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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
26/45

それぞれの在り方

 

 五万二千円。

 それが二人合わせたランチの値段だった。


 ここで一つ。

 皆さんの思考と僕の思考が同じであるならば、先に僕が言った“日替わりランチ”の言葉により誤解を与えている事だろう。


 物語を進める前に。

 僕と桜井結の陽気な語らいを続ける前に。

 “お仕事の話”とやらが始まる前に。

 僕としてはその誤解を解いておきたいと思う。


 日替わりランチ。

 普通、一般の人物であれば、お盆一枚分の上に三品から五品程の食事がバランスよく配膳されたものを思い浮かべるだろう。


 だが、完全予約制、一流高級レストランともなるとまずお盆一枚分という概念そのものを取り払わなくてはならない。


 まずは最初に出て来たのが前菜。

 その次にスープ。

 肉料理。

 生野菜。

 洋菓子。

 続けて、果物。

 最後にコーヒー。

 全て、一品食べ終わってから少し間を置いたタイミングで食器が下げられ、新しい料理が運ばれてくる。

 最早、ちょっとしたコース料理だ。

 これが日替わりで変わるのかと思うと店側の苦労も相当たるものだろう。


 桜井結は何の気にも止めずに「今日はこれかぁ」なんて言いながらせっせと口に運んでいたが、僕はじっくりと味を堪能しながらゆっくり食べたのは言うまでもない。

 僕の金輪際の人生で二度と口にする事のない食事の世界だろうから。


 そして庶民の感覚としては、確かに美味しいのだが、その料理が一人、二万六千円と言う感覚には理解が及ばなかった。

 これも言うまでもないのだがーー

 二万六千円の味。

 また今度、自腹で来ようと言う気にはなれない。


 食後のコーヒーを飲みながら僕は言った。



「結ちゃんや白夜さんはいつもこんな料理を?」



「ん?うーん、私はそうでもないよ?ちゃんと自炊してるし。叶愛さんはもうちょっと上のランクで食してる感じかなぁ、多分」



 どうやら、白夜叶愛と僕の嗜好は合わなさそうだ、という事は理解できた。

 そこで桜井結が何かを思い出したかのように「そうそうーー」と、僕を見ながら切り出す。



「だから、私驚いたんだよね!叶愛さんが喫茶店Happinessで尚弥さんを待っている間に食事をとっていたの見て」



 ーーあぁ、そう言えばあの日、僕を待ってる間にランチを済ませたとか言ってたっけ。

 そして、カウンター席には彼女、桜井結も居たのだ。

 あれが桜井結とは二度目の面識である。



「叶愛さん、あの喫茶店のコーヒーは美味しいっていうのは前から言ってましたけど、食事をとったのはあの日が初めてだったんじゃないかな?驚いたなぁ…」



 喫茶店で食事をする事がそんなに驚きなのか。

 一体全体どんな食生活をしているのやら、甚だ疑問である。


 だがどうやら、その桜井結の証言を信じるなら、あの時のあの台詞「とても、美味しいですね、このお店」と、言っていたあれは初めてあの喫茶店に訪れたフリなんかではなく、初めてあの喫茶店で食事をした、それだけの意味だったのかも知れない。



 しかし、こうして聞いていると、なるほどと首を縦に振らざるを得ない程、今朝のマスターの話には感慨深く得心するばかりである。


 “価値観の違いは即ち生き方の違い。”

 全くもってしてその通りであり、僕と白夜叶愛は確かに正反対である。



 さて、閑話休題といこう。

 ここからが本題。

 本日の僕と桜井結の対面している理由。

 お仕事の話、である。

 これを蔑ろにしてしまっては本末転倒もいいところである。



「じゃあそろそろ、お仕事モードでお話しますね」



 切り出したのは桜井結。

 実の所、彼女から話を切り出してくれない限り、僕としても今後何をすればいいのか全くと言っていいほど分からないのだ。


 桜井結は鞄から二つ折りにしたルーズリーフを取り出す。

 何枚かでホッチキスでまとめられ、一部になっているそれを、桜井結は僕に「はいっ」と、言って渡してくれる。


 二つ折りにされていたルーズリーフを開いてまず驚いたのは手書きだったという事だ。

 全部で四枚あるようだったが、それ全部が手書きのようで、ルーズリーフの余白を余さないようにびっしり書き詰められている。



「今後、するべき事とお話を聞く相手の名前や性格などを簡単にまとめています。

 私も同行しますから、特に気張る必要もないと思いますけど、一応眼を通しておいてください」



 言われた通り、簡単に眼を通し、全ページを捲る。

 取り敢えずは対象の名前とするべき事の確認だけだ。


 僕がするべき事。

 僕と桜井結がするべき事。

 一、聞き込み調査

 二、当時の江利香に関わる物品回収

 三、報告

 それだけである。

 二の項目が今一どういう意味なのか分からなかったが、それは後回しにする。



「なぁ、結ちゃん。質問なんだけど」



「ん?何?」



「この聞き込みリストに南條哲の名前がないけど、どうするんだ?一番話を聞かなきゃいけない相手なんじゃないのか?」



「あぁ、それは叶愛さんが直接追い詰めて問い詰めるって言ってた」



 追い詰める?

 少し疑問を感じたが、そこは敢えてスルーしていく事にしよう。



「分かった。じゃあ、今から行くか?」



「お、行動と理解が早くて助かるねん♪行こ行こっ」



 こうして僕と桜井結は高級レストランを後にした。

 向かうは戦国時代である。

 いや、ここでタイムマシンが登場する程、僕らの現実はぶっ飛んでいないだろう。


 言い直そう。

 向かうはSENGOKUZIDAIである。

 僕と桜井結はタクシーに乗り込み、その歴史博物館のような名前をかかげるその飲食店へと向かうのだった。




 タクシーに揺られる事、一時間。

 意外とかかったのは隣町まで走ってきたからだろう。

 電車を使えば早いが、タクシーだとそれくらいはかかる。

 その間、僕はと言えば前半こそ例のルーズリーフの内容を黙読していたが、それが終わってからは爆睡である。

 到着と同時に桜井結に身体を揺さぶられ



「起きて、ねぇ、起きてったら」



 と、声が聞こえてくる。

 可愛い声が耳元に聞こえてくる。

 後もう少し、このサービスシーンに甘んじよう。

 そう考えた次の場面には僕側のタクシーのドアが開き、その方向向かって逆側から身体を蹴り飛ばされた。


 中々勢いづいて、地面に倒れこむ。

 同時にすっかり開眼である。



「痛ってぇ!いきなり何すんだよ!」



「私、ちゃんと起こしたもん」



 僕を降ろすなり立ち去ったタクシーのあった場所に立ち、両手をそれぞれ横の腰に当てた格好で地面に座り込んでる僕を見下ろしている。


 膝上までの丈のミニスカート。

 その中が見えるか見えないかの際どい角度。

 いや、確実に見えない角度なのだが、男心をそそる角度である。


 ーーって、そんな馬鹿な事をしている時間もないのだ。

 いや、時間はあると言えば大量にあるのだが、仕事というものは出来うる限り、なるべく早く終わらせたい。

 それが僕のポリシーだ。


 僕は邪念を振り払い、自分の中の男心を律して、さっと立ち上がった。



 立ち上がるなり辺りを見回す僕。

 見回すまでもなく、目的地としていた飲食店はすぐ眼の前に位置していた。


 飲食店、SENGOKUZIDAI。

 木造建築の定食屋ーー入り口に入る手前にメニューがあったので、それで理解出来た。


 外観だけの感想を述べさせてもらうと、ファミレスとはまた一風違うようだが、似たような雰囲気があるようには思える。


 その横にはテナント募集中の空き店舗が一つあり、更にその横には小さな理髪店がある。

 一見すればその理髪店と空き店舗、SENGOKUZIDAI、全ての店が横一列に繫がった建築物に見えるが、中に入るとちゃんと壁で区切られてる事までは見るに至らずとも分かるだろう。

 駐車場は広くはない。

 むしろテナントを三つ抱えているこの場所としては狭いように感じる。


 道路を挟んだ向かい側にはコンビニが建っており、そのコンビニの横に三階建てのアパートがある。


 桜井結の説明によるとそのアパートにはSENGOKUZIDAIの従業員も何人か住んでいて、さながら従業員の寮みたいな扱いになっているらしい。


 そして道路。

 僕から見て左側。

 すぐである。

 五十メートルも離れていない場所に橋がある。

 橋と言っても道路と言った方が感覚的には近いかも知れないが、その下を川が流れているのだから、橋と言って間違いはないだろう。


 ここからでもそれくらいは普通に視認できる距離である。

 そこが江利香が身を投げたとされる事件現場だ。



「尚弥さん寝てたから見てないだろうけど、さっきタクシーで通った時、橋の上の歩道部分に花束が添えられてましたよ」



 道路の先を見つめる僕の背後で、桜井結がそう言った。

 静かな口調だった。

 僕の心中を察するような、そんな口調だった。



 何はともあれ、現時刻は午後三時。

 定食屋、SENGOKUZIDAIは午後四時半まで準備中という事だった。


 つまり僕と桜井結は閉まっている飲食店の前、その駐車場で立ち往生している状態。



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