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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

「そうなんだね、二人とも若そうなのに、探偵事務所とは大変だねぇ。

 あ、僕は、まぁさっきも軽く自己紹介したけど、風見若菜って言います。一応、此処で雇われ店長やってます」



「よろしくお願いします」



 桜井結が軽く頭を下げる。

 ワンテンポ遅れながら、僕も動作を真似る。

 風見若菜は「はははっーー」と笑いながら気さくな応対を見せる。



「そう、堅くなんないで、なんないで。

 で、江利香の事件についてだよね?

 あの事件の何が聞きたいの?」



「知っている事全てです。

 思い出せる限りでいいんですけど、どんな些細な事でも結構なので教えていただけたらなぁって…」



「うん、なるほどね。

 うーん…でも、思い出せる事と言っても、実際に僕は彼女があんな事になるまで何も気付いてあげられなかったって言うのが事実かなぁ…」



 あんな事。

 自殺。

 敢えてその表現を避けたのかもしれないが、僕としては引っかかりを覚える、気に入らない表現だった。

 カウンターの下、見えない所で拳を作る。

 些細な言葉の表現に憤りを覚える。


 風見若菜は腕を組みながら続ける。



「いやまぁね、様子を見てて最近ちょっと変かなぁって思う所はあったんだよ、当時ね。

 でも江利香は仕事に対する取り組み方は真面目な子だったからさ、真面目に取り組み過ぎてまた病んでるだけなのかなぁとか思ってたんだよ。

 まぁだからって訳じゃないけど、僕から彼女に何かあったのか?とも訊きにいかなかった」



「どうしてですか?」



 自分でも驚く位の低いトーンが出た。

 そして、思わず口をついた言葉でもあった。


 どうしてーー

 どうして、おかしいと、変だなと、そう思った時に江利香に声をかけてくれなかったのかと。

 どうして、理由を決めつけたのか、と。


 もし、その時にあなたが江利香の話を聞いてくれていたらーーと。


 憤りが募る。

 だが、それは自分が出来なかった事を同じ様にして他人に押し付けている事と変わりのない事は僕も理解している。


 責任転嫁もいい所だ。

 自分で自分は殴れない。

 だから対象を他人にすり替えようとしているだけだ。


 だから口にはしない。

 だから口には出来ない。


 風見若菜は僕の問いに眼を閉じて答える。



「これは僕の悪い所でもあると同時に、物の考え方の違いだと捉えているんだけど、僕は人が悩んでいる所に無下に突っ込んでいくべきでは無いと考えてるんだ。

 人間、誰しも生きてる限りは悩みの一つや二つは抱えてる。

 それを皆んな、自分で考え、乗り越えて成長していくもんだろ?

 あんまり余計な御節介を焼いても江利香の為にならないし、本当に一人じゃどうしようもなくなったら誰かに頼るだろう。

 そう考えてた。

 誰しも踏み込んで欲しく無い心のテリトリーみたいなもんもあると思うしね」



 考え方の違い。

 それもまた、価値観の違いだろう。

 そして、その考え方の捉え方もまた、その人の価値観なのだ。


 それはこの人、風見若菜本人が言うように、風見若菜の考え方であって、価値観であって、夢見江利香の捉え方はきっと違うものだっただろう。


 いや、恐らくはそんな話すらもしていないだろうから、価値観云々以前の問題だろう。


 根性論が廃れた時代。

 それと同じくらいに現代はコミュニケーション力が不足した時代なのだ。


 僕の拳が震える。

 憤り、悲しみ、後悔。

 その拳にそっと、優しく、別の手が触れた。


 桜井結の手だった。

 僕の左側から右手で僕の左手に触れている。


 彼女の視線は風見若菜から一切逸れて居ない。

 それでも彼女は「分かってる、大丈夫」と言わんばかりに自分の手を通して呼びかけてくれているようだった。


 風見若菜は眼を開ける。

 静かな口調で言う。



「今では後悔してる部分もある。

 でも、これも考え方の違いだ。

 やっぱりあんな事になるのは本人に一番の責任があると思う。

 江利香はあんな方法をとる前に、もっと早く、誰かに相談するべきだったかな。

 僕としてもだ、もっと早い段階で言ってくれれば良かったのに、だよ」



 我慢の限界だ。

 そう感じ、僕が立ち上がろうとした時、桜井結の手に力が入ったのが伝わってきた。



「風見若菜さん、貴重なお話、ありがとうございました」



 僕が立ち上がるのを防ぎながら、笑顔でそう言う桜井結。

 風見若菜は「大丈夫、大丈夫」と笑いながら



「彼女、副店長の石上も今、裏に居るからさ、話がしたかったら悪いけどまた表から回ってくれるかな」



「はい、分かりました」



 と、やり取りした。

 その後はさっさとした早い行動で、僕は桜井結に手を引かれるまま、店の外に連れ出された。



「ふぅ…大丈夫?」



 店の外に出るやいなや、桜井結にそう訊かれた。



「…ごめん、大丈夫」



「ならいいんだけど。にしても、あれだよね、雑談してる時から思ってたけど、結構、思考より感情が先にモノを言うタイプなんだね、尚弥君」



 いつの間にかさん付けから君付けになった。

 でも、今気にする所はそこではない。

 どこでもない。

 まずは自分の熱くなりすぎてる感情を抑える事だ。


 僕は大きく深呼吸してみる。

 桜井結はそんな僕を黙って見ていた。

 そして、一呼吸間を置いて言った。



「大丈夫?続き、行ける?」



 ーー大分、落ち着いた。



「うん、もう大丈夫」



「じゃあ行こう」



 桜井結はニコッと笑って歩き出した。

 僕もその後ろに続く。

 店を迂回するように半周して、最初に回った裏口の方へと向かう。


 その途中で桜井結は鼻唄を歌いつつ、その途中に、唐突に、こんな事を言った。



「ーーどうして叶愛さんが、今回に限り私と尚弥君をペアにして行動させたのか分かった気がする」



「え?」



「私は過去に自殺未遂してるからね、こういう事件の被害者には感情移入も出来る部分はあるんだけど、周りの人の証言には冷めちゃうんだよね。

 聞いても無駄。どうせこういう世の中なんだな…って思っちゃう。

 良く言えば冷静で客観的。悪く言えば冷徹で悲観的。

 だから、尚弥君みたいに感情を剥き出しに怒れるタイプって私から見ると新鮮なんだよね」



「あぁ…でもなんかーー」



 捜査の邪魔になってるよね、と言いかけた所に桜井結が被せる。



「本当に助かる。私には良い刺激になるし、良い経験になる。ありがとね、尚弥君」



 本当に、空気が読める子である。

 恐ろしく、空気を読み過ぎな位である。


 誰にでもーー彼女、桜井結にも辛い過去は存在している。

 その明確な情景を知っている訳じゃないけれど、彼女は彼女で、空気が読めてしまう故、人の気持ちを敏感に察知してしまうが故“言いたい事を言えない”そんな人生に慣れてしまってるんじゃないかと、ふと思った。


 江利香と同じように。

 いや、それはもしくは、言いたい事を“言わない”のかも知れない生き方ーー彼女の価値観かも知れないが。



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