それぞれの在り方
「で?これからどうすんだよ、結ちゃん」
「うーん…取り敢えず髪を切る予定はありません」
「それは僕もだ」
「コンビニに用事もありません」
「僕もだ」
「じゃあ選択肢は二つですね。裏口に回るか…あのアパートに行ってみるか」
桜井結は道路の向こう側に建っているアパートを指差す。
「どっちにしろ、いきなり行って応じてくれるのかな」
「うーん、それはどうでしょう。
やましい事がなければ、話くらいは聞いていただけるかと」
言いながら、回れ右して方向転換するなりスタスタと歩き出す桜井結。
僕は遅れながらそれに続く。
「取り敢えず、道路渡るのめんどくさいから裏口から行ってみよっか。
人が居るとラッキーだけどなぁ♪」
最近の若い子は怠惰である。
面倒な事を後回しにする習慣。
そのしんどさは小学生の夏休みの宿題を教訓にして学んで欲しいものだが、僕も人の事をとやかく言えない。
あぁいうのって結局後回しにしちゃうんだよなぁ。
人は失敗から学ぶと言うが、繰り返さないかどうかは別問題である。
分かっていながら繰り返してしまうのだ。
最早、それは学んでいるとは言わないがーー
何より桜井結を最近の若い子などと称しているが、ぶっちゃけ僕と彼女の歳は三つ程しか変わらないのだ。
僕も十分に最近の若い子である。
ゆとり世代である。
お金さえあれば、が口癖の根性論が廃れた時代の人類の一人である。
桜井結の半歩後ろを付いて歩きながら、僕達は戦国時代の飲食店ーーいや、飲食店のSENGOKUZIDAIの裏口に回った。
すると案の定ーー桜井結風に言わせれば“ラッキー♪”と言った調子にそこには二人の人物が外に出て、煙草を吸っていた。
一人は男性。
一人は女性である。
その二人に近く前に桜井結が声を張った。
「あ、すいませーん!SENGOKUZIDAIの従業員さんですよね?!ちょっとお伺いしたい事があるんですけど!」
その瞬間、ほんの一瞬だが、遠くからでも分かるように二人の表情に怪訝さが垣間見えた。
まぁ、わざわざ裏口まで回ってきて、休憩中に声をかけられたのだ。
多少は致し方ない反応である。
ましてや僕達はお客様という訳でもないのだから。
ーーさて、僕らとしては願ってもない状況とでもいうべきか、僕達が見つけた男女はこの飲食店の店長と副店長だった。
話を聞く相手として申し分ない。
向こう側からすれば、それは僕達は招かねざる客という所だろうけれど。
風見 若菜。
男性、三十一歳。
三十を越えた人物に対してこう言う事はあまり勧められない事かもしれないが、しかし、良い意味で実年齢よりも大人びて見える。
身長も高く、程よく筋肉質。
何より落ち着いた雰囲気と気さくそうに笑う笑顔が特徴的だった。
次に、石上 三登志。
女性、二十八歳。
スラッと高い身長は隣にいる風見若菜の事も越えており、やや吊り眼でその場に放つ存在感はと言えば秀逸である。
ポニーテール風の髪型も彼女にはよく似合っている。
さながら戦国時代の武将に例えるなら、こちらが織田信長だろう。
そして風見若菜が豊臣秀吉である。
そうなって来ると徳川家康にも出会いたい。
ーーと、まぁ、冗談はこれ位にして、僕と桜井結は“現在準備中”の札がかかっている店内のカウンター席に身を置いていた。
細長い円を描いたカウンター席。
中の空間を従業員が行ったり来たりしながらカウンター席のお客様には前から料理を出すらしい。
勿論、テーブル席もあり、数は四名掛けが六席程。
二名掛けが二席程ある。
キッチンはカウンター席の真ん中の空き道から奥に繋がる暖簾の向こう側らしい。
どうやら店長、副店長は“仕込み”が忙しいらしく、さっきは少し一服の為に表にーー裏に出ていたらしい。
こう見ると飲食店も中々の重労働である。
土日も休まず、準備中時間も休めず、思えば絶え間無く笑顔で働いているのだ。
“ただヘラヘラしながら料理を運ぶだけの仕事”という認識は改めようと思った。
いやまぁ、完全にそんな仕事と僕も思っていた訳ではないが、飲食店で働いた経験がない上でその過酷さを軽んじていたのは確かである。
「なんか新鮮だねぇ、開店前のお店の中」
桜井結がキョロキョロと辺りを見回しながら呟く。
風見若菜と石上三登志。
今は二人の手が開くまでの待ち時間である。
小休止。
「僕も初めてかな、開店前のお店の中って…」
「私は四十八回目位かな」
「全然新鮮じゃないじゃん!」
彼女を相手にした会話はツッコミが絶えない。
彼女との会話はボケが多い。
桜井結は僕のツッコミに毎回、お腹を抱えて爆笑してくれる。
結構笑いのツボが浅いようだ。
「あはっ、あははっーーはー、ふー、もう、あんまり笑わせないでよ」
「そんな息絶え絶えになるほどの事は言ってないよ」
“息絶え絶え”この表現も良く使う相手である。
「尚弥さんって本当に面白いよね、一緒に居ると凄く楽しい」
可愛い女子にそう言われて嬉しくない男子などいるのだろうか?
不覚にもドキッとしてしまう。
彼女が彼氏持ちだと知っていなかったら、既に自分を律せず心を奪われている所だ。
と言うより彼氏が居ると言う事実に今更ながら納得するばかりである。
彼氏が出来るタイプって少なからず、白夜叶愛みたいな最初からツンモードのような女子じゃなくて、テレモードみたいなモテ機能を備え、チラ見させるのが得意な女子何だろうと僕は思う訳だが、どうだろう?
的は射てるはずである。
「あ、あの、結ちゃんさ、念のため言っとくけどあんまり彼氏以外の男子をちやほや褒め生やすのはやめた方がいいぞ」
「ん?なんで?」
「なんでって…彼氏が嫉妬したらめんどくさいだろ?」
面倒な事は避けるのが最近の若者ーーとはさっき言ったばっかりである。
それでなくても桜井結のようなタイプの女子は男に勘違いをさせ、次々に泣かせてしまうような罪な女なのである。
「嫉妬ねぇ…いいじゃん!大好物♪」
つくづく男泣かせな女子である。
そんな会話をしていると、奥のキッチンから暖簾をくぐり、風見若菜が姿を見せた。
小休止、終了である。
円の中を移動して、僕達の前に立つ。
「ごめんごめん、お待たせ。
いやぁ、今日は人がいなくてね」
風見若菜が気さくに笑いながらそう言う。
頭には白いタオルを巻いている。
場所が場所じゃなかったらラーメン屋のお兄さんと言っても分からなさそうだ。
「いえいえ、こちらも急に押しかけるような不躾な訪問でしたので、お気になさらず」
切り替えが早いと言うか、流石はプロである。
白夜探偵事務所の事務担当、または、野外捜査担当としてのスキルか、ここら辺の即座の対応は手馴れていると言ってもいいだろう。
「改めまして、白夜探偵事務所の桜井です。
こちらは同じく白夜探偵事務所の新橋さん」
手で指され勝手に紹介をとられる。
いつの間にか、僕の知らぬ所で白夜探偵事務所所属扱いと化していた僕である。