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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 


 ここで彼女に引きこもった理由や自傷の理由を問いただすのは野暮というものだろう。


 今はあくまで白夜探偵事務所に入ったきっかけを話してもらっているに過ぎない。

 小説でいう序章の部分だ。



「それで、そんな毎日の中、私の前に突然現れたのが叶愛さんだったんです。

 信じられます?

 叶愛さんってば、いきなり現れるなり、その初日に私の部屋のドアを蹴り破ったんですよ?!」



 ーー信じられない。

 と言うより、信じたくない。

 だが、何より、あの非常識探偵ならやりそうだとも納得してしまう。


 この話には流石の僕も苦笑いを返した。



「なんていうか、あれだね。

 初登場とは思えない、ドラマで見るような強行手段だね、白夜さん」



「ですよね!私も本っ当にびっくりしたんですから」



 もの凄い経験をしていたであろう過去を、表情を保ちながら明るく語れる女性である。

 勿論だが話はここで終わりではない。

 続きがある。



「で、案の定とでも言いますか。

 いきなりそんな登場した叶愛さんに私も猛反発で『何してくれてんだよ!!』って怒鳴ったりもしたんです。

 すると叶愛さんは自分が壊した扉の上に立って何食わぬ顔で私に言ったんですよ。

『開かない扉の開け方を私はこれしか知らないんです。ーーだから教えて欲しい、貴女の心の扉の開け方を』って」



「それで?」



「私もカッとなってたもんだから『だったら、楽な死に方を教えてくれ!』みたいな事言ったんですよ。そしたら、それから叶愛さん、毎日家に来るようになって、いつも私の部屋で一時間ほど色んな自殺の仕方に関する薀蓄(うんちくを語っていくんです。考えられます?」



 まぁ、少なからず心が病んでいる人間にする話としては考えられない。

 人間としては考えられない。

 だが、白夜叶愛なら考えられる。

 そういう事を普通にしそうだ。


 ーーでもね、と、桜井結はそこで初めてトーンを落として言った。



「いつも、その話をした後に言うんですよ。

『でも、この方法では貴女は死ねない。この方法を取った場合、貴女は私に助けられてしまうから』って。

 毎日毎日、最後はそう言うんです。

 無責任な事ばっかり言うなよって何回も思ったんですよ?

 実際、死のうともしました。

 でも叶愛さんはいっつも私の心を見透かしてて、本当に全部止められちゃったんですよね。

 結局、私は叶愛さんに背中を押されて再び高校に復帰する事も出来たんです。

 あんまり繊細に話すと本一冊書けちゃう程、長くなるのでそこは割愛しますね」



 本一冊とは恐れ入る。

 でも。

 だからこそ。



「なるほど、それで憧れちゃったんだ。

 自分を助けてくれた探偵、白夜叶愛に」



「ーーはい。そこからはもう事務所に入り浸りで」



 彼女は照れながらそう答えた。


 本当に、ドラマのような話である。

 けれど、当人にとっては本当にドラマのような事があったのかも知れない。


 つまり、桜井結にとって白夜叶愛とは“人生を変えてくれた恩人”とでも言えば締まりがいいだろうか。


 勝手に良い感じに締め括ろうとした時、桜井結がボソッと口を開いた。



「だから、胸が痛むんです」



「え?」



「あの…夢見江利香さんの事件…」



「あぁ…」



 そう言えば、当時の江利香と現在の桜井結は歳的には同じと言うことになる。

 それ故に繊細に感じ取るものがあるのかも知れない。



「江利香さんがもし、本当に自殺だったんなら、私と江利香さんの違いは本当に辛い時に自分を支えてくれる人が居たか居なかっただけの違いなんじゃないかって…」



 先程までの笑顔はもうない。

 桜井結の言っている事は至極正しい。

 桜井結には白夜叶愛が居た。

 夢見江利香には誰も居なかった。

 いや、誰も気付いてあげられなかった。

 その中の一人になってしまった事を、僕はずっと後悔してきたのである。


 僕が気付いてあげていたらーー

 そんな事を全てが終わった後に思った所で、後の祭りである。



 さり気なく話が切り替わった所で、僕は一緒にこの事件の捜査をする上で、一つだけ確認したかった事を桜井結に問いかけた。



「結ちゃん、君は江利香の死についてどう見てる?自殺か…それとも他殺か」



「私はーー」



 言葉が詰まる。

 それは僕ですら、反対の立場で質問されたらはっきりと答えられない、そんな意地悪な質問だったかもしれない。

 少し考えてから、桜井結はもう一度「私は」と、言葉を繰り返した。



「自殺じゃないと信じていたい派です」



 なるほど。

 そういう答えもあるのか。



「それは僕もかな」



 素直に心の内側から漏れた言葉だった。





 時間が時間だったので閑話休題。

 しばらく小休止。ーーとは言っても捜査に関する話は全くしていないがーー


 取り敢えずはそんな所。

 僕達はここからの話の内容の事も考え、場所を変えると同時にどこかで昼食をとる事にした。


 午後一時。

 お昼時ではあるけれど、飲食店のピークは過ぎているらしく、店内は人で溢れかえってるなんて事はなかった。


 選んだ場所は桜井結のエスコートに従い、この町で三本の指に入る完全予約制の超高級レストラン。

 勝手知ったるかのように自動ドアをくぐり、店員に案内され、席に座る桜井結。

 かたや、見知らぬ人の家に急に連れてこられたかのような挙動不審な僕である。


 白夜探偵事務所の事務ーー彼女の身なりや持ち物から察せれない事でもなかったが給料は中々良い額が支払われているのかもしれない。そう思った。



「何食べます?」



 と、鼻唄混じりにメニューを開いて「じゃん」とか言いながら僕に見せにくる。



「何でもありますよ!無くても作らせますから、食べたいもの言ってもらえれば」



 何か凄い事を言ってるが、彼女自身その自覚はあるのだろうか?

 そして、見せられたメニューの金額がまた度肝を抜く。

 三千円以下が存在しないのだ。

 一品から飲み物まで。


 三品で九千円。

 例えばラーメン屋でチャーハン、唐揚げ、ラーメンを頼んだとしよう。

 それで九千円である。

 あり得ない金銭感覚である。



「あ、ごめん、ごめんね、結ちゃん、色々訊きたいんだけど…」



「どうかしました?」



 首を傾げる桜井結。



「あのさ、大前提としてまず訊いておきたいんだけど、此処って完全予約制だよね?

 いつ予約したの?」



「さっき、叶愛さんが電話いれてくれたみたいですよ。私達が行くから席を確保しとくようにって」



「当日の数時間前に取れるもんなのか?」



「一組予約をキャンセルさせたそうです」



「それはやっちゃダメだろ!!」



 思わずツッコミを入れてしまった。

 桜井結はクスクスと笑っている。



「まぁ、叶愛さんはあれで一応権力者ですからね。

 大概の我儘は通っちゃうんですよ」



「権力者たって、どれほどの知名度があるのかなんて知らないけど、それでもたかだか探偵だろう?」



「あれ?叶愛さんから聞いてないんですか?」



「ん?何が?」



「叶愛さんの御家族、妹はその業界じゃ名前を知らない人が居ない程の敏腕弁護士で、お母さんが確か警察庁の中でもかなりのお偉いさん、お父さんは政治家なんです」



「はぁ?!」



 なんだその集団は。

 妹が居たと言う事実よりも家族全員の肩書きが物凄い事になっている事に驚きを持っていかれる。



「ちょっと待って、それで家族っていうか、家庭は成立してんのか?」



 僕の問いに、桜井結は少し苦笑いを浮かべた。



「しないよねぇ、うん。

 だから、叶愛さんの家庭はバラバラで、叶愛さん自身ももう何年も家族と会話どころか会ってもいないらしいですよ。

 両親も実は離婚しちゃってますしね。

 叶愛さんは確か父方の性で妹さんは母方の性だって聞きましたよ?」



「なんか聞いちゃいけない事を聞いちゃったような気分だよ」



 同時に、白夜叶愛が言っていた「コネがある」「揉み消す」の意味が理解出来た。




「あー…これ言っちゃダメだったかなぁ…」



 桜井結はそう言いながら頭を抱えている。

 客観的に見て随分可愛い仕草である。



「あのさ、因みに、白夜さんの妹って何歳なの?」



「今年で二十六歳ですよ」



 “言っちゃダメ”とかは言った後に考える子らしい。

 躊躇ない即答だった。

 妹で今年二十六歳。

 僕より一歳年上。


 なら、白夜叶愛本人はもっと上という事か。

 僕が独り言としてそう呟いていると、桜井結がその答えを否定しに入ってきた。



「違います、違います、同い歳」



「はぁ?僕と同い年なら白夜さんの方が歳下にーー」



「そうじゃなくて!」



 僕の言葉に言葉を被せ、遮断する。



「叶愛さんの妹さんと叶愛さんが同い歳なの!」



「は、え、は…?それってつまりーー」



「双子の姉なんですよ、叶愛さんは」



 僕が行き着いた結論を僕が口にする前に、彼女はサラッと言ってのける。



「ちょっと待って!双子?!

 白夜さんって双子なの?

 じゃあ白夜さんそっくりの人間がもう一人居るって事になるのか?」



 あんなレベルの美女が二人もいる。

 僕の中では一大ニュースだ。



「はい、まぁ、双子ですからね。

 私も写真を見たくらいしかないけど、そっくりでしたよ?

 叶愛さんって言われたら気付けないんじゃないかなぁ…」



「マジかよ!!」



 変な方向にテンションがあがり、昼間の高級レストランにはおよそあり得ない声量で大声をあげた。

 だが、そこで僕一人を晒し者にしないのが目の前にいる桜井結である。

 彼女は彼女で僕に負けず劣らずの声を張り



「マジだよ!!」



 と、ノッてきた。

 ーーなんてノリの良い子なんだ!

 一緒に捜査するのがこの子で良かった。


 ーー本気でそう思った。

 そう思っていた間に、周囲の人の目が僕達に集中していた。


 ここで桜井結が両頬を赤く染めながら、一つ小さな咳払いを入れる。



「コホンッーーまぁ、世の中には自分に似た人が三人は居るって言いますからそんなに驚く事もないですよ」



 上手くまとめたつもりなのだろうか?

 全然、まとまってないが。

 と言うか、その話は双子は例外とするべきじゃなかろうか。


 なんて、彼女を逆に晒し者にしてしまった感も否めない現状ではそんな野暮なツッコミは控えよう。




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