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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
22/45

それぞれの在り方

 



 白夜叶愛に捜査の協力を申し出られた翌日。


 例によって僕は、白夜叶愛の助手を務めているという人物と対面する事になった。


 聞いた話によると、普段は白夜探偵事務所にて、雑用行事や受付から事務対応などをこなし、野外での調査は殆んどーーいや、全てと言っていいほどその人物がこなしているらしい。

 野外での調査、と大雑把にくくっているが、それを細かく紐解くと多種多様で、迷子のペット探しから人と対面して行なう聞き込み調査、時には潜入捜査までするという。

 僕や木下舞、南條哲の素行調査もその例外ではない。

 そうなってくると白夜叶愛本人は一体何をしてるんだ。

 当然として口を突いた疑問だったが、それに対しては本人曰く



「私は頭脳担当なので、それ以外はパスなんです」



 と、いう事らしい。

 職務怠慢もいいところだ。


 因みに白夜叶愛との対話を終え、捜査の協力を受け入れた僕は、帰宅してから探偵業法に関して少しネットで調べたが、勿論、白夜叶愛やその助手の捜査は探偵が行使できる権限やその行動の範疇を大きく越えている。


 ましてや、僕みたいな一般人が探偵と同じように捜査をする事自体も探偵業法に触れているのだ。


 探偵業法第二条と第五条からの知識である。


 だが、しかしそれもあの探偵、白夜叶愛には関係ない。

 関係ない、らしいのだ。

 それがどういう理由で、どういう経緯を持って関係がないのかは僕にも分からないのだが、これに関しては何度ツッコミをいれても「私には関係ない」と突き返されるのだ。


 挙げ句の果てには「揉み消す」だとか「コネがある」だとか。

 そんな事まで言いだす。

 出会った回数が未だ日本人が一日にとる食事の回数と同じという現段階では当たり前の事ではあるが、僕は彼女の事を全くと言っていいほどに知らないのだ。


 彼女の背景に描かれているものが未だにハッキリと見えない。


 ともあれ、なんだかんだと言いながら、無理矢理捜査に協力させられたかのような体を装ってる僕ではあるけれど、実際、いざ捜査に協力出来るとなると、これを機に白夜叶愛ともう少し交友的にはなれないものかと既に打算してみたりしてる僕でもあるのだ。


 なんだかんだと言っても男という生き物はーー僕という生き物は、美女には弱いのだ。





 ーー午前十時半。

 僕はあれこれと考えながら、行きつけの喫茶店Happinessに訪れていた。


 いつもの如く、マスターが口癖のように



「いらっしゃい!お、尚弥君か」



 と言って、気持ちよく迎え入れてくれる。


 僕はマスターに軽く会釈し、店内を見回す。

 白夜叶愛の助手、その人物との待ち合わせが“お互いに知っていて、分かりやすい場所”という事で此処になった訳だが、どうやらまだ来ていないようだった。

 僕以外に客の姿がないので断言出来る。



 なので、僕はマスターと少し雑談にでも興じようかとカウンター席に座る。



「いつものください」



「あいよ」



 気さくな返事をしながら、マスターの手は既に動いていた。



「今日も誰かと待ち合わせかい?」



 何から話そうか。

 何を話そうか。

 そう考えていたら、マスターが僕のコーヒーを作りながらそう尋ねて来た。

 こちらから話題を展開する手間が省けた。



「えぇ、まぁ。もうすぐ来ると思うんですけどね」



 僕の前にコーヒーが差し出される。



「いやぁ、最近多いね。

 この前の叶愛ちゃんと言いーー何やら忙しそうだ」



 あぁ、そうだった。

 マスターはあの探偵、白夜叶愛の事を知っているんだった。



「あぁ、ねぇマスター」



「ん?何だい?」



 気さくな笑顔。

 手元にはちゃっかり自分のコーヒーをいつの間にか用意してある。


 今更それを気にする僕ではない。

 伊達に常連をやってる訳じゃないのだ。



「マスターさ、あの、白夜さんの事についてどこまで知ってるんですか?」



「叶愛ちゃん?どうしたんだい、いきなりそんな事」



 普通に不思議そうにするマスター。

 かたや、率直に疑問なだけの僕である。

 “叶愛ちゃん”と親しげに呼称するくらいだから、あの不思議探偵の事を何か少しは知っているのではないか、と思ったのだ。


 一昨日に白夜叶愛の話をした時には僕の「知ってるんですか?」という反応に「常連だ」と答えてくれていたのは覚えている。

 それを踏まえた上で、もう少し突っ込んで聞いているのだ。


 あの時、マスターは白夜叶愛についてこうも言っていた。


「叶愛ちゃんはあれで意外と繊細だから、それをちゃんと理解してあげるんだよ」


 ーーと。

 それは明らかに彼女と言う人間の人間性、性格を知っているからこそ出た言葉だろう。

 まさか、何も知らない人の事を“繊細”などとは語るまい。



「いや、まぁ本人と話せば話すほど、分からなくなるもんで。

 なんかこう…不思議っていうか。謎っていうか」



 江利香の自殺事件についてはあまり言い触れたくないので、そこは避けて、あくまで白夜叶愛の事に対しての質問。

 その姿勢を強く前面にだす。



「うーん、まぁ、どこまで知ってるって程でもないけど、一言で言うなら変わり者だね、彼女は。君と一緒だよ」



 コーヒーカップ片手にマスターは言う。

 僕と?ーーと、反応する僕を見ながら、マスターはコーヒーを一口含み、その後に言葉を連ねた。



「うん、君とだ。

 まぁでも、正反対と言えば正反対かも知れないけどね」



 僕は首を傾げる。



「ははっ、いや、まぁそういう反応にはなるだろうね、尚弥君からすれば。

 まぁこれは確実に僕から見れば、の話になるんだけど、叶愛ちゃんは非常に白に近い黒なんだよ。

 いや逆かな?

 黒に近い白なのかな。

 彼女の中には確固たる信念があり、揺らぐ事のない正義がある。

 それは彼女の過去、人生によって形成された価値観なんだけどね」



 一呼吸置き、またコーヒーを啜ってから、話を続ける。



「価値観とはその人物の物の見方であり、考え方であり、捉え方であり、それらは直結してその人の生き方でもあるんだ。

 それには誰もが異論を唱える事が出来るが、否定が出来る分野ではないんだよ。

 でも、彼女は自分の価値観を完全にと言っても過言じゃない位に隠そうとする。

 いや、言わないだけなのかな?」



「どうしてーー」



「理由は色々とあるんだろうけど、信頼出来る人間という枠に入れれる人間が極端に少ないからっていうのはあるかもね。

 叶愛ちゃんは自分の価値観に対して否定どころか異論すら受け付けない、そういう部分があるんだよね。

 自分の中に絶対的正義を掲げ、多少自分の手を汚そうがそれを貫こうとする意志はと言えばもう強固たるもので、頑固と言っていい位だ。そこに他人の価値観は受け付けない」



 まさしく、非常に黒に近い白なんだよーーと、最後に付け足してマスターはやっとコーヒーカップを置いた。



「叶愛ちゃんにも複雑な過去があってね。

 そりゃ誰にでも辛い過去の一つや二つはあるだろうからさ、そういう話に関しては本人が話したくなった時に直接聞いてあげて欲しいんだけれどもさ、少なからずそういった過去が、彼女のそういう価値観に影響を及ぼした事に変わりはないと思うんだよね。

 価値観への影響、それはつまり、生き方への影響なんだよ、尚弥君」



と、両腕を組むマスター。



 「君の中にも君の価値観があるように、彼女にもそれがある。

 君が小説を書く事でその価値観を誰かに提示しようとしてるのと同じように、叶愛ちゃんは探偵という職業であり続ける事でその価値観を誰かに提示しているんだよ。

 もっとも、叶愛ちゃんも尚弥君もそうだけど、二人共在り方は違えど不器用過ぎるんだよ。

 そういう点においては二人共そっくりだ。

 でも二人の価値観は恐らく正反対の位置にあるんだよ。

 そんな二人が仲良くやってるなんて、僕は余程の変わり者だと思う訳さ」



 ーー別に仲良くやってるつもりはない。

 でも、傍から見れば、確かにそう映るのかも知れない。

 何も知らない人から見れば。


 にしても、雑談に興じようとして広げた話が、随分と知的な話を聞いた気分になった。

 価値観の違い。

 生き方の違い。

 白に近い黒。

 黒に近い白。

 まるで、オセロのような人間だな、と思った。


 けれど、それでも、肝心な所はぼかされている。

 結局、白夜叶愛の謎の部分は謎の部分のままである。

 その人物の背景までは見えなかった。


 いや、それはもう直接聞けと言われたようなものであり、ここまで話してくれた事に僕は感謝するべきだろう。

 人生の先行者の話にはつくづく耳を傾けるべきである。





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