遅刻だった訳だ。



「どんな伝言だったの?」



 これは僕からの質問。



「今日中に白夜探偵事務所に来て頂けない場合、こちらも強行手段としてあなたの数々の不貞の証拠を木下舞さんにバラまく、っていう伝言」



「それは伝言じゃなくて脅迫だ!」



「そのツッコミは叶愛さんにしてよね」



 これはツボには入らないらしい。

 いや、まぁそりゃそうか。


 まぁでもそうなると、今頃、南條哲も白夜探偵事務所に行き、例の四階にある白夜叶愛のプライベートルームとやらに入って二人で会話しているのだろう。


 僕がそう呟いた時、奥の角部屋の扉前で桜井結の足が急にピタリと止まった。



「え?今なんて?」



「は?いやだから、二人で会って話してるんだろうなぁって…」



「その前!」



 バッとこちらを振り向き、えらく真剣な表情の桜井結。

 ーーなんだなんだ?

 僕、また何か怒らすような事を言ったのか?


 問いただされてるにも関わらず、たじたじになる僕。



「今、南條哲もって言った?言ったよね?“も”って!どういう事?尚弥君、あの部屋に入った事あるの?!」



「えっと…まぁ、うん。ーーっていうか昨日、白夜さんに呼ばれてその部屋に招かれたっていうか、逆にその部屋以外は見てないっていうか…」



「嘘…信じられない!」



「な、何が?!」



「尚弥君、あの部屋はね、本っ当に限られた人間しか出入り出来ないの!

 そもそも四階に上がれる事自体が奇跡の領域なんだから!

 叶愛さん大丈夫かな?確かに最近変だけどそこまで…」



 どうやら本気で驚いている様子。

 そして、本気でパニックになっている様子だった。

 意外にラフにーーと言えば桜井結が今度は発狂しかねないので言わないがーー結構あっさりと通されたものである。


 つまり、僕に捜査協力を申し出る事がそこまでの緊急を要するような段階だった、という事だろうか?


 考えをそうやってまとめていると、急に桜井結の眼つきが鋭くなり、僕を睨みつけて来た。



「まさかとは思うけど、四階の私のプライベートルームは見てないでしょうね?」



「み、見てないよ!つか、そんな相手を睨み据えて訊くことかよ!」



 僕のツッコミで我に返ったか、元の眼つきに戻る桜井結。

 ーーっていうか、桜井結のプライベートルームもあそこには存在しているのか。


 思考が遅れながら相手の言葉を理解する。



「って言うか、そもそも一体どういう部屋なの?プライベートルームって」



「心の扉だよ」と、桜井結は言う。

 言葉を続ける。


「分かりやすく言うなら、いざって言う時の逃げ場。

 その人専用に与えられた部屋。

 普通の人はあの階に入る事すら出来ないの。

 エレベーターの四のボタンは指紋認証ボタンになってて、四階に部屋を設けられた人の指紋しか登録されてないから、一般人が四階のボタンをおしてもエレベーターは反応しないんだ」



「なるほど」



 そう聞くと、確かに自分が白夜叶愛の部屋に入れた事は奇跡と呼んでも良さげである。




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