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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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出会い

 


 ーー確かに、僕に非がなかった訳でもない。

 事実、三日前に白夜叶愛という女性と知り合い、声をかけた。

 美人だったから。僕の理想のルックスの持ち主だったから。

 それは否定しない。確かに事実だ。


 しかし!僕は無実だ!

 彼女に声をかけたのは決して下心があった訳ではない。

「桜が綺麗ですね」という“世間話”をしただけであって、決してデートに誘った訳でもない!

 なのに、どうして僕がこんな目にあっている?!


 全ては、そう!

 僕に名前が知れる事すら徹底的に隠させたインチキくさいその探偵のせいだ!

 僕は真面目に小説を書き、出版社に持ち込み、その帰り道に偶然出会った人に世間話をしただけだ!


 なのに、どうしてこうなる?

 これは何かの陰謀だ!

 冤罪だ!

 そして、ますます気に入らないのが、その正体不明の探偵のせいで、僕が浮気男のレッテルを貼られた事だ!


 恋人に誤解されたまま、別れる事になってしまったこのもどかしさと言えば、最早ぶつけようのない憤りすら感じる。


 このままでいいのか?新橋尚弥。

 いいや、いい訳がない!

 ヨリを戻すとまではいかなくても、せめて、僕自身の名誉を取り返す位はしなくては!



 ーーーと、内心で愚痴りながら部屋の中を歩き回る事、五分。

 僕はある事を思い出したのだ。

 そう、僕が三日前に出会ったその女性、白夜叶愛もまた、探偵であった事を。


 僕はすかさず彼女の名刺を取り出し、机の上に置いた。

 そして携帯電話を片手に持つ。



 こうなれば一か八か、彼女にその探偵を見つけてもらおう。ーーと、僕は考えたのだ。



 舞と別れてすぐ、“別れる原因になった”と言っても過言ではない白夜叶愛に電話をかける事には少し躊躇もした。



 故に、こうして名刺を机の上に置き、睨めっこしながら頭を悩ませるという状況が出来上がったのである。



 大丈夫、今回は仕事の電話だ。

 ナンパじゃない。

 いや、そもそも前回だってナンパではないが。

 これは正式な依頼であり、探偵と依頼人といった、ちゃんとした関係だ。

 物怖じする事は何もない。



 僕は名刺に書かれた事務所の番号を携帯に入力し、電話をかけた。


 二回程のコール音の後、女性の声が電話にでる。



『ーーはい、こちら白夜探偵事務所です』



 白夜叶愛の声ではない。



「あ、もしもし…」



 と、僕。

 こういう場合、なんて言えばいいんだろう?

 ーーと、率直な疑問に今ぶつかった。


 だが、そんな心配はいらなかったようだ。

 電話の向こうの女性がよく通る声で、実に丁寧に対応してくれたのだ。



『ーー私、事務担当の桜井(さくらい)と申します。

 お客様は本日、どういった御用件でしょうか?

 御相談ですか?御依頼ですか?』



「えっと…取り敢えず御相談で…」



 言いながら、別に相談はないーーと、思ったが、言ってしまったものは仕方ない。



『ーーかしこまりました。では、お名前とお電話番号の方を御伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?』



「あ、はい。新橋尚弥です。

 電話番号は080ーーー」



 こうして僕は自分の名前と電話番号を伝え、事務的なやり取りを何度かしてから会話は終了した。



 電話をきってから大きく息を吐き出し、僕は再び名刺を手に取り、その名前を意味なく見つめる。



 事務の人が言うには、後で彼女自ら折り返しの連絡が来るらしい。

 僕はそれがいつになるのか、などの疑問を全く抱かず、気がつけば遠い暗闇の中に意識を落としていっていたのだった。







 白夜叶愛からの連絡が一切来ないまま、翌日。

 僕は何となく重い気分を抱えたまま、ある行きつけの喫茶店へと足を運んでいた。


 入り口から入るとーカランコロンーと、木製品がぶつかり合う音を立て、僕の来店を知らせる鈴の音がなる。

 一歩入ると、すぐ右側にレジがあり、左側にはちょっとした本棚がある。

 そこで店内から、もう随分聞きなれた馴染みのある声が僕を歓迎してくれた。



「いらっしゃいっ!お、尚弥君か」



 そして、声の方を見ると真っ先に目に入るのはL時のカウンター席。

 とは言っても、実際に僕ら、客側が座る席は横一列の六つで、後は馴染みあるこの喫茶店のマスターが出入りするために開閉する扉になっている。

 カウンター席まで行って振り向くと、意外に広々とした空間が広がり、四つの四人掛けのテーブル席が、十分過ぎるゆとりを持って間隔をあけて設置されている。


 僕は「いつものくださいーー」と、言いながら手前から一つ飛ばして、カウンター席に座る。

 そして早々に深い溜息を漏らした。



「どうしたんだい?朝からそんな深い溜め息ついて…」



 と、カウンター越しに僕に話しかけながら、コーヒーを差し出してくれる口髭を生やした中年男性、宇都宮幸一(うつのみや こういち

 喫茶店の制服をピシッと着こなし、長いエプロンを腰に巻いたこの人こそが、僕の行きつけであるこの喫茶店「Happiness」のマスターだ。


 そして、僕の疲れきった心の優しき相談相手でもある。




「あぁ…いやなんか…色々ありまして」



 と、僕。

 マスターは僕の前に立ち、両手を組んで「ふぅ…」と一息つく。



「聞いたよ。舞ちゃんと別れたんだって?」



 マスターにそう言われ、僕はカクンッと頭を下げた。

 マスターがそれを知っている事に関しては今更驚きもしない。


 舞の働いている場所、も、ここなのだ。

 元々、ここの常連だった僕は舞がここで働きだした頃に、ここで出会って声をかけたのだ。


 つまり、舞に謎の探偵を勧めた“常連”とはその立場的には僕と同じな訳で、もしかすれば僕の見知っている人間の可能性も高いのだ。



 が、その人物を探す元気も今は出ない。

 今日の舞の出勤時間は別れる前に聞いて知っていたので、鉢会わないようにわざわざ午前中を選び、僕はこの喫茶店にやってきたのだ。



「そうなんですよ…なんか一方的って言うか…」



 コーヒーの水面に映る自分の顔を覗きながら僕が答える。



「昨日、来てたよ、舞ちゃん。

 今の君と同じように、下向いて元気無さげだった」



「は、はぁ…」



 曖昧に相槌を返すしかない。

 フラれたのは僕なんですけどーーと、言いたいのだが、舞からすれば僕に“浮気をされた”という認識なんだろう。



「何、本当にしたのかい?浮気」



 マスターにそう訊かれ、僕はすぐに顔をあげた。



「してませんよ!僕は無実です!

 なんだかよく解らない内に、浮気をしてた事にされちゃったんですよ!」



「ははっ、まぁそんな所だろうな。

 尚弥君は浮気なんて出来る程、器用な男じゃない」



「はい…そうなんです」



「それで?これからどうすんの?舞ちゃんとはもうこのままで良いのかい?

 いや、部外者の僕が口を挟む事でもないが、舞ちゃんの方に誤解があるならもう一回話し合ってみるとかした方がいいんじゃないの?とか、思うんだけども」



「あ、いや…はい。まぁ、そうなんですけどもね…なんかどうやら、謎の探偵に妙な入れ知恵をされてるみたいで、僕の話を全然聞いてくれないんですよ」



「謎の探偵?」



 反応を返しながら、マスターはもう一つコーヒーを淹れ始める。

 恐らく、マスター自身の分だ。

 客が常連だけの時とかは、こうやってよく自分の分のコーヒーも用意し、僕達の話を聞いてくれるのだ。


 マスターがカップを片手にコーヒーを口に運ぶ姿を見ながら、僕は自分の話を続けた。



「舞が僕の浮気調査を依頼した探偵ですよ。

 名前すら僕には隠すように言ってあったみたいで、舞は何も教えてくれませんでした」



「へー…なんか怪しいね、その探偵」



「でしょう?それでね、僕も逆に探偵を雇ってその正体を突き止めてやろうと思いまして…」



「ほう、なに、じゃあ雇ったの?探偵」



 僕はここでどう答えるべきか迷ってしまった。


 ーー確かに昨日、僕は舞と別れてから例の“白夜探偵事務所”に電話をかけた。


 担当の人物と事務的なやり取りをした後“白夜叶愛本人から折り返しの電話があるから待っているように”といった内容を聞かされ、電話を切った。


 その後、昼から夕方にかけ、僕はその事を考えもせず、すっかり眠ってしまった訳だが、その間にも、その後にも彼女からの連絡が未だにない。



 これではまだ、探偵本人に依頼内容すら伝わっていない状況なので、雇ったーーとは言えないのだろうか?



 僕は首を思いっきり横に曲げながら考えてみた。


 この場合、どこを区切りに“雇った”と言っていいのだろうか?ーーと。


 そんな僕の様子を見ながらマスターはクスっと笑う。



「なんだ、その様子じゃまだみたいだな」



「え…あぁ…まぁ、そうですね」



「もしあれなら、腕利きの探偵を紹介しようかい?」



 マスターがカップを置き、カウンターの中でごそごそと何かを探し出す。

 僕は何故か慌てて「いえ、大丈夫です」と、答えていた。



「雇う探偵はもう決めてるんです。今は連絡待ちで…」



 僕の言葉にマスターは一瞬きょとんとした眼をしたが、すぐに笑みを浮かべて、元の姿勢に戻った。



「ほう、なんだ行動早いな」



「えぇ、まぁ。ちょっと知り合いがいたもんで」



「探偵の?」



「はい、まぁーー」



「へー、それは知らなかったなぁ。尚弥君にそんな知り合いがいたとはねぇ」



 僕は苦笑いで頷いて返す。

 正直、白夜叶愛の事を“知り合い”と言うのはこの段階ではまだ早過ぎた気もする。

 まだ一回しか出会ってない上に、少し立ち話をした位だ。


 依頼に関しては折り返しの電話すら来ていない。


 



 


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