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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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それぞれの在り方

 

 ともあれ、もう少しマスターとの雑談に興じていたかった僕ではあるけれど、それは喫茶店の入り口から鳴ったカランコロンという木製品がぶつかり合う音に阻まれた。



 お客様のご来店を告げる音。

 入り口の扉が開いた事を知らせる音。

 そして、この時に限っては、僕に待ち人を知らせる音でもあった。



「いらっしゃい!」



 マスターの声とほぼ同時くらいに、僕もそちらを確認する。


 僕は最初、入り口から入ってきて、息絶え絶えになりながらそこに立っている女性を見て、その人物が僕の待ち合わせ相手だという認識にすぐには至らなかった。


 恐らくは走って来たのだろう。

 若干の汗や髪の乱れがそれを物語っている。


 僕が驚いた理由は相手が女性だから、という訳ではない。

 と言うより、僕は最初に白夜探偵事務所に電話を入れた時、“桜井”と名乗る女性と会話しているのだ。

 今日此処に来るのもその桜井さんだと白夜叶愛から予め聞いていた僕である。


 これが、現れたのが男性とかならそれはもう当然の様に驚いただろうが、決してそういう訳ではない。

 そういう訳で驚いたのではない。

 寧ろ、そこに現れたのは見知った相手だったと言っていいだろう。

 だからこそ、である。


 黒髪のボブカットという髪型で、白夜叶愛とはまた違うタイプの可愛さと魅力を持つ小柄な女性。

 白黒のボーダーシャツに丈が膝上までの青いスカート、茶色のブーツ。

 黒いロングコートを二つ折りにして左腕に引っ掛け、もう片方の手には、僕から見てもブランド物である事だけは分かる白色の鞄を提げている。


 彼女は髪型をさっさと直してから、カウンターにいる僕を見てニコッと笑った。



「お待たせしてしまってすいません!

 改めまして、白夜探偵事務所、事務担当の桜井結さくらい ゆいです」



 ハキハキとした口調で、彼女は明るく自己紹介してくれた。


 そう、この喫茶店の常連の一人でもあり、彼女もまた、数日前に知り合ったばかりの女性である。


 自己紹介されてから、あっーーと思った。

 ーー気付いた。

 いや、遅過ぎたくらいだった。


 最初に彼女、桜井結と出会った時、彼女はマスターに「今日は一人?」と訊かれていた。

 あれは“今日は叶愛ちゃんは一緒じゃないんだね”という風にもとれる。

 更にはその問いに対し、桜井結は「今日は私だけ別件で」と、答えていた事を思い出す。


 それもその筈だ。

 正にその時、この目の前にいる彼女は僕の事をーー或いは舞の事を素行調査していたのだとすれば、白夜叶愛と共に行動している筈がないのだ。

 素行調査は彼女の仕事なのだから。



 舞の言っていたバイト先の常連さんーーそれも彼女、桜井結の事を指していたのだろう。

 桜井結なら舞に白夜叶愛を紹介する事も難がないだろう。

 思い返してみれば、どこにだって気付くチャンスはあった。

 ここまで気付かなかった自分には情け無さすら覚える。


 彼女と初めて出会った時、僕は“結”という名前しか知らなかった。

 そして、僕が白夜探偵事務所に電話した時の彼女は僕に“桜井”としか名乗っていなかったのだから、情報をちゃんと整理していればそれを繫げるのは容易かった筈だ。


 桜井ーーか。

 初めて彼女に此処で出会った時。

 どうりで。

 どうりで、“どこかで聞いたような声だ”と思った筈である。


 それは決して、彼女が、はたまた、僕が、この喫茶店の常連だったからではない。

 直に携帯電話を通してその声を聞いた事があったからだったのだ。



「どうかしました?」



 桜井結にそう訊かれ、僕はハッとする。

 推理ならぬ納得の思考回路から自分を引き戻す。


 そして、カウンターから立ち上がって改めて正面から彼女と対峙する。

 立って向き合うと本当に小さい女性である。



「あ、えっとーー新橋尚弥です」



 やはり動揺してたのか、僕はその場に居る全員が知ってるであろう自己紹介を行なった。

 それでもシンとした絶対零度のような環境に陥らなかったのは目の前の彼女がクスッと笑ってくれたからだろう。





 ひと段落挟み、僕と桜井結は喫茶店内の四名掛けのテーブルに移動し、お互いに向き合って席についていた。



 桜井結。

 年代的には僕の三つ下で、今年で齢二十二になる。

 現在は二十一歳だ。

 白夜探偵事務所の事務担当。

 自他共に認める肩書きらしいが、話を聞いてる限りではその行動範囲は事務と言うより実務である。


 明るく溌剌としていて、社交的。

 人懐っこいイメージすら受ける。


 これまでに何度か会っているとはいえ、しっかりと絡むのはこれが初めてで。

 そんな事も感じさせない位の親しみやすさ、みたいなものが彼女にはあった。


 そういう点においては、彼女こそ白夜叶愛の対極に位置する性格なんじゃないかとも思う。



「何から話します?いきなりお仕事の話とかしちゃう感じですかね?」



 上目遣いが上手な女子。

 モテる女性。

 聞き上手。

 それら全てを心得ているような仕草と切り出し方だった。


 変な距離感もない。

 敢えてこちらに歩み寄ってきてくれる。

 何を言うまでもなく「あ、私にはタメ口で大丈夫ですからね」と、言ってきた位だ。



「僕はどっちでもーー」



 優柔不断。

 煮え切らない態度。

 中途半端に人見知り。

 僕の持つスキルが全面に展開された所で、彼女は一度クスッと笑う。



「固い、固い。リラックスしましょうよ!」



「あ、あぁ、うん、ごめん。

 あのさ、じゃあちょっと雑談なんだけど」



 今朝から雑談しかしない僕である。

 というか、本来言うべき台詞が僕と彼女で逆である。

 兎に角、雑談に次ぐ雑談。

 どこかで使った覚えのあるフレーズだ。



「はいっ」



 屈託無い笑顔で、溌剌とした返事がこちらとしてはまた気分良いものである。



「雑談って言うか質問なんだけど…」



「なんですか?」



「白夜さんの助手、なんだよね?」



「はいっ、普段から色々とお仕事をお手伝いさせてもらってます」



 ーーお手伝い、ねぇ。

 僕が君の若さと立場なら、“押し付けられている”と捉えている所だよ。


 と、そんな空気をぶち壊すような事をこの場で言うような僕ではないが、この勢いで訊けそうかなと思う事をいっそ訊いてみる事にした。



「どういうきっかけであの事務所に入ったの?」



「きっかけ、ですか?うーん、そうですねぇ、ちょっと長くなるかも知れないんですけど大丈夫ですか?」



 全然大丈夫だよ、と僕は手元のコーヒーを口に含みながら答えた。

 桜井結は僕の返答を受けてから、白夜叶愛の事務所に入ったきっかけを語り出す。



「私、高校二年生の時、引きこもりだった時期があるんです」



「へぇ、そうなんだ」



 軽く相槌を打ちながら、コーヒーカップを机の上の受け皿に置く。



「毎日毎日、自傷して、物に当たって、暴れて、色んな後悔に見舞われて死にたくなる衝動に追い立てられる。

 そんな日々を送ってたんです。

 一つダメになったらもう残り全部ぐちゃぐちゃ!って感じで、リセットして真っ白にしたくなっちゃうんですよね。

 もうホント、地獄の底を歩いているような気分でした」



 軽く打った相槌を蹴り上げるようなーー

 笑って語らうには随分とヘビーな話が投下された。

 でもそう感じさせないように、雰囲気を明るく保とうと配慮してるのか、彼女はそれを笑顔を絶やさずに語っている。


 それはそれで僕が反応に困ったが、取り敢えずは笑わず、且つ、深刻そうにもせずに聞き手に回る事にした。




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