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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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偶然の本質

 


「いいですか、新橋さん。

 まず、南條哲さんが貴方と舞さんの関係を知らなかったと言うのは先に説明した通りです。ですから、南條哲さんが舞さんに私の話を聞いた、と言う貴方の推理も根底から崩れます。ここまではよろしいですか?」



「はい、それは理解出来ています」



「では次に、私が最初に言っていた事をもう一度よく思い出してください」



 とか言いながら、実際は思い出す時間も与えてくれずに言葉を続ける。



「私は桜並木の下で出会った事、“その事自体”に問題を呈した筈です」



「えぇ。まぁそれはーー」


 そうですね。と、僕。

 実際、それに関しては僕も自分の推理の段階で言っていた事だ。

 そして、白夜叶愛が唯一、ハッキリと正しかったと言った部分である。



「誰かが南條哲さんに事実を語った訳でもなく、桜並木の下で出会った事に問題があったとするならば、もう答えは一つでしょう。

 これが分からないようであれば、貴方は全て分かった気になってるだけの馬鹿の極みそのものです」



 本人はさり気なく言っているつもりなのかも知れないが、忘れた頃にサラッと相手を罵るような言葉を織り交ぜてくる。

 これが彼女の毒舌の在り方である事には大体の認識を得た僕ではあるけれど、やはり、若干の憤りを感じずにはいられない僕である。



 白夜叶愛はあたかもあざといキョトン顔でこちらを見ている。



「あれ、分からないんですか?」



「あ、いや、答えが出かかってて出てこないっていうか…」



「でたでた」



 と、彼女。



「居ますよね、本当は全く分からないのに、本当は分かる程を装って小さな見栄を張る人」



 言い方がムカつくな!この毒舌探偵め!



「いいんですよ?分からないなら分からないって言っていただいて。私としては答えを簡単に教える事は別に吝かではありませんから」



 そう言う割には随分と答えを引っ張る彼女である。

 どうやら僕のお手上げと言う言葉を聞きたいのだろう。

「教えてください」と言わせたいのだ。


 そんな策に嵌る程、僕も愚かではない。

 そうと分かっていながら相手の思い通りに動くのは癪と言うものだ。


 自分なりに、頭を捻ってみた。

 腕を組み、仁王立ちの体制で、出来る限り頭を捻る。


 白夜叶愛は再び身を前に乗り出し、両肘を机の上に立てた先ほどの姿勢に戻り、微かな笑みと共に僕の方を見ている。


 何で分からないの?

 もしくは、何が分からないのか分からない。

 そんな顔でこちらを見ている。


 何故、南條哲は白夜叶愛を探偵として認識していたのか。

 何故、南條哲に白夜叶愛が探偵として認識されていたのか。


 改めて鑑みれば意外にどうでもいいような事で話を引っ張っている感が否めないような問題である。


 そもそも、今、的にするべきなのは“江利香の自殺事件”の方である。

 それがこんな序盤の中の更に序盤のような段階で足踏みしながら、ゆっくりしているようでは真相もまた闇の中の更に向こうである。


 と言ってても話は先に進まないので考える。

 取り敢えず、考え、脳内のタンスを開け探す僕である。


 そう、彼女は言っていた。


 ーー貴方が桜並木の下で私に話しかけなければ、


 ーーここまでややこしい事態にはならなかったんです。


 ーーあの桜並木の下で私とあなたが出会ってしまったばっかりに


 ーー今回の話はややこしい展開を見せる事になりました。



 と。


 そして、もう一つ。

 “南條哲は僕と舞が付き合っていた事を知らない”という事。

 それ即ち、舞は浮気、もとい二股という行為を僕と南條哲、双方に対して意図的に隠していた事になる。

 その事実は“南條哲が舞から白夜叶愛の話を聞くのは不可能”と言う事実に直結する。


 それを話そうものなら自身の二股を暴露しなければならないのだから。

 更には南條哲が探偵嫌いという事実も白夜叶愛の話を出来ない理由の一つとして、その推理に加味していいものだろう。



 だとすると。

 だとすると、だ。

 ここからが分からない。

 南條哲は一体どの場面で白夜叶愛が探偵であるという事を知ったのかーーそれが、全く分からないのだ。



「ーー駄目です。降参です、答えを教えてください」



 両手を小さく上げ、僕はその意思を目の前の探偵に表明した。

 お手上げのポーズ。

 降参の意思表明。

 やはり、最初からない物は僕の脳内のタンスからは出てこないのである。

 意地や根性だけでは問題解決に至れないのだ。



「あれ、降参しちゃうんですか?」



 思いのほか、楽しそうな、調子が乗った口調である。



「はい、もう分かりません。教えてください」



「あらら…そうですか、分かりました」



 そう言って、彼女は右手で頬杖をつき、左手の人差し指と親指で輪を作り、片眼を閉じてその輪に視線を通して僕を見る。



「答え、なんて程のものでもありません。

 消去法を使えばそれしか答えがないのは明白です。

 つまりーー見ていたんです」



「見ていた?」



 僕が言葉を反復する際に、白夜叶愛は両眼を開け、左手を机の上に置く。

 頬杖の状態はそのままだ。



「そうです。新橋さんと私が出会ったあの場面を偶然にも南條哲さんに見られてしまっていた、これが答えです」



「はぁ?!いやちょっと待ってくださいよ!そんなの推理もへったくれもないじゃないですか!」



「私、別に推理してくださいなんて一言も言ってませんが」



 ……。

 その通りである。

 話の途中で勝手に推理を始めたのは他ならぬ僕である。



「そもそも推理するまでの事でもなかったんですよ。ただ、新橋さんの早とちりは見てて面白かったので敢えてのってみましたが」



 嫌な方向にノリを発揮する性悪探偵である。

「理解が早い」というあの言葉は遠回しに「早とちり」と言われていたらしい。


 そこを踏まえて聞き直すと、凄くこちらを馬鹿にした文章である。

 ただし、僕は気付いてしまった。

 彼女が見出した答えにも間違いがある事を。



「いや、でも、それはおかしくないですか?白夜さん。あの時、あの桜並木の下には僕と白夜さんしかいなかったじゃないですか!

 僕達の会話が聞こえる距離に人がいたとは思えません」



 僕は自信ついて、胸を張って言った。

 白夜叶愛は頬杖から頬を離し、キョトン顔で、ある。

 驚いているのだろう。



「驚きました」



 やっぱり。



「ここまで頭が悪いなんて」



 ーーって、おい!!


 思わずずっ転けそうになって、声に出かかって、堪えた。



「そんなの木の陰に居たと考えれば普通に可能じゃないですか。

 私のようにボイスレコーダーで会話を録音するならまだしも、普通に会話を聞く位ならそれくらいの距離でも難はなかったはずです」



「いやでも、それにしたってどうして南條哲さんが木の陰なんかで見ず知らずの人間の会話をこそこそと盗み聞いてるんですか!」



「それは言い方の問題でしょう。

 例えば、偶然たまたま、桜の木の下でお昼寝でもしてたら、そこに通りすがった何やら初対面同士の、しかも男女の話が耳に入ってしまった。

 そんな所かもしれません」



 はっきりとした真実はわかりません。ーーと、白夜叶愛は付け足し、再び深い位置に背中を預ける。



「でも、新橋さんの推理よりは的を射ていると思います。

 当たらずしも遠からず、そんな所でしょう」



 確かに理屈的にはそちらの方が合っているかも知れないが、桜の木の下で昼寝なんかするかなぁ。


 まぁそれこそが、推定の域というものなのだろう。

 南條哲本人に確認するチャンスがあれば是非確認して見たい事ではあるが。




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