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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

「ねぇねぇ、それよりそろそろ注文しない?

 私、お腹すいたなっ」



 この辺の話題を変える手際は流石である。

 そしていつの間にかタメ口。

 言い方が可愛いのでそれは全面的に許したい。


 僕は更に双子の件については話を広げたかったのだけれど、向こうが話をまとめた(つもりになっている)以上、僕もそれに従うべきだろう。



 改めてメニューに眼を落とし、僕は眼の前の彼女にもう一つ、絶対的に確認しておかなければならない事を即座に思い出した。



「あ、ねぇ、この食費って自腹…だよね?」



 自腹じゃないよね?とは男性が女性に対する訊き方ではないと思い、流石に避けたが、結局ニュアンス的には同じである。

 でも仕方がない。

 これは確認しておかないと、僕みたいな一般市民の中でも下級クラスの生活をしている身からすれば死活問題である。


 答えを恐れながら待つ僕を見て、桜井結はクスッと笑う。



「大丈夫っ。ここは私が全額払って領収書とってくるように言われてるから」



「言われてるってーー」



 誰に?と、聞くまでもなかった。



「叶愛さんにだよ」



 僕が言い終わる前に桜井結が察して答えてくれた。



「さっきちょっと電話した時に『どうせ新橋尚弥さんはお金なんて持っていない売れない貧乏作家でしょうから、あなたが全額だしてあげなさいね。間違っても彼に男を立てて払わせてあげるなんてしちゃ駄目よ。それは彼を地獄に突き落としてるに過ぎないのだから。あなたもそんな事で彼に首を括られちゃ敵わないでしょ?』って言ってました」



 その情報はいらなかった。

 そして、何より、ですます口調じゃない白夜叶愛が想像出来ない。

 恐ろしく想像出来ない。


 まぁ、それはそれとしてーー


 長々と迷っていても際限ないので、僕は桜井結と同じ物を頼んでもらった。

「日替わりランチ」と、どこにでもありそうな響きのメニューを二つ。


 店員が去ってから、桜井結は大きな欠伸をして、その後にニコッと笑って僕を見る。



「ご飯食べたらお仕事のお話しましょっか」



「ん?あぁーーうん、そうだね」



「とは言っても、これからの動きを確認した後、聞き込みに行って、叶愛さんに報告して私達の仕事は終わりなんですけどね」



「え、どういう事?」



「私達の仕事は情報を集めて、叶愛さんに伝えるだけです。後はスーパーコンピューターさながらのスピードで叶愛さんが事件解決の答えを弾き出してくれます」



 なるほど。

 流石は、“頭脳担当”である。



「でもーー」



 と、桜井結。

 僕は「ん?」と、反応を示す。



「珍しいんですよね、今回みたいに積極的で行動的な叶愛さん。

 普段なら事務所から殆んど出ないはずなのに」



 そう言われてみれば、僕としても思い当たらない節がない訳ではない。

 桜並木の下や墓地に現れたのは白夜叶愛本人の意志によるものだった。


 喫茶店での僕との対面の時。

 あの日も彼女は僕に会う前にその日の午前中に警察署に資料謁見の為に足を運んでいた。


 ここまでの話を鑑みれば、それは確かに、普段の白夜叶愛にしては動き過ぎという事になるのだろう。



「ちょっと心配だなぁ」



 引きこもっているのを心配されるならともかく、引きこもっていない事を心配される探偵事務所の所長もどうかと思う。



「まぁ、人間、たまには気分転換もしたくなったりするんじゃないのか?」



 何も知らない僕としては適当に、且つ、妥当っぽい事を言うしかない。

 白夜叶愛の“それ”がおかしいのは分かるが、どのくらいの度合いでそうなのかは僕には測れないからである。



「うん、そうだよねぇ」



「そう言えばさ、結ちゃんは彼氏とかいるの?」



 この流れから世間話を挟み込む。

 会話が終了して沈黙が生まれる気まずさを生みたくないという僕の粋な計らいだ。



「うん?それは…私にリサーチかけてます?」



 僕は思わず掴もうとしていた水の入ったグラスを倒しかけた。



「なんで僕がそんな事しなきゃならないんだよ!」



「この前彼女と別れたばっかじゃん」



「そうだけども!会って初日からそんなガツガツ行くほど僕は飢えてないよ!」



「初日じゃないじゃん。喫茶店でも会ってるよ?忘れないでよね、もう」



 一々喋り方が可愛いと言うか。

 女子女子してると言うか。

 良い意味で気安い。



「いや、あれはほぼカウント外だよ。

 がっつり絡むのは今日が初めてだしね。

 そもそも、僕は最初からそういう対象で君を見てない!」



「それ、気がない相手からの言葉でもちょっと傷つくよ?

 お前には女としての魅力を感じない!って言われてるみたいで。

 まぁ、彼氏いるんですけどね」



 ーーいるんかい!!

 心の中から全力のツッコミをいれた。

 流れ的に“居ないんですよねぇ”的な言葉が来ると思っていたので、返す反応を失い、取り敢えず飲み損ねた水を飲む。一気飲みだ。


 そんな僕を見ながら、桜井結はあざといキメ顔を作って発言する。



「でも私、浮気とか全然アリ派ですよ」



 僕は顔を横にして霧吹きのように、水を吹き出した。

 その反応に桜井結は大爆笑である。



「何言い出してんだよこのバカ!」



 僕は机の上にコップを勢いよく置きながらツッコミをいれる。

 桜井結は笑いすきて出てきた涙を人差し指で拭いながら、息絶え絶えになっている。



「あはっ、あははっ、ごめんなさい。予想以上に良いリアクションだったからつい」



「あのね、そういう事は冗談でも言っちゃダメだ」



「冗談?あぁ、浮気アリ派ってやつの事かな?」



「そうだ」



 まるで父と娘のコントである。



「冗談じゃないよ?あれは」



「はぁ?」



「ん?いやだって、バレなきゃいいんじゃないかな?嘘もバレなきゃ本当になるでしょ?」



 仮にも探偵事務所で働いてる身の人間が「バレなきゃいい」とは世も末である。



「そういう問題じゃないだろ!そんな軽い気持ちで浮気される身にもなってみろよ」



「それは浮気される側に問題があるんだよ。そんな軽い気持ちで浮気して万が一の時に失ってしまってもいいと思われてる魅力ない恋人なんて、されて当然だと思うよ?」



「ん?何?僕、君の言ってる事が理解デキナイゾ」



「だーかーら、浮気する時の気持ち=恋人を想う気持ちって比例してるんだと思うよ、私はね。

 軽い気持ちで浮気する子って恋人の事を軽く考えてるし、重い後ろめたさ抱えながら浮気しちゃう子って恋人に対する気持ちにも重きを置いてると思うんだよ。

 どっちにしろ別れ話になったら一応別れたくないって言ってみちゃう私なんだけど」



「なるほどーーって、そうじゃないだろ!!

 なんか正論っぽく言ってるけど、浮気するされる前提じゃないか!

 するなよ!浮気なんか!」



「自分を愛してくれる人に平等に愛を分け与える事の何が悪いのよ?」



 その反論は本気で言ってるのか?!

 そしてさっきから桜井結のもの凄い暴露話を次から次へと聞かされている気分。

 いや、実際に聞かされているのだ。



「いや違うだろ!恋人に渡す愛は唯一無二のものでいいんだよ!」



「って言うかちょっと待って。ちょっと待ってね」



 桜井結は僕を手で制しながらいきなり「うーん…」と頭を捻り出す。



「うん、おかしいよね?これ完全におかしいよね?」



「何が?」



「え、なんかこの会話、私が浮気してる事になってるよね?私は浮気はアリという考え方を推奨しているだけに過ぎないのに、なんかこれ私が浮気してる事になってるよね?

 もしこれがアニメとかだった場合、この回から見た人は純真無垢な私のキャラを完全に勘違いして捉えちゃうよね?!

 うん、それは頂けない。頂けないよ、うん」



 変わった心配の仕方をする奴だな…

 敢えてそこにツッコミは入れないが。

 やはりその考え方の推奨はやめておけと僕は苦言を呈したい。


 そしてもう一つ。

 こいつは本当にノリが良い。

 こいつ呼ばわりは頂けないが、しかし本当に人と絡んでいてこんなに楽しいのは久しぶりの感覚だった。



「まぁ結論から言うとですねーー」



 と、まとめに入る桜井結。

 この掛け合いはここらで打ち切るらしい。



「あれですね。浮気された人に偉そうに語られたくない」



「おいーー!」



 白夜叶愛の助手、桜井結。

 納得のいく肩書きだった。




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