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差し出がましいようですが。  作者: 花鳥 秋
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偶然の本質

 

「南條さんは、この飲食店に勤めて五年になるそうです。つまり、江利香さんと一緒に働いていた事もあり、江利香さんの事を知っている人物でもあるんです。言わば、重要参考人です」



「はい…まぁそうなりますよね」



 なんとも気の抜けた返事を返したものだが、それ以外に言葉が見当たらなかったというのが本心だ。


 確かに、江利香のバイト先の元上司が今現在、僕の元カノと付き合っている、というのは偶然で奇妙な縁の繋がりだが、それこそ合縁奇縁というものだろう。



「そこで、この方に当時のお話を聞き出そうと、近付こうとしたのですがーー」



 と、書類を机の上に置く白夜叶愛。



「接触する前に拒否されてしまいました」



「え?」



「いえ、逃げられたーーと、言うべきでしょうか」



 と、彼女は言い直した。



「実は彼、バツイチでして、過去に探偵に浮気を暴かれた事によって離婚に至っているんです。

 逆恨みもいい所ではありますが、それ故に、探偵を毛嫌いし、偏見を持ち、避けているんです」



「でも、そんなの白夜さんが探偵って事を言わなければ接触する前にだなんてーー」



 そこまで言って僕は気付いた。

 そして、ようやく彼女が言っていた事を理解出来た。



「お分りのようですね。理解が早くて助かります」



 言いながら、彼女は再び机を迂回し、最初に座っていた椅子へと戻る。


 椅子に腰を下ろす彼女を見ながら、僕はこの話題に入る前、彼女が前振りの様に言っていた言葉を思い出す。

 僕と彼女が“桜並木の下で出会ってしまった”その事に問題があるかのような例の言い回し。


 僕が今この場に呼ばれている理由は未だに不明ではあるが、僕と彼女の出会いのタイミングが悪かった事は理解出来た。


 つまり、簡単に説明するならば、桜並木の下で出会った時。


 あの時の彼女は“僕の浮気調査”という名目で僕の前に現れたのだ。


 だが、墓地で出会った時は違う。

 その時は“江利香の墓に花を添えている人間は誰か”を突き止める為の調査中として僕の前に現れたのだ。


 一見すればどちらの出会いが先であっても、もしくは、どちらかの出会いだけだったとしても問題はないように見える。

 しかし、今回に限っては前者の出会い方が思わぬ形で“江利香の自殺事件の調査”を妨害する形に至ったのだ。


 前者と後者の違いは、最早言うまでもないが、依頼人の違いである。


 依頼人の違いとはつまり、白夜叶愛から見れば、調査内容を報告する相手の違い、でもある。


 そして、僕の浮気調査の報告相手は木下舞なのだ。

 僕の元カノ。

 そして、南條哲と言う男性の現在の彼女。


 その調査報告が僕にとって、失恋と言う判決を下したのと同じように、または逆で、舞にとっては南條哲との交際をこそこそと隠れてする必要のないものに変える新しい恋愛成就の判決だった。


 それについて、舞は南條哲に白夜叶愛という探偵の存在を話したに違いない。

 この人のおかげで、という調子で。


 こうして白夜叶愛が探偵である事が南條哲に知られ、警戒されるに至ったのだと考える事はそう難しくない。


 ましてや舞の彼氏の浮気調査をしていた探偵が次は自分に近付いてきたのだ。

 過去に浮気調査されて、痛い目にあっているなら尚更、白夜叶愛を避けるに違いない。



 因みに、僕が白夜叶愛の浮気調査に引っかからず、桜並木の下で彼女に話しかけていなかった場合、舞は探偵を雇った事自体を誰にも言い触れなかった筈である。


 これは別れ話をする際に舞が言っていた事でもあるが、舞は“嫉妬や束縛をして、重い女だと思われるのが嫌”なのだ。

 だったら例え浮気相手にだって“探偵を雇ってまで浮気調査したけど白だった”なんて話はしない筈だ。


 舞にメリットがない。

 それこそ、ただ嫉妬や束縛の強い、重い女だと思われるだけである。



「流石ですねぇ…」



 僕が自分の思い至った推理を、最初から語った後の彼女の反応。

 彼女、白夜叶愛は両肘を机の上に当て、立てた腕の頂上で両手の指を絡ませ、そう言った。

 眼を閉じた澄まし顔でそう言った。


 我ながら完璧な推理。

 今度こそ的を射たに違いないだろう。

 これだけ白夜叶愛から丁寧な伏線もあり、推理する為の情報が揃っているのだ。

 こんな至極簡単な推理もない筈だ。



「50点」



 白夜叶愛が言う。



「は…?」



 僕は思わず目を点にした。

 彼女がゆっくり眼をあけ、僕のリアクションを確認している。



「うーん……なんと言うか、少し雑談でもしましょうか」



 いきなり、と言うか、唐突と言うか、このタイミングで?!とツッコミたくなるようなその提案だったが、しかし彼女は僕からの返事を待つ事なく、雑談へと話を切り替えた。

 話題転換である。



「私、頭が良い人ってその反動で馬鹿になってる残念な人が多いと思うんですよ」



 なんの脈絡もなく、意味不明な始まり方をする雑談話で申し訳ない限りだが、どうか安心してほしい。

 意味不明なのは僕も同じだ。


 僕は脳内で精一杯頭を捻った。



「どういう意味ですか?それ」



 頭を捻った所で分からないものは分からないのだ。

 知らない答えは僕の脳内のタンスからは出てこない。

 買っていない服が家の洋服タンスからは出てこないのと一緒だ。



「小学生の頃や中学生の頃に居ませんでした?少し勉強が出来るってだけで、出来ない人間を見下す人」



「あぁ、居ますね。っていうか、社会に出たってそういう人はいますよね」



「自分は何でも分かるって言っちゃう人」



「居ます?そんな人」



「もしくは、何でも分かるオーラ出しちゃってる人」



「あぁ、居ますね」



「そういう人達に限って言いますよね。

『えー、そんなのも分からないの?何が分からないのかが私には分からないのだけれども』みたいな」



「確かに」



「何が分からないのか、分からない。

 この台詞に馬鹿さ加減が滲み出ているような気がするんですよ」



「……?」



「だって、目の前の“問題が”分からないって言っているのに“何が”分からないか分からないって、記憶喪失もいい所じゃありません?」



「確かにそうですね」



「問題が分からない方は当然、馬鹿の極みとして大前提ですが、問題の解き方を教えられない方も一周して最早馬鹿なんじゃないか、とさえ私は思うんですよ」



 実に楽しそうに語る白夜叶愛。

 雑談に興じる、文字通りの光景。


 ここで、この雑談の切り出しの際に彼女が言っていた言葉を理解する僕である。



「後は、自分が出来なかった時代の事を棚に上げて、出来ない時代の人を馬鹿にする人」



 それこそ、今の社会には散乱してるだろう。

 そう思いながら話を聞く。



「さながら、戦国時代の武士が、原始時代の人間が刀の使い方が分からない事を理由に嘲笑っているようなものですよ」



「もの凄く短絡的な例え話ですね、それ」



 絵がシュール過ぎる。

 だが、当たらずしも遠からず。

 そんな気もする。



「最早、そうなると陰湿なイジメと変わりありませんが」



 その考えで言うなら今の日本の現代社会では数え切れない数のイジメが蔓延、黙認されている事になるだろうなーーと、僕は思う。



「昭和の人間にありがちですが『自分がお前くらいの時はーー』っていうあれもそういう類のお話です」



「そうですか?」



「あれも随分と卑怯だとは思いませんか?自分の出来なかった時代を隠し、出来た時代だけを自信満々に語る。

 あぁ言う類の話は目的が見えません。

 根性さえあればーーが口癖なのかは知りませんが、今は“お金さえあれば”の時代ですよね」



 嫌な時代だなーー

 しかも、それをサラッと言ってしまう若者という辺りも現代の日本の風潮なのだろう。

 そう考えると悲しくなってくる。

 僕は別に根性論を推奨している訳ではないが、最近の若者や同世代には根性が無さすぎるーーそう思うのも確かだ。



「って、それはそれとして、そう言えば白夜さんて歳いくつなんですか?」



「秘密です。個人情報のプライバシーに関わりますからね」



 何を今更。

 守秘義務は守らない割に、自分の事には秘密主義である。

 これで探偵とは恐れ入る。

 何故、やってられるのか。



「時に話は変わりますがーー」



 白夜叶愛が言う。


 今更だが、本当に雑談である。

 雑談に次ぐ雑談である。




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